第17話 バトルフィールド
シェリルは自宅で軟禁されながら、優雅な時を過ごしていた。
屋敷のテラスに備え付けられた白いテーブルで紅茶を啜りながら、傍らの使用人の報告を受ける。
ここ数日の彼女の興味は、入学式で自分の砲撃を受けながら立っていられた2人、祐介とルイのことだった。
「天城祐介とルイ・クルス。あの2人はいかがお過ごしなのかしら。元気にしているのでしょうか?」
「は。その件についてですが、先日、この2人が校内で魔法の模擬戦を行ったようです」
「ふうん。それで? どちらが勝ちましたの?」
「天城祐介です」
「あら。そうなの?」
シェリルは意外そうにした。
「
「戦闘自体は終始クルスが優勢だったのですが、反則負けしたようです。スキルを3つ以内に収めなければならないところを5つ以上使ってしまったようで」
「ふふっ。何それ? ルールも分からない子なの?」
(ルイ・クルス。やはり入学式でのあれはマグレのようね。今度は私の最強魔法で跡形もなく消し去ってあげるわ)
シェリルは自らの手首にかかった手錠を撫でる。
魔法を使用できないようにする手錠。
停学が切れて、この手錠が外されるまで後少しだった。
ロレッタは寮の片隅で書類のページをめくっていた。
記載されているのはルイ及びその親族のプロフィール。
彼女が部下に指示して集めさせたものだ。
「何見てるのロレッタ?」
同じクラスのリコが覗き込んでくる。
「ん」
ロレッタはリコに書類を渡して見せる。
「んー? なになに。ルイ・クルスに関する調査。あ、ルイ君! ルイ君ってあのうちのクラスに来た子だよね?」
リコはちょっと色めきながら言った。
「そ、例のちょっと残念な子だよ」
「わざわざロレッタに会いに2年の校舎まで来るなんて。ロレッタもすみに置けないなー。いつの間にあんな年下の子を引っ掛けてたのー?」
「そんなんじゃないよ。……と、言いたいところだけど。今回ばかりはリコの言うことも当たらずとも遠からずかもね」
「え? そうなの?」
「ルイの家族に関するところ。見てみ」
「えーっと、ルイ・クルスの父親、ゼノン・クルスは一代で財を成した敏腕商人。爵位目当てで貴族の娘エレノアと結婚する。ありゃ。ルイ君って成り上がりの家系なんだ」
「そ。どうして僕のところにわざわざ来たのかと思っていたけれど、これでようやくわかったね」
「……というと?」
「おそらく父親の指示さ。ルイの父親ゼノンは、上流階級の仲間入りしようと躍起になっているらしい。僕に声をかけてきたのもその一環ってことさ」
「なーんだ。そういうことだったんだ」
「てっきりダーク・プールのこと嗅ぎつけられたのかと思ったけど、単に僕の爵位目当てで近づいて来たってわけさ。あわよくば結婚できると思って」
「ルイ君、いい子だと思ってたのに。ちょっとがっかりだなー。あ、でもでも。
「どうだか。神殿が
「影魔法っていうのがネックだよね。滅多に発現しない系統の魔法だし。実力かどうか見極めにくい……」
「官位を買ったのか、それともたまたま
放課後、ルイは椿と魔法の練習をしていた。
椿は
「はあっ」
巻藁は見事一刀両断された。
(よしっ)
しかし、そこで急激に眩暈を催して、
(やばっ。落ちる)
ルイがすんでのところで実体化した影を展開し、受け止める。
「大丈夫?」
「うん。ありがと」
椿はゆっくりと降りていく影に抱かれながら、地面へと戻っていく。
大地に足をつけても、椿は頭がクラクラするのを感じた。
(ダメだ。魔力切れだ)
「魔力切れ?」
「うん。そうみたい。難しいな、影魔法。なかなか連動ビルドできなくて」
山賊達と戦った時同様、椿は影魔法と雷魔法の連続発動がうまくいかずに手こずっていた。
2種類以上の魔法を連続で発動するには、通常よりも魔力を要する。
だが、連動型ビルドを行えば、魔力を節約しながら連続発動することも可能になる。
そうなれば、ルイの今生の目的の1つ。
影魔法と各ヒロインの魔法とのシェアも夢ではなかった。
これらの敵は火力でも対応可能だが、ダメージを与えられるかどうかは命中率によってどうしても左右される。
そこを
(一気に戦闘の幅が広がるな)
ルイは自分も
山賊達を召し取った後、すぐに椿は
基本的に【シェア&マジック】のキャラクターは好感度が高ければ、すぐにビルドした魔法をシェアしてくれる。
(それはそうとして……)
あの山賊襲来イベント。
本来のシナリオでは祐介が椿を助けるはずだ。
それなのに祐介はそばにいず、ルイが先に駆けつけた。
(どういうことだ? 椿の俺に対する好感度が上がったから、祐介の担うはずだったイベントを俺が担うことになった?)
