9、人面犬と花子さん
都市伝説管理寮、別名妖怪アパートの庭には人面犬が飼われていた。
フォクは寄っていってよしよしと背を撫でる。太ったな。いわゆるぽっちゃりさんだ。妖怪に中年太りというのがあるのかはわからないが、顔は中年男性である。顔が人のせいか、人のような食事を好むがそれでは犬の体が太るのも当然だろう。
「おう、元気か。散歩いってる?」
「うるせえ、ほっといてくれ」
「はいはい」
おもちゃの引っ張りあいも人の顎ではできないだろうし、ドッグランに連れていくのはもってのほかだ。そもそも走ろうとしないのだから困りものだった。
トントントンと三回ドアを叩く。
「花子さん、いらっしゃいますか。管理人のフォクです」
「はーい!」
ドアが開いて出てきたのは三号室の花子さんだ。赤い吊りスカートでおかっぱ頭の小さな女の子。三人姉妹の末っ子らしい。にこにことして、フォクを出迎える。
「今日はなんのご用かしら」
「うん。相談したいことがあってね」
「じゃあ、私のご用も聞いてくれる? 今ね、メリーさんが来てるの」
「メリーさんさんが?」
「わたしメリーさん、今、あなたの目の前にいるの」
そう言うなり、フォクの前に現れたのがメリーさんだ。二人とも「さん」までが名前である。さかなくんみたいなものだろう、たぶん。
「呼び捨てでいいわ」
「わかりました。メリーさん、何して遊びます?」
靴を脱いであがると、茶の間に通された。メリーさんに背中を見せないようにして、こたつに入る。こたつの上にある紙には
「そうねえ、マジカルリンゴやりましょ」
「俺、その番組知らねえんだけどな、若いから」
フォクがそう言うと花子さんとメリーさんはぶーぶーと不満をあらわにした。こう見えても彼女たちはフォクより年上なのだ。それなのに見た目通りの子供扱いされることを好む。
「ごめんごめん、さあ、やろっか」
台所の水槽にいる小さなくねくねをなるべく見ないようにしながらフォクはリズムよく手を叩き始めた。くねくねの多くは危険性が高いと処分されたが、このくねくねは異端なのかあまり害がなく、ただ花子さんちでくねくねしているペットである。それでも直近の話題を忘れてしまったりするので人間は見ないほうがいい。
「私から。マジカルリンゴ、リンゴといったら赤い」
「赤いといったらちゃんちゃんこ」
「ちゃんちゃんこといったらおばあちゃん」
最初は花子さん、次がメリーさん。それからフォクの順だ。
「おばあちゃんといったら四時ババさん」
「四時ババさんといったら白髪」
「白髪といったら白髪染め」
「白髪染めといったら紫」
「紫といったらムラサキカガミ」
「ムラサキカガミといったら二十歳」
「二十歳といったら成人式」
「ブー!」
メリーさんが花子さんを指さして笑った。
「え、え?」
「今の成人は十八歳! 成人式って言わないのよ!」
「そんなあ!」
ちょっと忘れてただけじゃないと抗議するが花子さんの負けだった。
それからしばらく遊んで、やっと二人も満足したようだ。
「ありがとう、楽しかったわ。小学生ほどじゃないけど」
「俺ももうオッサンだからなあ……」
「都合よく歳を取らないの、これだから人間は」
「はい」
素直にうなずいてみせれば、花子さんは「よろしい」と言った。
「それでご用って?」
「うん。人面犬なんだけど、ポテサラつくれおじさんがスーパーで働くことになってね」
「知ってる! 惣菜コーナーなのよ。ポテサラ作れるのかしら?」
「そう、それで人面犬の散歩行く時間がなくて、人面犬が太っちゃったんだ」
「あら、それは大変ね」
「誰か散歩に行ってくれないかなあって」
ふーんとメリーさんは花子さんを見た。花子さんは首をかしげて見せる。
「明日から学校だから、私が連れて行く?」
「子供に見つかったら騒がれるだろうなあ……ぶっとい眉毛描かれちゃうぞ」
「じゃあ、夜中に二宮金次郎さんと一緒に走ってもらうのは?」
「……それはいいな。頼んでもらえるか?」
「オッケー!」
人面犬のダイエットは新学期とともに始まった。
その後、ランニングする二宮金次郎像がリードで犬を引いているとウワサになったのだった。
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