まっさお
灯村秋夜(とうむら・しゅうや)
僕のような年寄りまで参加させてもらえるなんて、懐の広い大学ですね。居酒屋で知り合いになる、というのもなかなか面白いもんです。それも、不思議な話や怖い話を集めているというじゃありませんか。もうちょっと働き盛りだったころに体験したお話をね、どこへ吐き出したもんだか、インターネットもなかなか怖いもんでしょう。特定だかされると先方に迷惑がかかるかもしらんわけだからね。言えなくてね。
話のタイトルですか。タイトルねぇ……気の利いた話もできんロートルに、そんなセンスもありゃせんもんでしょうが。そうですね、あれだ、いちばん怖かったもんの名前をそのままタイトルにすりゃ、怖くもなりましょうかね。「まっさお」……ってんで、どうでしょうね。いや、そのまんまです。青いもの。
あれこれと仕事を流れに流れて、五十を越すともう新しい仕事なんぞ見つからんのですよ。ないわけじゃないが、若い人の方が歓迎されますし、体力も続きませんでね。かといって、五十で無職になってしまうと、貯えもない、年金もまだまだ先だと、そういう恐ろしい事態になりかねんわけです。怖い話も怖いですが、にっちもさっちもいかんのもね、恐ろしいもんです。長いこと勤められる職場を見つけた方がよろしい。
そのときの僕が見つけた仕事というのが、掃除夫みたいなもんでした。介護施設に付きっきりで雇われる、施設の保全なんぞもやる……営繕という仕事でしたか。いろいろと経験はしておりましたもんで、入り込むのに苦労はしませんでした。給金は安かったですが、当時の自分でも若いくらい年寄りばかりの職場でしたもんで、定年までは問題なかろうと。そう思いましたね。
ずいぶん山の手の施設で、いろいろヒヤッとするような体験もしましたよ。介護施設ですもんで、人も亡くなっとりますんでね。知らない人が通りがかって、ごあいさつ申し上げたのに次の瞬間にはいないようなこともありました。ただ、そういうのはまだマシでねえ。怖いは怖いが、分からんでもないでしょう。わけのわからんことがまかり通っている怖さ、あれに勝るこたぁありませんでね。あのせいで、僕はあそこを辞めたんですよ。
当時はまだまだ髪も黒くて、僕は働き盛りでね。階段を降りるにもひざが痛くなるこたぁありませんし、腰も頑丈でした。そいでもって、床のモップ掛けなんぞしとったわけなんですね。介護士さんたちはきれいに使おうとしてくれてますが、介護されてる老人の方は、まあ抜けた髪の毛を地面に落とす、食べこぼすなんて日常茶飯事でして。目に見える成果があるくらいには、それなりに汚れた床面でしたよ。
すいすいと拭きながら進めていたときにですよ、ふいにペーンペーンと、おかしなチャイムが鳴りましてね。バカが鳴らしたギターみたいでしたねえ。分かりませんか。何を伝えるもんだか意図がわからんのですよ。チャイムにもね、定型文みたいに型があるでしょう。悪い報せなら、なにか不安をあおるような音を取り入れるもんです。そういうのがまったくなくてね、単にこう、ペーンペーンと。
そいでね、妙に明るい声が言うんですよ。「大きなまっさおが予想されます。目と耳をふさいで準備してください」ってね。まるで歌番組の紹介みたく明るい声音だったもんで、何かのいたずらかと思いまして、介護士さんの方に「なんですかこりゃ」と聞こうと思ったんですがね。
全員が、目と耳をふさいでいたんですよ。
若い人にも分かることですが、ぼけ老人には何言っても通じませんでね、聞こえたところで意味なんぞないんですな。介護士はともかく、会話も成り立たんような人まで、その場にいた全員が同じことをしてました。ちょっと薄目を開けた看護師さんがね、私を見て「早く!!」って血相変えて怒鳴りまして。私も同じように目と耳をふさいで、姿勢を低くしました。
何か見えたな、とは思ったんです。次の瞬間に、ひゅうと風が吹きまして……こう、目をつむっとるはずなのに、視界がぜんぶ真っ青になりました。目をつむると赤とか緑とかが見えて、ほんとうに真っ黒ってわけではないでしょう。これが青で、本当に「まっさお」なんです。視界が暗くならんのですね。
急に姿勢を低くしたわけですから、不安定になって、後ろにこけてしまいまして。しかも滑って、背中を打ったんです。痛いのなんのって、まあ痛かったんですが、背中に何かべっとり付いて、じっとり濡れて気持ち悪かったですなあ。びっくりして目を開けると視界は元通りで、背中が濡れてるのを触ると、異様なくらい真っ青なものが手につきました。
なんだと思って見回すとね、さっきまで椅子に座ってくつろいどったぼけ老人がね、おらんのですよ。しかも、その椅子から真っ青なものが垂れて、こっちへ続いていました。何もかもを青く感じすぎて、青くなってしまったんです。そうとしか考えられん。いや、何を支離滅裂なと思うかもしれませんが、ああ考えるほかになかったんです。
あれから何度も、人がまっさおになることが続きました。どうして生き残ったのだか、今になっても分かりません。幽霊みたいなものを見たとは言いましたが、まっさおになった人が化けて出てきたことはありません。そういう人がどうなったかは、誰も考えていないようでして、粛々と掃除して終わるんです。あそこは、人死にをそんなふうに考える鬼畜生の施設なんです。それ以外には、何もなかったのに……。
あの声も、あの出来事も、離れてみれば何が何やらさっぱりで。
目をつむっていても、人は真っ黒にはならんでしょう。あのあれは、山にいる化け物か何かだったんでしょうか。学校の放送がこう、キンコンカンコンと聞こえるたびにね、思い出さずにはおられんのです。もしまた、あのペーンペーンが鳴ったときには……もしや、町じゅうがまっさおになるんじゃなかろうかと。
怖くてたまらんのです。
まっさお 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a
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