だとしたら、喜ぶべきかもしれない。
今後、椿関連でルイの死亡フラグが立つことはないだろう。
ルイは椿の方をかえりみた。
椿はシャツの胸元をパタパタしながら汗を拭っている。
「椿、休んでなよ。しばらく1人で練習しとくからさ」
「うん。ありがと」
椿はルイが
(やっぱり凄いなー。魔力の量が根本的に違うんだ)
その一方で、ルイには奇妙なところがある。
まるで人格が変わったかのように時折不安定になるのだ。
以前、ルイから
「えっ? 家で何かあったの?」
きっとあのお父さんのことだ。
そう思って椿は聞いてみたが、ルイは決して多くを語らなかった。
(ルイが時々、情緒不安定になるのはきっとあの家とお父さんのせいだ。ルイのことをわかってあげられるのは私だけなんだから。私が支えてあげなきゃ)
椿は改めてそう思うのであった。
翌日、シェリルの停学が切れた。
登校してきた彼女の手錠は解かれ、彼女は自由に魔法を使えるようになる。
それと同時に生徒会会議が行われた。
千草は生徒会会議のオブザーバー席に座りながら今日は荒れるだろうな、と予想していた。
(何せ今日の議題は1・2年対抗戦のバトルフィールド選定)
1・2年対抗戦はただの学校行事ではなかった。
学園内の勢力図を決める政治闘争の場でもある。
毎年、この1・2年対抗戦で活躍した生徒および集団は、学内権力闘争の主導権を握ることになるのだ。
(さて、今年はどうなるか)
ところが、千草の予想に反して会議は荒れることもなく議題はあっさり通っていった。
会議は早々に解散して、教員と生徒達は各クラスへと帰る。
「生徒会会議の結果、今年の1・2年対抗戦のバトルフィールドが決まった」
教室に戻った千草は生徒達を前にして告げる。
「今年のバトルフィールドは……峡谷だ」
「「「「「!!!!!」」」」」
「峡谷って……」
「峡谷は
隣席の女子からの説明を促す呟きにルイが答えて言った。
「つまり……シェリル・ローレンスに有利になる」
これには1年だけでなく2年からも抗議の声が出た。
「ふざけんなー」
「これはローレンス家の陰謀だぁー」
「過激派貴族反対! 学園から出ていけー」
「1年が可哀想だろー!」
「生徒会は何やってんだー」
だが、これは実際にはロレッタの謀略だった。
(露骨に過激派貴族に有利な決定を通せば、陰謀論が出てくる。そうすれば、結果がどうあれ過激派貴族を追い落とす契機になる)
「まあ、せいぜい嫌われてくれたまえよ。シェリル・ローレンス」
ロレッタはさまざまなチャンネルを通して、過激派貴族による陰謀論を吹聴するのであった。
2年の一部が授業をボイコットしたのを受けて、シェリル・ローレンスは緊急集会を開き会見を行った。
「皆様、お騒がせしております。シェリル・ローレンスです。先日、1・2年対抗戦のバトル・フィールドが発表されました。峡谷のバトル・フィールド。言わずと知れた
この会見を受けて学園はさらに荒れた。
「そうじゃねーだろ!」
「あの凶暴な魔法ばら撒いてどうすんだぁぁァァァ」
「さらに1年が不利になるじゃねーか!」
しかし、
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