7、殺人
都市から離れた過疎集落の娯楽といえばウワサだった。
どこそこの誰々が結婚した。
どこそこの誰々の子は東京に行ったんだと。
どこそこの誰々の孫がどこそこにいたところをみたそうだ。
……などなど、いとまがない。
ここ数年は移住してきた男がそのウワサの中心になった。
あいつは頼みを聞かなかった、生意気だ。
あいつは村の集会で意見した、身の程しらずが。
あいつは精神を病んでいて頭がおかしいんだ。
あいつは盗みをしたんだと、誰々が言っていた。
あいつの親は殺人で捕まったそうだ、だからこんな田舎に来たんだって。
あいつの猫は病気を持っている、いずれ人を引っ掻くぞ。
あいつは人を殺すぞ、夜にひとりでこもって何してるのかわかったもんじゃない。
……そして今、ウワサをしていた村人が次々と殺されている。
「でも、その男は東京に戻ったんですよね? だいぶ前に」
「その後、村に来た様子はない。警察でも犯人の行方をつかめずウチに依頼が来た」
ロアの疑問にフォクが淡々と答える。
来る前に警官から資料を見せてもらったが、殺人事件としての捜査を早々に諦めたようだ。なにせ、獣に喰われたような死体だったからだ。家の中で、食料をあさった様子もない事件に獣害の可能性も低いと思われたらしい。煙のように現れ煙のように消えたとなれば、妖怪と考えるのも無理はない。
二人は集落を巡ってみることにする。山間の小さな集落だ。一周するにもそう時間はかからないだろう。二人がやってきたことも、やまびこのようにウワサは広がり大きくなって返ってくることが想像された。
昼でも雨戸が閉まっている。今日はすっきりと晴れているにもかかわらずだ。声をかけるが、返事はない。
「誰もいないんでしょうか」
そのとき、窓の障子がカタンと揺れた。フォクがロアに「静かに」と指を立てる。しかし、それっきりなにも動かなかった。
「警戒されてるのかなあ」
「なにに?」
「なににって……その、妖怪にじゃないの?」
集落を回って会えた村人はひとりもいなかった。寒々とした田畑が広がっているだけだった。
「こんにちは。お仕事ですか?」
畑にひとり立つ老人に声をかける。老人は眉を寄せて、声をひそめた。
「……よそもんがどうした?」
「ええ。最近、変死が続いているそうで。調査に」
「そうか……死んだやつはな、あいつの猫を殺したんだよ。だからだな」
老人は諦めたようにつぶやいた。
「他のやつは、ゴミを投げいれたりしてたんだ。ああ、落書きや貼り紙をしたやつもな」
「……恨まれていたからだと?」
「さてな。あいつが帰ってきたんだという奴もいる。……おれはそうは思わん」
「なぜ」
「殺されたやつは自分に殺されたんだろう。ウワサしているうちに『あいつが人を殺す』と信じてしまった。怖くなって、そして……」
そこまで言ってから、老人は口を閉ざした。
「やめとこう。こうなったら、ここらの人間はみな同罪だ」
村人を殺しているのは、彼らの口から出た悪口だ。ウワサが殺人鬼の形となって殺しにきている。
「このまま、この集落は消えるんだろうな。いつかはそうなると思っていたが」
「そう、ですか」
「悪かった。許してくれ……」
そうか細い声で言いながら、村人は観念したように身を縮めた。
村人の何人かは、つてを頼りに村を捨てたのだという。そこでも、また死人が出た。
この集落は呪われてしまった。誰に? それは村人自身にであろう。相手が人間ならば、謝罪も通じるかもしれない。けれども、これは村人が生み出した影のようなものだ。村人がいる限りどこまでも追ってきて殺すのだろう。
「無理だな」
あっさりとフォクは結論を出した。ウワサをした人が消えるまでこの妖怪も消えることはない。村人それ自身から出てくるので防ぎようもない。それはまわりくどい自殺のようなものだった。
「自業自得ってことですか」
「……いいや。そもそも理不尽なものだよ、妖怪ってのは」
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