第20話 研究室

「シェリル・ローレンス……」


「過激派貴族!?」


「ヒィッ」


 生徒達はシェリルの登場に戦慄する。


 砲火の入学式の生々しい記憶が蘇った。


 シェリルはその空気を敏感に察して、柔らかい笑みを浮かべる。


「皆様、そう怖がらないでくださいませ」


(((((いや、無理だから)))))


「今日は皆様に砲火を浴びせにきたわけではありません。ルイ・クルスと天城裕介。その2人を私の研究室に招待したいと思ったのです」


(このタイミングで2人を招待!?)


(おかしい。罠だ)


(2人に毒でも盛る気か?)


 学園で散々酷い目に遭って、すっかり疑心暗鬼になっている一年生達はシェリルの申し出を警戒する。


「さぁ。2人とも。激しい戦いでおつかれでしょう? 私の研究室には体を休める設備もあります。今すぐ来てくださいな」


「待て。ローレンス」


 千草がルイと裕介の前に進み出た。


「今、この2人は私の授業を受けているところだ。たとえ生徒会のメンバーであろうとも勝手に私の授業を邪魔することは許さん」


「あら、如月先生ではありませんか。ご機嫌麗しゅう」


「即刻、立ち去れ。そうすれば今回は見逃してやる」


 千草が刀に手をかけた。


 シェリルは千草を冷たくにらむ。


 ピンと空気が張り詰めて、一触即発の空気になる。


 生徒会は学園の最高決定機関であり、その決定には教師も逆らえなかったが、その一方で教師陣には授業中、命令に背いた生徒を斬り捨てる権限が与えられている。


 このようにすることで学園は危ういながらもギリギリのところでバランスを保っていた。


「如月先生。生徒会の意向に逆らうおつもりですか?」


「生徒会の意向? 笑わせるな。貴様の意向だろう? いったいいつから生徒会の本部がお前の研究室になった?」


「私は生徒会のメンバーです」


「生徒会の意向だと言うのなら、正式に決定文書を発布してもらおうか」


 シェリルは唇を噛み締める。


「いいでしょう。ここは引き下がりましょう。ただし、その2人は必ず私の研究室に招待しますよ」


 シェリルは取り巻きを連れて練兵場を後にする。


 生徒達は緊迫から解放されてどっと疲れを感じた。


 そんな中、ルイの困惑は続いていた。


(なぜシェリルがこのタイミングで? しかも俺を研究室に?)


 研究室に勧誘されるのはみんなが思っているほど怖いことではない。


 研究室というのは、椿との放課後魔法練習のようにスキルのシェア・ビルドを促進する場だ。


 対抗戦前、授業中にシェリルから研究室に誘われるというのは原作でもあるエピソードだった。


 裕介の練兵場での成績が一定の値を超えると発生するイベント。


 だが、原作において誘われるのは裕介だけだ。


 ルイも便乗してシェリルに自分を売り込もうとするが、すげなく断られる。


 こうしてまたしても裕介に嫉妬したルイは、研究室に行こうとする裕介を妨害すべく途中の廊下で戦闘を挑む。


 もし、ここで裕介が負ければ、研究室参加は延期され、シェリルルートの進行が遅れる。


 プレイヤーはシェリルの好感度が下がることを受け入れなければならない。


 その後も何度かシェリルから勧誘される場面はあるが、その度にルイによって妨害され、負け続けた場合、やがてルート進行に決定的な支障を来たし、シェリルが仲間にならず、シェリルルートから外れることになる。


 また、裕介が首尾よくシェリルの研究室に参加した後も、ルイは様々な手口を使いシェリルの研究室に無理くり入り込み、何かと裕介とシェリルの親交に横槍を入れることになる。


 これが【シェア&マジック】におけるシェリルの勧誘エピソード及びルイの立ち回りである。


 にもかかわらず、シェリルはルイを勧誘した。


(どういうことだ? なぜシェリルは俺を。ここまでのルイの行動で何かがシェリル関連のエピソードを狂わせた?)


