第28話 お出かけ
「まったく急にお出かけだなんて。困りますわ。ただでさえ私は対抗戦の準備で忙しいというのに」
水族館前の喫茶店で、シェリルはルイを前にしてそう言った。
そんな風に文句を言いながらも、その割にはバッチリお洒落な服装に身を固めていた。
優美な肩を余すことなく晒す肩出しのトップス。
腰回りのラインがくっきりとわかるスリット入りのタイトスカート。
ただでさえ高めの身長をさらに見栄えよくする
いずれもこの日のために時間をかけて厳選したことが見て取れるものだった。
好きになってしまった年下男子の前で、年上お姉さんの風格を保とうと躍起になっているのが伝わってきた。
「いったいどういうつもりですの? あのような手紙を送ってくるだなんて」
ここで変に言い返してやり込めようものなら、全面戦争になるのは必至だった。
上手く年上女性の面目を立てて、いなさなければならない。
「ええ。本当に困ってしまって。先輩のお力を借りることができれば助かるのですが」
「……」
シェリルは真意を探るようにルイの表情を読み取ろうとした。
しかし、見つめれば見つめるほど恥ずかしさと愛おしさが込み上げてくる。
シェリルはルイに自分の心情を悟られないようカップに目を落として、お茶を口に含んだ。
「まあ、いいでしょう。私もそろそろこの問題に対処しなければと思っていたところです。それで? あなたはどうするつもりなのですか?」
「まずはこれを見てください」
ルイは生徒会からの召集令をシェリルにも見せた。
先日のシェリルとの試合について健闘を
シェリルは一読して手紙をルイに返す。
「なるほど。あなたはこれをロレッタ・ハウによる謀略の一環と見ているというわけですね?」
「ええ。ハウ先輩にも聞いてみました」
「!? ロレッタはなんと?」
「彼女は何気ない調子で言いました。その招集は気にしなくていい。喚問は形式的なもので特に君を罰するつもりはない。むしろまだ非公式だが、生徒会は君をメンバーにする方向で調整している。肩の力を楽にして遊びにおいで、と。しかし、彼女のいうことを素直に信じる気にはなれません。おそらく彼女は僕を生徒会に縛り付けて釘付けにし、その一方でローレンス派に工作を仕掛け、こちらの背後を脅かそうとしているのではないかと思うのです」
「なるほど。あの狸の考えそうなことね」
「それでローレンス先輩にお聞きしたいのですが、ハウ先輩、というか穏健派がローレンス派に仕掛けてきそうな工作に心当たりはありますか?」
「そうね……」
シェリルは顎に手を当てて目を瞑り考えてみた。
挑発されれば、脊髄反射で喧嘩腰になってしまうシェリルだったが、こうして穏やかに問いかければきちんと考えることのできる人だった。
「いくつか心当たりがあるわ」
シェリルはローレンス派内の内情について話し始めた。
誰々と誰々が運営方針を巡って対立している。
誰々は穏健派の誰々と仲が良くパイプを持っている。
誰々は最近ローレンス派に入ったばかりだから、ロレッタの息がかかりやすいかもしれない。
ルイはシェリルの返答に満足した。
「先輩、思ったのですが、ローレンス派のトップはやはり先輩が務めるのが最適かと思うのです」
「えっ!?」
「生徒会とローレンス派の工作、両方に対処するのは容易なことではありません。僕と先輩で役割分担して対処するのがいいと思うんです」
「なるほど。確かにその方が合理的かもしれませんね。けれども、本当にいいの? あなたはああやってみんなの前で宣言までしたのに」
「ええ。今はハウ先輩の謀略に対抗することが最優先です。それにシェリル先輩さえ味方についてくれるのであれば、それだけで満足です」
ルイがそう言うと、シェリルは嬉しくなって、ついに我慢できず顔を赤くする。
それと同時にルイの理性的なことに驚いた。
試合後に現れた粗暴な人物とは、まるで別人のようだった。
その後、2人はロレッタへの対処について協議をめぐらせた。
生徒会での立ち回りやローレンス派の運営方針について、細かいところを打ち合わせする。
「そろそろ出ましょうか」
ひとしきり話し終えたところでルイは言った。
立ち上がってお会計を済ませる。
するとシェリルはサッと顔を強張らせた。
「ちょっと、ルイ!」
シェリルは店から出たところでルイを呼び止める。
「はい?」
「どうしてお代を払ってしまうの?」
「え? どうしてって……」
「ここは私が支払おうと思っていたのに」
そう言ってシェリルは頬を膨らませる。
「あー、そうでしたか」
年下の男子に奢られては自分の立場がない、ということだろうか?
プライドの高い年上女性と付き合うことの難しさだった。
年上の体面を保つために甘え上手にならなければならないが、かと言ってあまりに甘えすぎれば見限られてしまう。
程々に男らしいところも見せなければいけなかった。
「ここは私が出させていただきます」
シェリルは財布を取り出そうとする。
「いえ、そんな。もう払ってしまいましたし」
「いいえ。このまま引き下がるわけにはいきません」
「では、こうしましょう。この後の水族館代は先輩が支払うということで」
ルイがそう言うと、シェリルはまだ納得いかないような顔をしたものの、大人しく引き下がってくれた。
その後、2人は水族館を楽しんだ。
ローレンス家系列の水族館だったが、シェリルもここに来るのは初めてのようで、水槽の熱帯魚や海獣を物珍しげに観覧していた。
青いアクアリウムに囲まれた空間を歩くうちにいつの間にか2人は手を繋いでいた。
青みがかった薄暗さのせいで油断したのか、シェリルは切なげな表情を浮かべてしまう。
その表情からはもっと一緒にいたいという願いが透けて見えた。
ルイも彼女の気分に当てられて、ずっと一緒にいたいような気分になった。
しかし、2人は学園に戻らなければならない。
水族館から出ると、シェリルはいつも通りの表情に戻っていた。
2人は別々の道をたどって帰路についた。
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