5、座敷童子
フォクの初めての仕事は小さいおじさんが相手だったと思う。小さいおじさんは妖怪と親しげに話すことと、気を許すことは同じではないと言った。妖怪を侮れば痛い目にあうし、畏敬が過ぎても増長する。小さいおじさんは害がないが、程度の差こそあれ基本的に妖怪は危険なものだ。
そこらにいる中年サラリーマンをミニチュア化したようなおじさんはこう言った。
「怖がることはないが、人のように接したからといって人のように思うとは限らない。そうだな、言葉はわかっても話が通じない人間くらいに思っておけばいい。ぞんざいには扱えないが、畏れてはならないし、必要以上に譲歩することもない。やっかいな相手だからこそ、人の立場を確固たるものにしておきなさい」
「あけましておめでとうございます、座敷童子さん」
妖怪はフレンドリーなものが多いが、礼節を忘れてはならないものもいる。特に伝統的な妖怪……神様ともされるものは。ここの蔵には昔から座敷童子が住み着いていた。紺縞の小袖に白い帯、稚児頭の五歳くらいの男の子に見える。フォクは手土産のドーナツを渡すと彼は喜んで小さな手で受け取った。
「ふむふむ、ニッキの香りがするな。ここのばあさまは律儀に小豆飯を供えていた。好きだが、たまには洒落たものも食べたいではないか」
「ええ、どうぞ。お好きなだけ」
座敷童子はシナモンドーナツをつかむと口に入れた。むしゃむしゃとドーナツを頬張る姿は、見た目だけは人間の子供のようだ。
「うむ、美味い。砂糖と油とは贅沢な菓子だが、人間はよく食べるのか?」
「そうですね。食べたいと思えば比較的簡単に食べられるものです」
「こっちはチョコレイトか。チョコレイトはばあさまが供えてくれたことがある」
そう言ってチョコドーナツの穴からフォクを覗いてくる。
「それで、今日は何用だ? この蔵もばあさまだけになって跡継ぎがいなくてな。そのばあさまも気づいてくれんようになり、昨年、いなくなってしまった」
「ええ、その話を。ここのばあさまは骨折して、老人施設にはいったそうです。あなたのことを心配していましたよ」
「そうか……」
座敷童子はほっとしたような寂しいようなよくわからない表情を見せた。
「昔はな、裕福な家を童がいるからだと納得することもあった。そうなのかもしれないな。わたしが幸せを呼ぶのではなく、わたしは人が幸せなところにしかいられないんだ」
だから例えば、座敷童子が出かけて行ってもそこを幸せにすることはできない。人間の幸せとは人間のものだから。
フォクは小さいおじさんを思い出す。彼らのウワサも尾ひれがついて「見ると幸せになれる」と言われることがあった。
「人が勝手に言ってるだけなんですか、あれ」
「人が勝手に言うだけで私たちが存在する。なら、見たと思えば勝手に幸せにもなるってものだ」
「なるほど」
「妖怪が見間違いやウソから生まれたとしても。……もっとも、目撃談の多くは『本当ではない』わけだが、それで幸せになるならそれでもいいじゃないか。そうすれば、我々だって存在しやすくなるだろう?」
「ばあさまはこの蔵を売りに出しましてね」
「……もう、ここには居られんのか」
座敷童子は土地に着くものと人に着くものがいるという。ばあさまについていけなかった座敷童子はこの蔵とすべてを共にするしかない。ウワサを語る人がいなくなれば、そのまま消えるだけだった。
「買う人がいました。カフェにして地域を盛り上げたいそうですよ」
「カフェ……きっちゃてんのことだな。物好きな……」
「上手くいくかはわかりませんがね。美味しいコーヒーを飲み、お菓子を食べると人間は幸せになります」
「む……」
「小豆飯だけではなく季節のお菓子も供えるよう伝えておきましょう。夏はきれいなゼリーなどどうです」
「むむ」
「ばあさまは人で賑わう蔵になってほしいそうですよ。来た人が幸せになれるようにって……」
「そうか、そうか」
座敷童子は切り揃えられた黒髪を揺らして愉快そうに笑った。
「人が望むなら、まだ座敷童子としてやることがあるぞ。ぜいぜい楽しみにするといい」
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