「ルイ……」


 椿に話しかけられて、ルイはハッとする。


「ローレンス先輩、どういうつもりなのかな。あの人、ルイと裕介のこと研究室に誘ってたけど……」


「わからない」


 授業終了のチャイムが鳴った。


 お昼休みの時間だった。


「食事しながら話そうか。裕介も」


 ルイは裕介、椿を伴って学園内の食堂へと向かった。




「研究室への勧誘自体は普通の行為よ」


 学園内のカフェテリア兼レストランにて、椿は言った。


 テーブルには3人分の昼食が乗っており、向かいには裕介とルイが座っている。


「けれども、問題はローレンス先輩が裕介とルイを誘ったっていうことよ」


「過激派貴族ってやつだよな」


 裕介が言った。


「平民派と生徒会の権力争いで揉めまくってるんだろ? 生徒会が学園の最高決定機関で、場合によっては内閣も吹っ飛ばすくらいの武闘派集団だから。ブラウン先生に聞いたぜ」


「当然、生徒会の席を貴族有利にしようとしている過激派貴族は平民派に恨まれてる」


「ローレンス先輩はなんで俺と裕介を誘ったのかな?」


 ルイが素朴な疑問を唱えた。


「まあ、やっぱ入学式で砲撃を受け止めたからじゃない?」


「あるいはルイが一つ星シングルだから?」


「ふむ」


 しごく真っ当な見解だ。


 だが、原作ストーリーを知っているルイからすれば、やや疑問が残る。


 入学式でルイがシェリルの魔法を受け切れるかは、ランダムだ。


 普通にしばらく負傷して学校を休むパターンもあるし、無傷でそのまま授業を受けることもある。


 一つ星の魔導士シングル・ウィザードについてもどうだろう?


 原作ではたとえ裕介がルイに負けたとしても、シェリルは裕介を研究室に誘うし、ルイは誘わない。


 一つ星の魔導士シングル・ウィザードの称号がついたくらいで評価が覆るものだろうか?


(もしくは俺とロレッタの関係。フォートレスの魔法シェアを嗅ぎつけられた?)


 ありえない話ではなかった。


 原作でロレッタが出てくる頃にはすでに、2人の間にはかなりの緊張感が漂っている。


 すでにこの時点で情報戦をバチバチやっていたとしても不思議ではない。


「ロッカーにこんなもんが入ってたぜ」


 裕介が研究室への招待状を取り出してテーブルに置いた。


 当然、差出人はシェリル・ローレンスだ。


「ルイ、お前には?」


「俺にも来てた」


 ルイも招待状を取り出してテーブルに置く。


「今日、早速来て欲しいとのことだ」


「ねえ。やめといた方がいいんじゃない? 1・2年対抗戦の前に2人を自分の研究室に誘うなんて。ローレンス先輩、何か企んでる気がするわ」


 椿が言った。


「1年全体で疑心暗鬼を広めるのが目的かも」


「裕介、お前はどうする気だ?」


「どうするも何も。俺は負傷者だぜ。研究室なんて行ってる場合じゃねーよ」


 裕介はまだ痛みの取れない脇腹をさすりながら言った。


「あ、そっか」


 ゲーム内でも授業中の負傷のせいで、放課後の行動が阻害されることがある。


 裕介を練兵場で戦闘不能にしたのは、他でもないルイ本人である。


「ただ、あの先輩、怒らせると怖そうだよなぁ」


「わかった。それじゃ、ローレンス先輩には俺の方から言っとくよ」


 ルイはそう言いながら、食器の乗ったお盆を片付ける。


 裕介の分も。


「ちょっとルイ。もしかして研究室に行くつもりなの?」


「うん。せっかく招待状もらったんだし。裕介が行けないことも伝えなきゃだしね」


 椿は心配そうにする。


「大丈夫。変なことになりそうだったらすぐ帰るよ。そんなに心配しないで」


 どういうわけかは分からないが、シェリルルートのシナリオが改変された。


 シェリルが裕介のついでにルイも誘うことで、ルイが裕介に嫉妬するパートがカットされている。


 となれば、もしかしたら、原作ルイが出現しない状態で……、つまりロックをすべて外したフルパワーの状態でシェリルと対決できるかもしれない。




 放課後、授業を終えたルイは、シェリルの研究室のある研究棟へと足を運んだ。


 研究室の勧誘自体は別に普通の行為だ。


 上級生がこれと見込んだ有望な下級生を勧誘し、自分の研究室内での魔法スキルのシェア・ビルドを期待する。


 現代日本の学校で言えば、部活の勧誘みたいなものだ。


 だが、もちろんここでのシェリルの誘いは罠である。


 対抗戦に備えて、邪魔になりそうな後輩をシメておくのがその目的だ。


 あるいは籠絡すること。


(ここか)


