第18話 生徒会の歴史

 裕介と椿が廊下を歩いてると、デモをしている上級生に出会した。


「過激派貴族はんたーい!」


「生徒会を平民の手に!」


「また、デモか」


 裕介が物珍しそうに彼らのことを見ながら言った。


「ローレンス先輩が復学してからずっとこの調子だな」


「生徒会は権力闘争が激しいからね」


 椿がそれに応えて言う。


「俺ら1年そっちのけで先輩達でバチバチやり合ってるのはどうなんだよ」


「例年、1・2年対抗戦で優秀な成績をあげた人は次期生徒会での発言力が増す傾向にあるの。だから、みんな必死で争ってる。特にローレンス先輩が生徒会に在籍してからは対立が激化して、幾つもの派閥に分かれてるらしいよ」


「派閥っていうと……例の先輩達が言ってる過激派貴族ってやつ?」


「うん。そう。過激派貴族と平民派の争い。それに加えて穏健派貴族っていうのもいるらしくって、これはハウ家のロレッタ先輩が隠然たる影響力を保持してて……」


「なぁ。そもそもその生徒会ってなんなの? なんでそんな貴族やら平民やらの権力闘争の場になってんの? たかが学校の選挙で選ばれただけの連中だろ? なんでそれが学校内の最高決定機関になってんの。先生達ですら逆らえず従ってるみたいだし……」


「それは……」


「ふむ。天城君。君は確か国外からの留学生だったかな?」


 2人のすぐそばを歩いていたブラウンが聞いてきた。


「ええ。そうです」


「それなら話しておいた方がいいだろうな。この国における生徒会の立ち位置を」


「?」


 祐介は放課後、教室に残ってブラウンの話を聞くことになった。




「この学園がテロリストを撃退した実績があるという話はすでにしたよね?」


「ええ。100回以上襲撃されてるんですよね」


「そう。そして、その撃退のほとんど全てに生徒会が関与している」


「ええっ。マジっすか?」


「そう。この学園のテロリスト襲撃の歴史は1回目から大規模なものだった。反政府組織の構成員100名以上が学園に大挙して押し寄せてきた。当時から学園には貴族階級の生徒が大勢いたから、彼らを誘拐して人質に取り、政府と交渉しようという算段だったのだろう。だが、その試みは見事に裏目に出た。当時の生徒会のメンバーだった者達がわずか10名で彼らをフルボッコにしたんだ」


 ブラウンはカップに入ったコーヒーに目を落としながら淡々と話す。


 その勇壮な内容に反してブラウンの表情は複雑そうだった。


「100名以上の武装構成員が数名の子供達になす術もなく撃退された。当時まだ黎明期でその効用に疑問符が付けられていた魔法の威力を証明する衝撃的な事件だったよ。だが、この華々しい生徒会の活躍に懸念を示す者がいた。時の内閣だよ」


 ブラウンは哀愁と懐かしさの入り混じった表情になる。


 ありし日に思いを馳せているようだ。


「時の内閣は国民に対しこう問いかけた。『まだ未成年の子供にこんな危険な戦闘技術を教えてもいいのか? こんな学園は閉鎖するべきだ』。極めて常識的な見解だ。だが、この声明に生徒会はブチギレた。国会を襲撃・占拠して学園閉鎖の宣言撤回を要求する」


「えええ。もう生徒会の方がテロリストじゃないっすか」


「はは。ミイラ取りがミイラになるとはこのことだね。テロリストと戦っているうちに自分達がテロリストになってしまった」


(笑えねぇ)


「時の内閣総理大臣はこれをもって『国家の危機』と訴えた。自身の政治生命をかけて学園閉鎖にまつわる国民投票を行なった。一方で、生徒会はテロとの戦闘継続を訴える。国民に対して、生徒会による学園の自治と予算の増額を要求した。そうして、投票が行われたわけだが、結果は生徒会の圧勝だったよ。国民も面白がって生徒会の要求を受け入れたんだ」


(国民頭おかしいだろ……)


「時の内閣は責任を取って総辞職した(のちに彼らは反政府組織に合流。テロリストとなる)。元々、行政にあった対テロ組織は、すべて生徒会の下部組織となった。しかも、あいつらッ。ドサクサに紛れて生徒会を学園の最高決定機関にしやがった」


 温厚なブラウンが珍しく感情を露わにした。


「なんで生徒会の方が職員室よりも上なんだよ。こんなもの、もはや学校でもなんでもないだろっ」


(先生、キレるとこそこかよ……)


「すまない。ちょっと感情的になってしまったね」


「いえ」


「とにかく、それ以来、生徒会はテロとの戦いを続けている。生徒会は強くなりすぎた。学校に、いや国家に対しても多大な影響力を持つ存在になってしまった。我々教師ですら、オブザーバー(議決権や発言権はないが参加だけはできる立会人)としてしか生徒会会議に参加できないのが実情だ。学園の運営に当たっては、すべて生徒会の意思が反映される。我々教師陣でも彼らを止めることはできない。そしてそこで最近、問題になっているのが、生徒会における権力闘争だ」


