第14話 試合
「何をしている貴様ら。遅刻だぞ」
千草が鋭い声で遅れてきた祐介と椿を一喝する。
「すみませんっ」
「いったいどうやったらここまで遅れるんだ」
「いやー。変なやつに絡まれちゃって」
「あんたがいちいち喧嘩を買うからでしょーが」
「で、校舎裏みたいなところに連れ込まれて迷っちゃいました」
「まったく何をやっているんだか」
千草は呆れたように額に手を当てる。
「まあ、いい。今回は初回ということで見逃してやろう。次はないぞ」
「へーい」
「だらしない返事しないの」
そうしてだらけた態度をする裕介だったが、嫌な印象を受けるものはいなかった。
祐介にはちょっとだらしなくても許されるような愛想の良さがあった。
練兵場にいる生徒達も2人の幼馴染漫才を生暖かい目で見守る。
だが、ルイはそんな雰囲気に和んでいる余裕はなかった。
(……体が思うように動かない)
それだけではない。
貧乏ゆすり。
心拍数の上昇。
震えが止まらなかった。
何よりも心の中で渦巻くどうしようもなくドス黒いもの。
そして衝動性。
今にも動き出さなければ気がすまない。
このような身体的・感情的反応はルイの知らないものだった。
(まさか、この感覚。原作のルイが表に出ている?
ルイは前世の記憶を遡って【シェア&マジック】のシナリオを思い返した。
うろ覚えだが、確か初めての練兵場訓練でルイが祐介に噛み付く場面があった気がする。
祐介が防御魔法に関しても千草に認められ、その様に触発されたルイが祐介に対決を挑むのだ。
ここでの対決でルイが死ぬようなことはまずない。
だが、体力の削られた状態で稀に起こるクリティカルヒットを食らった場合、死ぬことがあるとどこかの情報サイトで見たことがある。
(うっかり忘れていたな。ここで死ぬ可能性もあったか。これだけスキルを強化した状態ならそうそう死ぬことはないと思うが……)
転生ルイは自由の効かなくなった体で一心に祐介を見つめながら歯痒さを感じる。
(頼むから無茶はするなよルイ)
「では、早速、実践形式の訓練をするぞ。今回は防御魔法の訓練を行う。……そうだな。天城!」
「うっす」
「私の魔法を防御してみろ」
「属性は?」
「なんでも構わん」
「ラジャ」
祐介は先ほどまでのだらけムードから打って変わってシャキッとし、やる気の漲る顔になった。
原作同様、実践訓練は大好きなようだ。
「
千草が呪文を唱えると、指先から雷の槍がゆっくりと形成される。
祐介はすかさず、千草の魔法の威力、属性を見極めて防御魔法を展開する。
「
祐介のかざした手の先に水の塊が浮かぶ。
千草の指先から雷槍が放たれた。
雷の槍と水の塊はぶつかり合い、せめぎ合う。
雷槍は水塊の前に減衰しながらも水の内部を貫いていく。
が、もう少しで突き抜けそうになるところで消滅する。
雷の槍と水の塊はほとんど同時に消滅した。
それは祐介が最低限の魔力で攻撃を受け切った証拠でもある。
「うむ。よろしい」
(初見の雷槍を臆することなく見切った。単に魔力が多いだけでなく、戦闘センスもずば抜けているな)
見ていた生徒達も感嘆する。
「わー。さすが天城君」
「先生の魔法を相殺したぜ」
「完璧に見切ったってことだよな」
「オホン。今、天城が見せてくれたことでわかったな? このように防御魔法は相手の攻撃を見切るのと、その上で最低限の魔力で受け切れるよう節約することが肝要で……」
「ワハハハハ。なんすか。そのショボい魔法は」
三角座りの集団からルイが飛び出してきて言った。
「その程度の魔法、誰にでもできますよ」
千草は苦々しげにルイのことを見る。
「クルス。またお前か」
「先生。俺に天城と試合やらせてくださいよ。どっちが上かはっきりさせた方がいいでしょ」
「何をバカな……」
「いや、先生。俺もそれいい案だと思うぜ」
「天城。お前まで何を」
「どうせこの後、生徒同士で試合やるんだろ? なら、遅かれ早かれ同じじゃん」
祐介はそう言いながらルイの方を顧りみる。
「クルスだっけ? 確かシェリル先輩の砲撃を受けても立ってた奴だよな? なら、多少荒っぽい攻撃でも問題ないよな?」
「フハハ。お前如きの攻撃。どれだけ受けたところで大したことではないわ」
