3、首なしライダー

「やあ、首なしライダー。やらかしたんだって?」

 保険会社の部屋に入るなり、フォクは大げさに肩をすくめて見せた。そこにいた男……たぶん男はスーツにゴツいフルフェイスのヘルメットをかぶっている。その中に顔は見えない。弱ったように片手でヘルメットを押さえた。

「今日はライダーじゃないですよ。ちゃんと電車で来ました……」

「それは結構。事故の容疑者が乗るわけにいかないからな」

「もうバイク乗れないってわけじゃないですよね、ボクのアイデンティティなんですが」

「そもそも無免許だろ、おまえ。事故保険は入ってるけど」

「フォクがいてよかった、ボクひとりじゃ心配で心配で……」

 妖怪の後見人のようなことも管理人の仕事だ。妖怪は人のウワサ話から生まれたせいか、どうも無頓着というか偏見があるというか考えかたが人間と変わっている部分がある。……比較的穏当な表現だ。

 そんなことを言っていると、保険調査員が入ってくる。首なしライダー方のと、事故の相手方の二人だった。

「妖怪のお客様は始めてですよ……」

「でしょうね」

「昔は事故起こしても逃げられたんですが、ご時世ですねえ」

 笑えない冗談かなにかとギョッとした人間たちに見えないよう、テーブルの下でフォクが首なしライダーの足を蹴っ飛ばした。

「さらっと心象下げること言うんじゃねえ」

「はい……」



「それで、今回の事故ですが」

「首なしライダーさんが車を追い越す時にヘルメットが外れ、その……首なしを見て驚いて事故が起こったと。怪我人二名」

「驚かせるつもりはなかったんですよ。ジャケットの襟を直そうとしたら引っかかって落ちちゃって……」

 首なしライダーは焦ったように言い返す。驚いたとはいうが、彼らは明らかに首なしライダーを指差して興奮していた。スマホを構えていたのだ。

「首なしくらいで脇見したほうが問題ですって!」

「おまえもノーヘルのまま走っただろうが。違反だ、違反」

「はい……」

 フォクに言われて首なしライダーはしゅんとなった。

「しかし……よそ見だとはいえ、真っ昼間から首なしを見せるのは……故意ではないとしても……」

「ちゃんとすぐに断面は隠しましたよ」

 ギョッとした人間たちを前に、またテーブルの下でフォクが首なしライダーの足を蹴っ飛ばした。

「突然のグロ表現やめろ」

「はい……」

 とりあえず首なしライダーは悪意があった訳ではないとわかってもらえたようだ。

「まあ、驚いたとはいえ、運転者のよそ見が原因でしょうな」

「ほら、ボクのせいじゃないですよね、ね!」

 ホッとしたと全身で表現して首なしライダーが同意を求める。

「おまえは絶対、メット外れないようにしとけ。俺が接着剤でつけてやろうか」

 原因そのものとはいえないにせよ、もう少し反省して欲しいものだとフォクがため息をついた。



「ありがとうございます、ヒヤヒヤしました」

「悪いとはいえないが、少しはおまえのせいでもあるんだがな……」

 すごい悪いやつというわけではないのだが、人間からするとなかなか困った妖怪だ。

「これでロウバーイーツの仕事も続けられます」

「ああ、原付にも乗れないとなりゃ、ダッシュババアがうるさいか」

「店長、爆走ウーバーが叩かれてめっちゃピリピリしてるんで事故れないですよ。あはははは」

「……その口も接着剤つけるべきだな」

「やめてくださいよ……」

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