16、鳥居の祟り
鳥居というものがある。神社などの前にある、アレだ。赤かったり石だったりするアレ。
「鳥居の祟り?」
その鳥居は街中にあって、つい先日市道を新しくするため移動したものだ。その新しい道路で先日大きな事故が起きた。その周辺では鳥居の祟りによるものだとウワサされているらしい。そんなフォクの話をロアは一笑に付した。
「バカバカしい。事故なんて毎日どこかで起こっているじゃない。たまたまよ」
「怖いのか?」
フォクが大きな体を小さく震わせた。ロアは必要以上にムキになって言い返す。
「まーさーか。移すときに神主さんがちゃんとお祓いしたんでしょ?」
「そう。神主が祟りを否定してるから、神様のしわざではないだろうな」
「じゃあこの話は終わりじゃない」
当該神社の神主が祟りを否定しているのなら、それ以上騒ぐ必要もないように思える。しかしフォクは調査が必要だと言う。
「実際の神様とは別に、ウワサがひとり歩きすることもある。妖怪化しないといいが」
「まったく。誰よ、そんなウワサしてるやつ」
ウワサとは無意識のうちのあいまいな不安、「ほんとうに大丈夫かな」の部分だ。人間はひそかに抱いている不安や不幸が理のわからぬ偶然であって欲しくない、因果関係があって欲しいと考えてしまう。その「もし、そうだったら」が妖怪化する。
古い鳥居を壊すのは「なんとなく嫌」なものだ。神様はとうにご移動なさったと知っていても。あいまいな不安が「祟り」というウワサをつくり、人の口を介して増殖していく。そのうち鳥居を動かすと昔の人柱の怨霊が出てきてしまうとかなんとか言われるようになるのだろう。それが本当なら、そろそろ人柱も開放してやっていいんじゃないかとロアは思う。
「ともかく、ウワサの出どころだなあ……」
それから数日、電話を置くなりフォクがロアに目配せをした。
「市役所に人形が送り付けられたそうだ」
「人形供養でもするの?」
さっきの電話は市役所からだったか。人形なんて寺か神社に送るものでしょうにとロアは思ったが、どうもそうではないらしい。
「送られたのは、わら人形。呪いのといえばいいか」
そう、わらを編んで人形をつくり、対象の髪の毛を入れ、釘を打つという呪いだ。どこまでやったかはわからないが、ともかく、わら人形が送られてきたのだという。呪いの、とわざわざつけたからにはそのわら人形に何かした形跡もあったのかもしれない。
「呪いの? なんで」
「嫌がらせの手紙や電話も前からあったそうだ。……例の鳥居を移す工事に関連して」
「そんなの、近くに土地を持ってる人のうちの誰かじゃない?」
「だろうなあ。これは、俺たちの出る幕じゃなさそうだね」
呪うぶんには違法ではないが、呪ったことを知らせれば罪になりうる。つまり、この鳥居の祟りのウワサは自然発生ではなく故意によるものかもしれない。であればフォクやロアにできることは少ない。警察には頑張ってもらおう。
一週間が経った頃、また電話があった。いくつかの会話の後、電話を切ったフォクはロアに振り返る。
「呪ったやつが捕まったよ。鳥居があったところの近所のじいさんだそうだ」
「へえ……」
たいして興味がないようにロアが答えた。
「鳥居を移すとき神主がときどき漏らしてたんだって。『今時の神様も大変ですねえ』って」
「それがどうして呪いのわら人形騒ぎになるの?」
「それを聞いて『神様も本当は移りたくないに違いない』と思ったそうだよ。『神主が法外に立ち退きを強いられている』と思い込んだらしい」
神が祟らないなら自分が代わりに祟ってやろうという、正義感ゆえの行動だったというわけだ。「鳥居を移しても本当に大丈夫なのか」という不安、見慣れた風景が変わって欲しくないという思い、そんなあいまいな気持ちが神主の言葉で正当化されて「祟り」のウワサをうみだしたのかもしれない。人間の思いから祟りのウワサが生まれ、それもかいなしと思えば実力行使に出た。
「改めて神主は『神様は新しい道路が通ったことを喜んでおられる』と新聞の取材に答えたってさ」
「……神様も大変ね」
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