第25話 勝ち確定演出

「もうそこまでにしろクルス」


 いつの間にか2人のすぐ側に来ていた千草が言った。


 刀の柄に手をかけながら射抜くような鋭い目でルイを睨む。


「事前の取り決めでは、褒賞はスキルシェアと魔力の無償供与だけだったはずだ。これ以上、敗者に鞭打つような真似をするのは、この私が許さんぞ」


 千草は今にも刀を抜きそうな挙動と間合いで圧力をかけてくる。


「ククク。どうしたんですか先生。ムキになっちゃって。まさか先生も俺の傘下に入りたいんですか?」


 ルイがそう言うと、千草はかあっと頬を赤らめた。


「なっ、何を言うんだいきなり。そんなわけ……そんなわけないだろ!」


 千草は一瞬、目を泳がせたものの、毅然とした態度で言った。


(いや、何ちょっと迷ってるんですか先生)


 転生ルイは心の中で突っ込んだ。


 ただ、千草が斬りかかってこないのには心底ホッとする。


 もし、千草の好感度を上げていなければ、切り捨てられてもおかしくなかった。


「刀を納めてください、如月先生」


 シェリルがいつになく萎らしい態度で言った。


「しかし、ローレンス……」


「結果は結果。私が敗北したのは確かなのです。敗者は勝者に阿るのが戦場の掟。かくなる上は彼の好きなようにさせてください。コード、砲撃キャノン


 シェリルは砲撃キャノンのコードに50分の魔力を込めてルイに渡した。


「クルス。どうかこれでお許しに。うっ」


 ルイはシェリルを解放するどころかさらに強く襟首を引っ張る。


「それだけじゃねーだろ? こんな風に完膚なきまでに負けておきながら、まだ過激派貴族の頭領を名乗る気か?」


「……っ。わかりました。過激派の頭領の座はあなたにお譲りしましょう」


「ふはははは。敗者に相応しい末路だな」


「ああ。クルス。なんて残酷なお方なの」


 シェリルは弱々しくルイの足下に崩折れる。


(や、ヤバイ。こうなってくると今度はロレッタの方が……)


 ルイが恐る恐る観客席の方を見ると、案の定、岩のように険しい顔をしているロレッタがいた。


(ルイ。許さないよ。過激派貴族に与するなんて、僕に対する裏切りだ)




「ちょっと。ルイ、どういうことよ」


 練兵場の外に出ると、すぐに椿が食ってかかってきた。


「過激派貴族の頭領になるだなんて。何考えてるのよ。いくら名門の出の人達とはいえ、平民を学園から排斥しようって考えの人だよ」


「わかってるよ」


 ルイは弱々しく言った。


「今日はもう疲れた。ちょっと一人にさせてくれ」


「ルイ……」


 椿は何か声をかけようと思ったが、かける言葉を見つけられず、うなだれてその場を後にするルイを見送るほかなかった。




 その日のルイはもう何もやる気になれず、寮に戻ったように見せかけて、自宅の自室に引きもった。


 メイド達から接続コネクトの申請が来るが、無視してしまう。


 見通しの立たない今後のことを思うと、どうしようもなく気分が落ち込んで何も手に付かなかった。


 なぜ、あのタイミングで原作ルイが出てきたのか。


 あのようなセリフ・イベントは原作にもないものだった。


 学園のすべてを敵に回しかねないルイのあの発言、そこから返ってくる多方面の反発に想像を巡らせると不安に押しつぶされそうだった。


 だが、それでも厳しい現実を見なければならない。


 今、自分の置かれた立場をルイはその目で見て確かめて、対策を立てなければならない。


 ルイは重苦しい気分を引きずりながらどうにか鏡の前に立った。


「!?」


 ――――――――――――――――――――

【ルイ・クルスへの嫌悪感】

 御門椿:−60(↓28)

 シェリル・ローレンス:−95(↓100)

 ロレッタ・ハウ:30(↑40)

 如月千草:−20(↓20)

 〜

 ――――――――――――――――――――


(どういうことだ? 全体的に好感度が上がっている?)


 前回、裕介との再試合前に嫌悪感を測定した時の数値は、椿−32、シェリル5、ロレッタ−10、千草0だったはずだ。


 その時から椿は28、千草は20、シェリルにいたっては100ポイントマイナスになっている。


 プラスになっているのは、ロレッタだけだ。


 嫌悪感においてはマイナスに触れた方が、好感度が上がっていることを意味している。


 つまり、ロレッタ以外は全員好感度が上がっているということだ。


(あれだけのことをしたにもかかわらず、ほとんど全員俺の選択を支持している?)


 一瞬、そんな希望的観測に囚われたが、ルイはすぐに考えを改めた。


(いや、それはちょっと早計か)


 何しろ裕介との再戦以来ずっと好感度をチェックしていなかったのだ。


 彼女らがルイの宣言を支持していると考えるのは拙速だろう。


 少なくとも椿と千草は、これまでにいくつもの好感度上昇イベントを経てきたのだ。


 直近の反応を見る限り、いくらか下がったと見るのが妥当だろう。


 だが、シェリルに至っては好感度が100も上がっている。


 対抗戦でどれだけシェリルを圧倒しようとも、上昇値は80が限界。


 それが100も上がったということは、原作ルイの出現がさらなる好感度上昇を後押ししたと見ていいだろう。


 ルイの増長した態度が、あの時の弱気になったシェリルには逆に覇気のある態度に映ったのかもしれない。


(そういえば、ルイはヒロインの嫌悪感が急低下すると調子に乗るくせがあったな)


 そのせいでせっかく下がった嫌悪感をまたぶり返してしまうわけだが、今回ばかりは逆にいい方向に働いたようだ。


 今回、シナリオにない形でルイが出てきたのもそのせいかもしれない。


 つまり勝ち過ぎれば……、好感度を上げ過ぎれば、原作ルイが出てきて追加での好感度上昇をもたらす。


 逆に言えば、シナリオにない形で原作ルイが出てくれば、勝ち確定演出と言うことだ。


 ルイは改めて嫌悪感のステータスを見た。


(……シェリル−100とロレッタ+40の交換か)


 そう考えれば、決して悪い取引ではなかったかもしれない。


 いずれにせよ、椿、千草、シェリルに関しては当面問題ないだろう。


 ロレッタの陰謀さえかわすことができれば、死亡フラグは回避できるはずだ。


 嫌悪感が高くなれば、ルイを問答無用で処断できるのがメインヒロイン達の特権だ。


 逆に彼女らの支持を得てさえいれば、そうそう死ぬことはない。


 希望が見えてきたルイは、またあれこれと善後策を巡らせ始めた。

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