第27話 ルイからの手紙
ルイが学園内の校舎を歩いていると、不穏な空気が漂っているのを感じた。
「おい、あれ」
「例の
「ああ、どういうつもりなんだろうな」
貴族階級の者も平民階級の者も、どちらも声をひそめて遠巻きにルイのことを噂する。
彼らがこのような態度を取るのも無理はなかった。
現状、ルイはどこにどう火種を飛ばすか分からない時限爆弾のようなもの。
どの派閥の人間もどう接すればいいのか、迷っているといったところだろう。
ルイは視線に気づかないようにしながら、ロッカーを開けると書状が差し込まれているのを見つけた。
(ん? これは……生徒会からの手紙?)
ルイは手紙を読んでみた。
内容としては、先日のシェリルとの試合について健闘を
次の生徒会が開かれる1週間前までに解答されたし。
(これを断ったら、生徒会を敵に回すってことか)
ルイはこの要請の背後にロレッタの存在を感じた。
原作にもあったエピソード分岐の一つだ。
力を見せすぎた
早くもロレッタによって先手を打たれたな、と思うと同時に思ったよりも原作の内容から外れていないな、とも感じた。
あれだけのことをしたのだからもっと反発が大きくてもおかしくないと思っていたのだが……。
このような要請が来たということは生徒会としてもルイへの対応を決めかねている、ということだ。
だが、その一方で急がなければならない、とも感じた。
(ストーリーの進みが速くなってる)
ロレッタが本格的に陰謀を仕掛けてくるのは、というか登場するのでさえ、本来対抗戦後のことだ。
それが対抗戦を迎える前からすでに生徒会のメンバー入り要請。
尋常じゃない速さでエピソードがスキップされている。
(今後は生徒会も駆け引きの場になる。となれば、ロレッタの狙いは……過激派貴族か)
これがロレッタの嫌らしいところだった。
正面から握手してきたかと思えば、後ろから刺される。
彼女と戦う時には必ず背後に注意しなければならない。
生徒会を通して圧力をかけてきたということは、それはつまりルイが傘下に置くと宣言した
ロレッタが正面から近付いてきたら背後に気を付けろ、というのが【シェア&マジック】におけるセオリーの1つだった。
彼女がどの程度
過激派の人間を自派に引き込む切り崩し工作を仕掛けてくるのかもしれない。
楔を打ち込んで派閥内に対立の火種を仕込むのかもしれない。
あるいは表面上何もしないでおいて、ダークプールの人間を潜り込ませ、時限爆弾を仕掛けるのかもしれない。
いずれにせよルイは身を守るために生徒会の要請に応じながら、ローレンス派を纏める必要があった。
そのためにも……。
(まずはシェリルをガッチリこちら側に引き込まないとな)
ロレッタには1つ誤算がある。
シェリルのルイに対する好感度がすでにカンスト同然になっていることだ。
そんなことを考えながら書状に目を落としていると、椿と祐介が近づいてきて声をかけてきた。
「何見てるのルイ?」
「ん」
ルイは生徒会からの書状を椿と裕介に見せた。
「何これ。生徒会からの要請!?」
「あの血塗られた歴史を持つっていう生徒会か」
裕介がゲンナリした様子で言った。
「ルイ、要請に応じるつもり?」
「やめといた方がいいんじゃねーの?」
「そうだよ。何かの罠かも」
(その通り。ハウ先輩の罠だよ)
ルイは心の中でそう思いつつも、顔には出さないようにした。
「うん。正直きな臭いけど、断ったら断ったで目を付けられそうだしさ」
「あー。そっか」
「生徒会は学園内の各派閥代表者が集まる最強の集団だからね。目を付けられたら厄介だよ」
「まあ、とりあえず顔を出すだけ出して、感触を確かめてみるよ。案外、すんなり話を納められるかもしれない。あっ」
ルイは突然、廊下を歩いている女子生徒に影魔法で攻撃した。
女子生徒の体を具現化された影が覆う。
