4、ゆずれ親子

 新幹線の車内は年末の帰省でいっぱいだった。当然、指定席もだ。通路側のフォクは席に体を投げ出して、少し足を伸ばそうとする。大晦日はお盆と同じく、死者の霊が帰ってくると言う。この人混みのいくらが人ではないものなのかフォクは知らない。ともかく妖怪にとっても過ごしやすい時期だろう。

 背面テーブルにはドーナツの箱を置いて、この混雑を現実逃避する。丸くてふっくらさっくりの甘いドーナツ。穴の空いているドーナツは王道だが、クリームが詰まっているのも実に良い。チョコや粉砂糖がこぼれるのを気にせず食べたいものだ。とはいえ、新幹線といえばやっぱりシンカンセンスゴイカタイアイス。今日は用意できなかったが、ゆっくりとゆるくなるのを待つ時間は至福といえよう。

 そう思った時、通路に人影がぬっと出てきた。

「ちょっと、子供に席を譲りなさいよ」

 横目で見れば、おばさんが怖い顔で睨んでいる。……子供か。その後ろに元気よさそうな子供がひとり、キョロキョロとしている。六歳くらいだろうか、そのおばさんの子供らしい。「はやく座りたいー」と叫んでおばさんのコートを引っ張っていた。

 ふむ、ぶつかりおじさんと同じく、こういう手合いはそろそろ妖怪化していてもおかしくない。もし妖怪なら記録して報告書をあげて……危険度は低いが威嚇して排除対象にはなるかな。処分されるかどうかは相手しだいだ。

「ほら、おいしいドーナツもらえてよかったね」

 おばさんはフォクの前にあるドーナツの箱を見て、それを取ろうと手を伸ばす。フォクはとっさにその手をたたき落とした。俺の年末の生命線だぞ。……ともかく、妖怪ならガン無視でいいのだが、フォクはロアと違って一目で見分けられるわけじゃない。人差し指を舐めるときゅっと眉を撫でた。

「なんです、ツバつけて。きたない」

 なんだ、ただの人か。フォクは人間用ににっこりと笑って、さも気前がいいように答えた。

「指定席代の三倍払うならどうぞ」

「ひどい! こっちは子供がいるんですよ。嘘つき!」

 なにが嘘なのかわからないが、その子供は通路でぴょんぴょん跳ね回っている。後ろの席からおっさんがヤジを飛ばす。

「おまえ、薄情なやつだな」

「おや、そこのおじさんが代わってくれるそうですよ。よかったですねえ」

 フォクはひらひらと手を振って笑ってみせた。おっさんはそそくさと顔を隠してしまう。

 妖怪でないなら用はない。もっとも妖怪だからといってすぐ処分するわけにもいかないし、ここは自分の管轄ではないのだけど。ともかく、ただの不躾な人間ならフォクがやることはなかった。さっさとイヤホンをつけて眠るだけだった。

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