「おもしれーじゃん。その自信どの程度のもんか見せてもらうぜ」
千草はなおも止めようとするが、ふと思い止まる。
入学試験では問題児だったルイ・クルス。
それがほんの数ヶ月で
正直なところ、戦闘においてどの程度の実力があるのか気になっていたところではある。
それに祐介の言う通り、どの道この後、生徒同士で組ませて魔法の撃ち合いをさせるのだ。
千草の視点が分散されるその時になって変なことをされるより、集中して見れるこのタイミングで祐介と試合をさせてみるのもいいかもしれない。
(確かに好都合かもしれんな)
「いいだろう。ただし、これはあくまで授業の一環として行う訓練だぞ。行き過ぎた魔法の行使が見られた場合、即刻介入して中断させてもらう」
「へーい」
「フハハ。それでいいですよ」
「よし。では、対抗戦を意識したルールで試合をしてもらう。使えるスキルは3つまでだ。配置につけ」
「何々? 天城とクルスで試合?」
「これは面白くなってきたな」
同じ1年の生徒達も2人の試合に興味津々だった。
そしてそれは上級生も同じ。
「ねえ。ロレッタ。1年が試合するみたいだよ」
「……」
友人と一緒に外を歩いていたロレッタも2人が試合をすると聞いて足を止める(アーシェンウッドの授業の中には試験さえ通れば別に出席しなくてもいい授業が結構あり、ロレッタも友人と一緒に今日の授業を欠席していた)。
(クルスと天城。見ておくか)
椿の周りの女子はにわかに色めき立つ。
「クルスって例のクルス家の御曹司だよね」
「
「椿はあの人と縁談したんだっけ?」
「彼について詳しいの?」
「なっ。し、知らないわよ。あんな奴」
椿は顔を赤らめながらそっぽを向いた。
しかし、そう言いつつもチラチラとルイの方を見て、自分の言葉に対する反応を伺う。
ルイと祐介は所定の位置についた。
魔法の撃ち合いに対応できる距離だ。
防御魔法を展開するのに最適な距離とされている。
「では、試合を開始するぞ」
千草はコインを宙に向かって放り投げる。
コインは上空3メートルほどまで上がった後、ゆっくりと落下した。
地面に落ちる。
祐介は一瞬時間が止まったように感じた。
(うっ。なんだ? 動けない?)
先手を取ったのはルイの方だった。
影が凄まじい速さで膨張する。
そしてその影は細く伸びたかと思うと、影は地面から離れ実体を持ち始めて、黒い
(速い!)
祐介は魔法の発動中止を余儀なくされた。
かわそうとするも、黒い蔓は足にまとわりつく。
(何ぃ!?)
(よし。いいぞ。よくやった)
転生ルイは自由に体を動かせないながらも原作ルイの攻撃に賛辞を送った。
このように互角の態勢から始めれば、確実に先手を取れるスキル
影に実体を持たせるスキル
この2つを組み合わせて、一瞬で祐介の足を絡め取った。
(そのまま
祐介は不測の事態にまごついている。
(
「フハハハハ。どうした平民。俺の影の速さについて来れないか?」
が、ルイはイキリ始める。
(おいい。何無駄口叩いてんだ。さっさと勝負決めろや)
祐介は剣で影の蔓を切り裂き、どうにか難を逃れた。
千草も驚きに目を見開いていた。
(速いだけじゃない。増幅、操作のパラメーターも高い。さらに
祐介はルイから距離を取り、剣を下段に構える。
「すげぇな。予想以上だぜ」
「ふん。平民がっ」
ルイの影が再び実体化して祐介の方に伸びる。
祐介はまた反応が遅れた。
(くっ、まただ。この一瞬反応が遅れてしまうような感覚。どうしても後手に回ってしまう)
実体化した黒い蔓が祐介を絡め取ろうとする。
「このっ」
祐介は剣で捌きながら、蔓をかわす。
そしてどうにか捌き切ったところで魔法を放つ。
「
風のように速い炎がルイに向かって放たれた。
しかし、影の壁を作られ攻撃は無力化される。
(くっ、ダメか)
「さあ、どうした平民。お前の攻撃はこの程度か?」
(こうなったら一か八か)
影が再び伸びてくる。
その瞬間、祐介は後手に回りながらも前に踏み込んだ。
黒い蔓を紙一重でかわし、一気にルイの懐まで潜り込む。
「もらったぁ!」
(
祐介の斬撃がルイの胴を捉える。
しかし、手応えはなくルイの姿は歪んだ。
(何っ?)