 ルイは研究棟の中でも一際優遇されたスペースにある研究室のドアをノックした。


 出て来た人物に招待状を見せるとすぐに中へと案内される。




 研究室の中は広々としたスペースだった。


 部屋のそこかしこに事務作業をするための机、議論するための席、ステータスをチェックするための鏡が置いてある。


 魔法の試し撃ちをするためのスペースもある。


 部屋の隅には休憩用の喫茶室もあるようだ。


 芳しいお茶の香りが漂ってくる。


「お待ちしておりましたわ。ルイ」


 シェリルが直々に出迎えてくれた。


「お誘いありがとうございます」


「あら? あなた一人? もう一人の天城さんは?」


「彼は負傷したので、本日は来れないとのことです」


「あら、そう。残念だわ。まあ、いいでしょう。あなたが来てくださったのですから。今日はゆっくりしていってくださいね」


「ありがとうございます。ですが、不思議です。なぜ対抗戦を控えたこのタイミングで私をお誘いいただいたのでしょう?」


「もちろん有望な後輩をいち早く自分の研究室に確保するためですわ。ルイ・クルス、私の研究室に入っていただけますね?」


「では、砲撃キャノンの魔法をシェアしていただけるということですか?」


 シェリルの研究室の主題は、砲撃キャノン魔法関連のビルド。


 シェリルの研究室に入る者は、全員砲撃キャノンの魔法をシェアしていた。


 シェリルは一瞬顔を強張らせた後、にこやかな笑みを浮かべる。


「ええ。もちろん。ゆくゆくはシェアさせていただきますわ」


「ゆくゆくは?」


「研究室の慣例として、入ったばかりの新入生に砲撃キャノン系の魔法はシェアしない、ということになっておりますの。あなたの担任の如月先生もおうるさいでしょう? 一年に魔法をシェアすることに関して。だから、私達が魔法をシェアするのは、まずはこの研究室と学園のルールに慣れてから、しかるのちにということでご納得いただけます?」


「ローレンス先輩それはないですよ。僕はリスクを冒してここに来ているんです」


「リスク?」


「裏切り者と思われるリスクです」


「……」


「今日、ここへ来るまでに同じ学年の友人にかなり止められました。罠なんじゃないかと言われてね。ここへ来たことで裏切り者とも思われかねません。ただでさえ対抗戦を控えたこのタイミングだというのに。そして僕とあなたは同じ貴族だ」


 シェリルは『同じ貴族』という言葉に反応するものの聞き捨てておいた。


 内心成り上がり者と由緒正しい自分を同じだと思われたくないのだろう。


 だが、ここでは聞かなかったことにしてくれたようだ。


「こんな状態で研究室に入ろうものなら、内通者だと思われても仕方がありません。少なくとも砲撃キャノンの魔法だけでももらわないと、割に合いませんよ」


「内通者だなんてそんな。穏やかじゃないわね。対抗戦なんてたかが恒例の伝統行事じゃないの。確かに下級生にとっては厳しい試練ではあるけれど、上級生もそこまで大人気ないことはしないわ。学園の一行事にそこまで穿った見方をするだなんて。ちょっと無粋が過ぎるのではないかしら、クルス?」


「本当にそうでしょうか」


「……っていうと?」


「先輩はこの対抗戦に並々ならぬ情熱をかけている。違いますか?」


「どうしてそう思うの?」


「先輩も久しぶりに学園に来て、ご覧になられたでしょう? 平民派が過激派貴族の追放を要求しています。対抗戦をめぐって、バトルフィールド1つ決まっただけでこの大騒ぎ。ただ事ではありません。この対抗戦。単なる伝統行事以上の意味があるのでは? そして、先輩はそれを見据えて何か狙いがあって、この対抗戦に並々ならぬ意欲を燃やしている」


「……」


「先輩が何を見据えてこの対抗戦にそこまで拘っているのかは知りません。ただ、僕にも先輩のお手伝いができるんじゃないかと思っていまして。砲撃キャノンの魔法をシェアしてくださいませんか?」


「……考えておくわ」


 シェリルはそこで話を切って、視線をそらし後ろに向き直った。


「ワイス。ルイに研究室の中を案内してあげて」


「は」


(ふぅ。やれやれ。ゲーム通り、食えない人だな)


 ギリギリの際どい駆け引きをかわされて、ルイはため息をついた。


(やはりそう簡単に砲撃キャノンの魔法はくれないか。だが、これでシェリルの狙いはハッキリした。原作同様、対抗戦に備えて後輩をボコるために呼び出したんだ)


 そして、今のところ原作ルイは出てこない。


(上手く運べば、砲撃キャノンをシェアする方向に持ち込める)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る