第16話 ルイの法則

 教室移動のため廊下に出たルイは、ポニーテールを揺らしながら歩いている女子生徒の後ろ姿に出くわした。


(あ、椿だ)


 この風景は見たことがある。


 椿の嫌悪感増幅イベントの前触れだ。


 廊下を歩いている椿にいきなりルイが影魔法でセクハラ紛いの攻撃をするイベント。


 椿の嫌悪感がかなり増加してしまい、場合によってはルイは死ぬ。


(ふっ。だが、廊下に出る前にスキルを全ロックしている俺に隙はなかった)


 そう思って、油断するルイだったが、突然、体のコントロールが効かなくなる。


 しかも、新たなスキルコードが発行されて、影魔法、束縛バインドがビルドされる。


(なにぃ!?)


 ルイは新たに発行された、ロックされていないスキル束縛バインドを椿に向けてはなった。


 実体化した影のつたが、椿の健康的な太ももに絡みつく。


「きゃっ」


 椿は悲鳴を上げ、身を竦ませたかと思うと、振り返って自分を攻撃したと思しき人物をキッと睨みつけた。


 だが、それがルイだとわかると、すぐに態度を和らげる。


「あ、なんだ。ルイか」


 椿は頬を染めて体をもじもじさせる。


「急にどうしたの? びっくりしたじゃない」


「フハハハハハ。将来の結婚相手を先に味見しようと思ってな」


(おいい。何勝手なこと言ってんだ)


「えっ? 将来の結婚相手?」


 椿はさらに頬を染めて、悩ましげに視線を外したかと思うと、急に真剣な顔つきになる。


「ルイはまだ私と結婚したいってことでいいのかな? でも、お父様とのことはどうするの?」


「その程度のこと父上の力でどうとでもなるわ」


「?」


(何、支離滅裂な会話してんだ)


 ちなみにこのシーン、原作では椿を攻撃した後、「な、何すんのよ」「フハハハハハ。将来の結婚相手を先に味見しようと思ってな」「はぁ? あんたまだ私と結婚できると思ってるの?」「その程度のこと。父上の力でどうとでもなるわ」「ふざけないで。私はあなたとなんか絶対結婚しないから」となる。その後、バトルスタートか問答無用で斬首。


 椿はルイの不可解な返答に困惑しながらも話を進めた。


「お父様のことはどうにかなる、ってことでいいのかな? それじゃあ、御門家の方だけど……」


(オメーもなんか俺がおかしいことに気づけや!)


 その後、体の自由を取り戻したルイは、どうにかその場を取り繕う。


 やがて、授業のチャイムが鳴ったことで2人は別々の教室へと向かった。




 昼休み、ルイは食堂で1人考えていた。


 これまで起きたことと、ゲームシナリオ、そしてその2つの齟齬。


 事あるごとに出てくるルイの人格、一方でゲームシナリオとは異なるヒロインの言動。


 これらを総合すると、以下の仮説が成り立つのではないだろうか?


 1、ゲーム内に登場するルイ関連のイベントやセリフを避けることはできない。必ず原作ルイが出てきてゲームシナリオと同じセリフをしゃべり、同じ行動をとる。


 2、イベント外の時間は自由に行動できる。スキルをビルドしたり、布石を打っておくことができる。


 3、ゲームシステムを逆用した好感度操作、ルート回避は可能。


 4、ヒロインの好感度を上げておくと、ゲームシナリオにはない言動を取ることがある。


 これらの仮説が正しいとすれば、取るべき指針は1つ。


 ヒロインのルイへの好感度を上げて(嫌悪感を下げて)、死亡ルートを回避する。


 そのためにもイベント外の自由時間を使って、ヒロインとの魔法シェアリングをこれまで通り進める。


 そうすれば死亡ルートを回避しつつ、ルイの強化にも繋がって、裕介にも勝てるはずだ。


 そんなことを考えながら、なんともなしに窓の外を見ると、椿が複数の男達に詰め寄られていた。


 椿を誘拐した山賊達である。


(ファッ!?)




「ククク。見つけたぜぇ。お嬢様」


「あなた達、私を誘拐した……。なんでこの学園にいるのよ」


「そりゃ決まってるだろ。この学園に通ってるからだよ」


「あんたら学生だったの!? ウッソでしょ?」


「俺達と一緒に来てもらおうか」


「今度はいったい誰の手引きで私を誘拐する気よ」


「クルスのお坊っちゃまさ」


(おいい。名誉毀損やぞ)


 2階の窓から聞いていたルイは、思わず心の中で突っ込んだ。


 山賊の残党が再度襲来するイベントは原作にもあるものだった。


 ただ、まさか彼らが学園内にまで入ってくるとは。


(あいつら、一体どこから学園の制服を入手したんだ)


 ルイが椿を助けてしまったことで、シナリオが変わったのかもしれない。


 ルイは椿を助けるべく食堂から飛び出した。




「そんなウソよ。ルイがそんなことするはずない!」


「どっちにしろお前はもう逃げられないぜ」


「すでにお前は俺達の術中に嵌っているからな」


「!?」


 椿は足元が沈んでいくのを感じた。


 固かった地面がぬかるみになっている。


(しまった。トラップ魔法)


 トラップ魔法。


 これが椿の最大の弱点だった。


 どれだけ先攻ファーストの魔法で先に攻撃できたとしても、あらかじめ仕掛けられたトラップに嵌められて動きが取れない状態では、どうしようもない。


 遠距離攻撃が苦手な椿にとって、足元を縛られるのは致命的だった。


 山賊達がいやらしい笑みを浮かべながら手を伸ばしてくる。


 椿は刀を構えることでどうにか牽制する。


「観念しな。お嬢ちゃん」


「刀を納めなきゃ遠距離魔法で痛い目を見るぜ」


(こんな奴らにっ!)


 足を取られたこの状況で椿の影魔法に対する感覚が鋭敏になる。


 影魔法、影踏ステップが新たにビルドされる。


「思い通りにさせてたまるもんですか!」


 影踏ステップ具現マテリアルから派生した影魔法の発展スキルである。


 実体化した影を足下に凝縮することで、その上を歩くことができる。


 足場のない場所を歩くことができるので、本来は水の上を歩いたり、少し高い場所へ乗り移るためのスキルだが、泥濘ぬかるみの上を歩くのにも十分使える。


 椿は泥濘に沈んだ靴を脱ぎ捨てると、影踏ステップで一気に距離を詰めた。


 実体化した影の上を歩く椿は泥濘に嵌まることはない。


「やああああっ」


 椿は山賊の一人に斬りかかった。


 血飛沫が辺りに散る。


「なっ。バカな」


「どうして泥濘の上をっ」


「冗談じゃねぇ。こんなの聞いてねぇぞ」


「逃げろっ」


 狼狽える山賊達にさらに刀を振るおうとするも、膝からがくりと崩れてしまう。


(うそ。魔力切れ?)


 山賊達は椿が床に手をついているうちに逃げ出した(彼らは特殊な長靴ブーツを履いているため、泥濘の中でも動ける)。


 しかし、彼らの足下に長く濃い影が這い寄ってきた。


 そして彼らの体力をことごとく奪ってしまう。


「あっああ」


「クルスの……坊ちゃん」


「いい度胸だな。お前ら。再び僕の前に現れて約束を破るなんて」


「ルイ。来てくれたの?」


「椿、大丈夫か」


 山賊達の魔力が切れて、椿が解放される。


 ルイは山賊達を実体化した影で縛り上げた上で、椿を助け起こす。


 そうして、椿からの好感度が下がっていないことにホッとするのであった。


 山賊達は全員、学校の警備に突き出される。

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