第29話 喚問

 ついに運命の日が訪れた。


 生徒会からの呼び出しの日である。


 放課後、ルイは生徒会室の前にいた。


(まさかこんなにも早く生徒会を訪れることになるとはな)


 ルイは前世のゲーム画面で見た通りの生徒会室入り口を前にして感慨深くなると共に複雑だった。


 ルイが過激派を乗っ取ったり、生徒会のメンバーに選ばれたりするというエピソードは、原作でも確かにある。


 だが、いずれもここまで早い段階で訪れるイベントではないし、同時に訪れるというパターンはなかった。


 おまけに生徒会室を前にして、また原作ルイが出てきそうだった。


 心拍数が微妙に上がっている。


 原作ルイが現れる前触れだった。


(ルイ、お前はいったい何が望みなんだ? どうすれば満足する?)


 ヒロインと魔法をシェアし、好感度を上げ、死亡フラグを回避する。


 それで十分だと思っていた。


 だが、どうやら悪役貴族様はそれだけではご不満らしい。


 生徒会室を前にして、また発作が始まろうとしている。


(ったく、悪役貴族の欲望は果てしないな)


 原作ルイは生徒会まで乗っ取る気だろうか?


 心拍数はどんどん上がっていった。


 体がソワソワしてくる。


 まるで早く生徒会室に入れと言っているかのようだ。


(わかったよ。どうせ乗りかかった船だ)


 ルイは扉に手をかけた。


(とことん付き合ってやるよ。好きなだけ暴れてみな)


 そうしてルイが生徒会室に足を踏み入れると、眼鏡をかけた堅物そうな男子生徒グレアム・レビの顔が飛び込んできた。


 心拍数は収まり、原作ルイがスッと引っ込むのを感じた。


(って、出てこんのかいっ)


 転生ルイは心の中で突っ込んだ。


「どうした? 早く入ってこい」


 扉に手をかけたまま固まっているルイに対して、グレアムが促した。


「あ、はい」


 ルイはいそいそと扉を閉めて、生徒会室に入っていく。


(そういや原作ルイはグレアムが苦手だったな)


 グレアム・レビ。


 学園3年生にして、生徒会長。


 その時計のように精確な委員会運営手腕は、生徒会の誰もが認めるところだ。


 そして、原作ルイの最も苦手とする相手でもあった。


 何事もきっちりしているグレアムは、原作ルイにとって本能的に避けたい相手のようで、彼が側にいて目を光らせている時だけは、落ち着きのないルイも急に大人しくなるのであった。


(まあいい。出て来ないなら好都合だ。予定通りいくぞ)


 ルイは促されるまま中央の席についた。


「では早速、本日の議題に移ろう。今日の議題は言わずもがな。ルイ・クルスの件だ。クルス、立て」


「はい」


 ルイは席を立った。


「クルス、ローレンスとの試合後に行ったあの振る舞いおよび宣言、いったいどういうつもりだ?」


 ルイはあくまで穏やかに返した。


「試合後に行ってしまった見苦しい言動については申し訳なく思っています。激戦の後だったので、気分が昂っていて、今はその軽はずみな行動を反省しております。ただ、私としても皆さんを敵に回すつもりはありません」


「ほう」


「正直なところ、こうして生徒会に呼び出された理由についてもよくわかっていないというのが本音です」


「事の重大さを何も分かっていないというわけか。いいだろう。教えてやろう」


 グレアムはトレードマークであるメタルフレームの眼鏡の位置をカチリと直してから説明し始めた。


「この学園の生徒会はただの生徒を代表する組織ではない。国家からのテロ対策を委任された組織でもある。その責任は非常に重い。だが、今、たった1人の生徒の存在が、我々を揺るがしている。君だよ。ルイ・クルス」


「……」


「君はローレンスを試合で倒し、無力化しただけでなく、ローレンス派に無用な混乱をもたらした。ローレンス派の果たしていた役割は大きい。対テロ対策。隣国ガルリアとの外交交渉。今、ローレンス派の担っていたすべての交渉がストップしている。生徒会としても君の引き起こした一連の騒動を黙って見過ごすわけにはいかない。このままいけば我々としても、君のことを生徒会の活動を阻害する敵と見做みなさざるを得ない」


 グレアムは厳しく睨んだ。


「その上で問いたい。君はこの問題、いったいどう収拾を付ける気だ?」


「事の重大さはよくわかりました。事態が差し迫ったものであることも。ですが、私自身、皆様に敵対する気がないことは変わりません。生徒会の直面する危機を回避するため自分にできることがあれば、どんなことでもするつもりです」


(ふむ。意外と素直な奴だな。それに立派な答弁だ)


 グレアムは感心する。


 成り上がり商人の息子とは思えない立派な振る舞いだった。


「クルス。ここは裁判所ではない。我々に君を処罰することなどできないよ(表向きは)。だが、もし君が学園のためにその力を使うつもりがあるというのなら、我々には君を生徒会のメンバーとして迎え入れる準備がある」


「……」


「生徒会のメンバーとなるつもりはあるかね?」


「それで事態が収まるというのなら、喜んで引き受けさせていただきます」


「よかろう。これで君は我々の同志だ。ルイ・クルス、君を歓迎するよ」


 グレアムが立ち上がって、握手を求めてくる。


 ルイは歩み寄りその手を握った。


 生徒会室に拍手が湧き起こる。


(かかったね、ルイ)


 ロレッタはほくそ笑んだ。


 過激派を率いたまま生徒会に入ることになれば、必然テロ対策と外交交渉も引き継ぐことになる。


 過激派をまとめながら、それらの業務をこなすのは至難の業だった。


(これで君は雁字搦めだ。生徒会と過激派の間で手が回らなくなり、にっちもさっちもいかなくなる。あとは煮るなり焼くなり……)


「では、次の議題に移ろう。次はローレンスの生徒会解任決議について……」


「お待ちになって」


 生徒会室の扉が勢いよく開かれた。


 遅れて生徒会に入ってきたのは、シェリルだった。

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