「ふっ、残像だ」
背後からの声に祐介は振り返りざま斬撃を繰り出す。
しかし、そこには残像すらなく剣は空を切るばかりだった。
「くくく。ここだよ」
ルイは祐介の影に潜り込んでいた。
祐介の影からルイの生首がのぞく。
「こんのっ」
祐介は自分の影を斬るが、やはり残像しか斬れない。
ルイはまたもや祐介の背後にいた。
「ふはははは。どうだ。これが魔法シェアリングの力だ。レベル上げ代行により加速度的にレベルを上げることができる! 自分の不得意属性でも高度に使いこなすことができる!」
今の祐介にこれを打ち破る魔法はない。
「これが……魔法シェアリング」
(先手を取られているだけじゃない。動きを読まれている?)
「すげぇ。こんなに多彩な魔法を使えるなんて。スゲェよルイ」
転生ルイは頭を抱えていた。
(おいい。俺が打ってきた布石をなに
プレイヤーに設定を説明するとともに、舐めプした挙句、主人公の成長の踏み台となる。
お手本のような噛ませ悪役ムーブである。
「くくく。それじゃあそろそろ本気で……」
「お前の負けだ。馬鹿者」
千草がルイの頭を叩く。
「いって。は? なんで!?」
「なんでも何もない。使っていいスキルは3つまでと最初に言っただろうが。ゆうに5つは使ってるだろ、お前」
確かにルイは5つ以上スキルを使っていた。
「お前の反則負けだ」
「ちょっ、なんすかそれ。今からルール変えてくださいよ」
「……何バカなことを言ってるんだお前は」
「あちゃー。ルイ君、反則負けしちゃったねー」
ロレッタと一緒に試合を見ていた女生徒は残念そうに言った。
「もう少し見たかったなー」
ロレッタは何か紙に書いたかと思うとその女生徒に手渡した。
「リコ。これを彼のロッカーに入れておいて」
「?」
「はっきりしたよ。あいつはただのバカだ。頭いいふりしてるだけの」
(一瞬、ダーク・プールを嗅ぎつけられたんじゃないかと思って焦ったけど、思い違いだったみたいだね)
「僕は自分の思い通りになるものが好きなんだ。それには自分よりバカな人間の方がいい」
(あの程度の奴ならどうとでも操れる。邪魔になれば消せばいい)
「どうせ大して使えないだろうけど、駒は多いに越したことはない」
「天城君、おつかれー」
「かっこよかったよー」
「おう。なんかちょっと不完全燃焼だけどな」
女子達が試合を終えた祐介を労っている。
椿はスッと祐介を中心とした輪から外れてルイに近づいていった。
ルイは体のコントロールを取り戻していた。
一人で水筒の水を飲んでため息をつく。
原作ルイが考えなしに魔法を使いまくったせいでどっと疲れが押し寄せていた。
(やれやれ。骨折り損のくたびれ儲けだよ。まったく)
「ちょっといいかな?」
「うおっ」
椿が強張った顔で話しかけてくる。
まさか椿が話しかけてくるとは思っていなかったルイは面食らう。
確かここでルイを倒した祐介への好感度が上がり、イベントが発動するはずだったが……。
「試合おつかれ。惜しかったね」
「う、うん。ありがとう」
(反則負けに惜しいも何もないと思うけど……)
「接近戦が苦手なのかな?」
「あー、そうだね。あんまり想定していなかったかも」
「そっか」
椿は少し俯いて思い悩む仕草をした後、改めてルイの方を見る。
「今日の放課後空いてるかな?」
「えっ?」
「もし、よかったら私が魔法の練習相手になってあげられると思うんだけど」
(椿が……
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