「きゃっ。ル、ルイ君? どうしたの?」
「フハハハハ。平民を影魔法の練習台にしてやろうと思ってな」
「もぉー。いきなりでびっくりしたよー」
(なんかルイって時々、人格変わるよな)
祐介は訝しげにルイのことを見るのであった。
その後、正気に戻ったルイはシェリルに対して手紙を書いた。
シェリルは自宅でシャワーを浴びていた。
普段の彼女なら至福の時間であるはずだったが、この日ばかりはどれだけ体を洗い流しても気分が晴れることはない。
いつもは祝福のように彼女の肌の上で楽しく跳ねる水滴も、今は自分を責め苛む針のようだった。
優雅な中にもキビキビとした動作を忘れない彼女だったが、ここ数日はどうにも腰が重い。
原因ははっきりしている。
ルイ・クルスとの例のあの試合だ。
生徒会の連中が果たしてどのような目で自分のことを見てくるのか。
いや、それだけではない。
その場の流れでクルスに過激派の領袖の地位開け渡しを約束してしまった。
だが、それよりも彼女は自分自身が一番恐ろしかった。
あの時の恐ろしい出来事。
恐れ慄きながらもどこか陶然として自分のものを差し出してしまった。
彼に命じられると、自分が何をしでかすかわからない。
普段なら、あのような少し顔がいいだけの尊大な男子など歯牙にも掛けないのに。
次、彼に出会った時、自分は何を差し出してしまうのだろう。
(ダメ。彼に会うのが怖いわ)
シェリルは自分の肩を抱きしめてうずくまる。
シャワーの雨が滴る中、しばらくその場から動けなくなってしまった。
ようやく気分が落ち着いて、といっても憂鬱な気分はそのままだったが、バスローブを纏い浴室から出ると、手紙の山が机の上に置かれているのが見えた。
シェリルはため息をついた。
どんよりとした目で手紙の山を見つめる。
過激派および関係者からの抗議の手紙に違いなかった。
重い気分を引きずりながら手紙を一枚一枚より分けて、差出人を確認していくと一つの封筒を見て石像になったかのように手が止まる。
その封筒の送り主の欄には、はっきり以下のように書かれていた。
ルイ・クルス。
(!?)
シェリルは緊張に顔を強張らせた。
クルスが一体自分にどんな内容の手紙を送ってきたのだろう。
それを考えるだけで心臓の鼓動と手の震えが止まらない。
シェリルはまるで危険物を取り扱うかのような手つきで恐る恐る手紙の封を切った。
「拝啓ローレンス様
先日はお手合わせいただきありがとうございました。
先輩の
試合後は無礼な態度を取ってしまい申し訳ありません。
自分でもなぜあのようなことを言ってしまったのかよく分かりません。
ところで、生徒会からメンバーに入るように招集を受けました。
青二才に過ぎない自分にこのような声がかかるのは不自然なので、おそらくロレッタ・ハウが背後で糸を引いているものと思われます。
僕と先輩の間で問題が起こっているこの隙にローレンス派に対して何らかの工作をしかけるつもりでしょう。
この件について至急先輩と相談したく思いますので、よければ今週末2人でどこかにお出かけしませんか?
良いお返事待っています。
ルイ・クルス」
シェリルは怯え半分、期待半分といった気持ちでソワソワしながら手紙を読んでいたが、ロレッタが過激派に工作を仕掛けようとしているという文面のところで、メラメラと対抗心を燃やしたかと思うと、週末お出掛けしませんかの部分でリンゴのように頬をポッと赤らめた。
そうしてしばらく顔色だけ変えて静止していたかと思うと、突然弾かれたように部屋を飛び出して衣装部屋に駆け込んだ。
長い髪を手早く乾かし、櫛で
それまでの鈍い動作が嘘のような極めて手際のいい選別作業だった。
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