「例の過激派とか平民派とかいうやつですか?」


「そうだ。元々、貴族階級と平民階級でピリピリしているのが我が国だが、そこにきて生徒会の階級差配分問題がある。生徒会が最高決定機関となった当時、貴族と平民の議決権は5対5で同じくらいだったのだが、そこから徐々に貴族階級の占める席が多くなってきた。魔法の実態がいまいち分からなかった頃は、階級に関係なく貴族でも平民でも魔法をマスターする者が多数出たが、徐々に魔法の仕組みが解明されるに従って、教育方法が発展して、高い金で魔法教育を専門的に行える貴族階級の方が有利になっていった。それならさらに貴族階級で占めればいいじゃないかというのが過激派貴族だ。彼らは学園の戦闘力をさらに向上させるために、学園の在籍基準を大幅に上げ、事実上、平民階級の締め出しを画策している」


「それでローレンス先輩のあの入学式での砲撃ですか」


「うむ。彼女は過激派貴族の急先鋒とも言える存在だ。貴族派の中でも彼女はやり過ぎだと主張する者も少なくない。私としてもこれ以上生徒会に力を与えるべきではないと思っている。彼女の暴走をどうにか止めたい」




 シェリルがその日の活動を終えて寮に戻ると、向こうから見知った人物がやってくるのが見えた。


「あら、ロレッタ・ハウ。こんばんわ」


「やあ。シェリル。停学おつかれさん。久しぶりの学校はどう?」


「驚きましたわ。まさか、生徒会が1・2年対抗戦のバトルフィールドを峡谷にするだなんて。あなたもあんなに反対されていたのに」


「……」


「いったいどういう風の吹き回しかしら?」


「別に。特に反対が出なかったから案が通った。それだけじゃないの?」


(しらばっくれやがって)


 シェリルは内心で敵愾心を燃やした。


(あなたが裏で操ってたのはわかっているんだから。おおよそ私が嫌われるように仕向けようってところでしょう?)


「ロレッタ。あなたは会議を欠席されたそうですね。いったいどうしてかしら? いつも欠かさず生徒会に出席するあなたが」


「ちょっと気分が優れなくてね。休ませてもらったよ」


「休むだなんて。ひどいじゃないですか。おかげ様で大変ですよ私は。今日の学校の様子見ました? まるで私が悪者みたいじゃないですか」


「そりゃ入学式であれだけのことやればね」


「その罰はすでに受けたはずでしょう? どうして私が出席していない会議のせいで私が悪者にならなければならないんです?」


「日頃の行いってやつじゃないの? まあ、あんまり気にしないことさ。大衆の気分なんてコロコロ変わるものだよ。実際、砲撃キャノンの魔法を配布して、もうすでに人気者なんだろ?」


(あんたのせいで配布せざるを得なくなったんでしょうが)


 シェリルははらわたが煮え繰り返る思いだった。


 門外不出の魔法、砲撃キャノンをこんな形でシェアしてしまうことになるとは。


 予定外の出費である。


 ロレッタおよび穏健派の人間に煮湯を飲まされたのはこれが初めてのことではない。


 いつもいつも慎重論で何かと過激派のいうことに反対してくる。


 しかも表立って争おうとはせずに裏から手を回して、引っ掛けるような手口で邪魔してくるのだ。


(まあ、いいわ)


 シェリルは考え直す。


 予定外の出費ではあるものの、結果的に自分の勢力を伸ばすことにも繋がった。


 砲撃キャノンの配布希望者は今日だけで50人を超えた。


 これだけの人数に砲撃キャノンを配ることができれば、対抗戦では1年を叩き潰すことができるだろう。


 さらに言えば、砲撃キャノンを扱うのは自分が一番上手いのだから、対抗戦においても主導的な役割を担うことができるはずだ。


 例年、対抗戦において一番の戦果をあげた人間が次期生徒会において強い発言権を得ることができる。


 そうなれば、過激派の議席を伸ばすことにつながる。


 ゆくゆくはロレッタおよび穏健派を排除することも可能だろう。


「ロレッタ。1・2年対抗戦では、私が1番の戦果をもらいます。その後に控える生徒会会議では、当然、私達の考える学校運営案を通させていただきます。穏健派であるあなたからすればさぞお辛いかとは思いますが、今度は体調不良で休んだりしないでくださいね? では」


「待ちなよ」


 立ち去ろうとするシェリルをロレッタは呼び止めた。


「何か?」


「もう対抗戦に勝ったつもりでいるようだけれど、果たして本当に1年に勝てるかな?」


「あら。あなたともあろう方がそんなことを言うだなんて。自信がないのですか?」


「ああ。ないね。何せ1年には僕の魔法フォートレスを使う子がいるんだから」


「はぁ?」


 シェリルは思わず素が出てしまった。


「どうしてあなたが1年の味方をしているんです?」


「別に1年の味方をしたわけじゃないよ。シェアして欲しいって言う子がいたからしてあげただけさ」


「いったい誰が?」


「ルイ・クルスだよ」


 シェリルはキョトンとした後、吹き出す。


「ぷっ。あなたああいう子がタイプなの? 意外な趣味をお持ちね」


「彼が反則負けするちょっと抜けた子だっていうのは知ってるよ。ただ、それだけに何をするかわかったもんじゃない。君の砲撃キャノンと相性の悪いフォートレスの魔法をどういう風に使うかもね」


「……何を企んでるの?」


「さあ。まあ、せいぜい頑張ってくれたまえ。僕はどっちも応援しているよ。それじゃ」


 ロレッタは手をひらひらさせながらロビーを立ち去っていく。


(女狐が。またくだらない策を弄する気ね)


 シェリルは拳を握りしめた。


(ルイ・クルス……)

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