10、遊園地

「この遊園地の都市伝説、聞いたことあるか?」

 ジェットコースターのない、地方の小さな遊園地だ。チケット売り場に並びながらフォクが言った。

「ええと、例えば、ミラーハウスに映る奇妙な影とか、お化け屋敷に本物がいるとか?」

「うん」

「できれば、フォク以外と来たかったなあ」

「そら、どうも。『カップルじゃないから絶対別れない』ぞ」

「そういえば、この遊園地に来たカップルは別れるっていうのもあったね」

 そう言いながら、ロアだって別れるのは半分本当だろうなくらいには思った。

 一日を誰かと一緒に過ごすということ、待ち時間の会話、あるていどの段取りが必要なこと。つまり、お互いの価値観や判断基準が出やすい。その上で調整できればいいのだが、予定外の一つや二つは当然起こる。そういう時に本性が表れるのだろう。例えば、行列にイライラして、相手が係員に怒鳴り散らしたりしたら最悪だ。これはもう、別れを考えてしまうのは当然といえる。

 そんなわけで、別れるカップルができあがる。うまくいかないカップルであることがあぶり出されるというのが正確なのかもしれない。そしてうまく行ったカップルの話は見えなくなり、別れたカップルの話だけが残って一人歩きを始める。

「別れるべくして別れるならいいじゃない」

「それはいいが、今回のはそれじゃない」

 フォクは大人のチケットを二枚買うとロアに一枚を渡した。

「キャラクターが子供を誘拐して人身売買しているというウワサがあってなあ」

「なにそれ。ヤバいやつじゃん」

「あるいはぬいぐるみの中に入れられるとかな。実際にあるかどうかはともかく、そういうウワサから妖怪が生まれるとまずい」

「いやー、そもそも実際にあるのはヤバいんじゃないですか?」

「子供や若い人が狙われるそうだ。そういう人を見つけよう」

「って言っても、だいたいが若いカップルか親子連れよ?」



 約一時間をかけて、敷地内を回ってみた。眼鏡を外しているロアは眉間を押さえた。眼鏡をとると「見えすぎる」ため次第に頭が痛くなってくる。それでも妖怪を探すため、あちこちを探していると。

「あれ?」

「どうした」

「あそこの……親のほう。妖怪かも」

 子供をひとり連れた両親と見られる男女がいた。ロアの目にはその二人が揺らいで見える。ふむとフォクは少し考える。ロアのように「見える」人なら違和感を覚えるだろう。怪しい大人といる子供からこのウワサは生まれたのかもしれない。

「このまま様子をみよう。気づかれるなよ」

「え、は、はい……」

 親子はミラーハウスに入ったので、フォクとロアも続いて入る。走って行く子供の後ろを追いかける親。その姿が鏡に映ったとき、少し歪んで見えた。複雑に入り組んだ鏡の迷路を進みながら、フォクが漏らす。

「なるほど、奇妙な影はこれか」

「お化け屋敷のも彼らみたいね。子供をどうする気かしら?」

「それなんだがな」

 ミラーハウスを出てみると、子供はチュロスを食べていた。親の形をした妖怪はその横でニコニコとしている。

「おいしそ。あれ、何味かな」

「買ってやろうか」

「いらない。……人さらいってわけじゃなさそうだけど」



 夕暮れが近づき、子供はゲートから帰って行った。親を残して。親……妖怪は、遊園地の中から子供に手を振っていたが、子供の姿が見えなくなると遊園地の中に戻ってくる。そこにフォクが近づいて声をかけた。

「やあ、ここの妖怪ですね?」

「そうです。ええと……」

「ここの地域の都市伝説管理人です。前に『カップルが別れるウワサ』で来たのはだいぶ前だから別の人ですね」

 ロアが眼鏡をずらして見ていると、親らしき二人はするっと着ぐるみの姿になる。この遊園地のキャラクター、丸っこいゾウのようななにかだ。

「ああ……今回は」

「子供がさらわれたというウワサがありましてね」

「いや、それは。……その、遊園地に来たいけれどいろんな事情で来れない子たちを招待してたんですよ」

 この妖怪はさまざまな子供たちを呼んでは遊園地を楽しませてたのだと言う。前回、カップルが別れるウワサのときは、一緒に遊園地を楽しめない二人はかわいそうだという理由で別れさせていたのだと言っていた。基本的に善意の妖怪なのだ。

「わたしたちはこの遊園地が好きで、楽しんでくれている人が好きなので」

「うん。それはいいことなんだけど、『さらわれて売られちゃう』『ぬいぐるみの材料にされちゃう』というウワサが広まると、そのうちキミたちは『そういうもの』になってしまうかもしれない」

「そんな……」

 遊園地からは人がいなくなってきた。大きな遊園地とは違い、閉園時間はとても早い。

「だからね、『みんなの夢の遊園地』であることをアピールしてほしいんだ」

「ああ、『遊園地で子供がさらわれる』ではなく、『キャラクターが魔法で遊園地に連れていってくれる』になればいいのね。それは本当のことだから」

「そういうこと。月に一度、誰かを無料招待してますとか打ち出せばいい」

「でも、人間のオーナーさんは……」

「まあ、そこは俺たちからも話をするさ。どうかな?」



「夢の遊園地、みんなきてねー!」

 楽しげな音楽とともに流れるCM。

「いい子にしてたら、アミュぞうが迎えにいくよ!」

「……あれ、アミュぞうって名前だったんだ」

 初めて知ったなとロアが呟くと、テレビのなかのアミュぞうは嬉しそうに手を振ってみせた。

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