第13話 謀略家
ロレッタ・ハウ。
その影のある地味めな外見からは想像もつかないが、彼女は【シェア&マジック】きっての切れ者にして、稀代の謀略家だ。
謀略系ボクっ子娘というありそうでなかったジャンルのヒロインである。
普段はただクラスで仲のいい友達と会話しているだけのどこにでもいるありふれた女子。
だが、その正体は学園内秘密結社ダーク・プールの首魁。
学園を影から支配しようと目論んでいる。
その一方で貴族としては穏健派であり、過激派貴族であるシェリル・ローレンスとは対立しており、亡き者にしようと企んでいる。
原作シナリオでは、主人公がシェリルの野望を阻み、シェリル関連のエピソードが一段落したところで、何食わぬ顔で主人公に接触してくる。
その目的はシェリルを学園内の最高執行機関・生徒会役員から追い落とすことだが、彼女の謀略はあまりにも巧みなため、祐介を操るプレイヤーも最初彼女に利用されていることに気づかず無自覚のうちに彼女の陰謀に加担させられてしまう。
ロレッタの情報操作は巧みで、プレイヤーにとって有益としか思えない情報を渡してくるため、多くの初見プレイヤーが彼女のことを紛うことなき味方だと錯覚する。
祐介からしてもロレッタは少し謎めいているとはいえ、どう考えても親切な先輩にしか見えない。
「この学園にはダーク・プールという闇の秘密結社が存在しているらしい。僕もまだその実態は掴めていないのだが……」
「気をつけろ。またシェリルが過激な行動を起こそうとしているぞ」
ロレッタの暗躍エピソードは【シェア&マジック】の中でも最も難解なシナリオで、ロレッタを攻略するには彼女のもたらす有益な情報の中から微かな違和感を汲み取り、彼女が時折見せるわずかな隙から、魔法シェアを提案して、好感度を上げ、彼女に利用される前に彼女の謀略を逆用しなければならない。
それまでの外連味あふれる魔法バトルの展開から、突然謎解きパートに変わるストーリーは、プレイヤーを飽きさせない一方で、困惑させる。
ランダムに繰り出される会話パターンと気まぐれに変わる彼女の心情を掴み取るのは難しく、攻略サイトでもロレッタパートの攻略法をまとめるのには難儀している始末だ。
ほとんどのプレイヤーはロレッタの攻略を諦めて、彼女の陰謀に距離を置きながらストーリーを進めることを選ぶことになる。
ちなみにルイはどうストーリーに絡むかというと……
1、祐介の力があまりに強くなることを危惧したロレッタによって当て馬として利用された末、抹殺される。
2、ルイを駒として利用しようとするもあまりの馬鹿さ加減に上手く操縦できず、その予想を超える行動にロレッタがブチギレて殺す(バトルに勝てば一応生き残れるもほぼ絶望的)。
3、ロレッタの謀略が裕介によって看破され、駒として利用される予定だったルイを使う局面まで辿りつかず、何事もなく平穏に過ごす。
この3パターンである。
が、これらはストーリーがかなり進んだ後の話。
今はそれよりも当面控えているシェリルの粛清だ。
ロレッタの得意魔法はあらゆる火力攻撃を無効化する
つまり、シェリルの砲撃魔法にとって天敵というわけだ。
(ロレッタの魔法をこの時点でシェアすることができれば、この後訪れるシェリル関連のルイ死亡イベントをかなりの確率で回避することができる)
本来、ストーリーのこの時点では、裕介もルイもロレッタに会うことはできない。
が、それはあくまでもゲームの中での話。
こうしてゲーム内に転生してゲームシステムの制限を超えた行動ができるようになった今なら、ロレッタに出会って交渉できる。
そして目論見通りロレッタは2年A組の教室にいて、今、会話することができている。
「シェリル・ローレンスを倒す……だって? あまり穏やかな話じゃないね。仮にも同じ学園に通う先輩を倒そうだなんてさ」
ロレッタはシェリルと抱えている確執などお首にも出さず、そう切り返した。
「しかも僕にその片棒を担がせようだなんて。君、わかってんの? 僕とシェリルは同じ2年なんだよ? 対抗戦では一緒になって君達1年をしごく側の人間だ。その上、同じ貴族。いろんな社交パーティーで彼女と鉢合わせすることもある。見ず知らずの君のために同胞のシェリルを倒す手助けをするなんて……。僕にはできないよ」
「過激派貴族……と呼ばれているそうですね。彼女は」
ロレッタは目をパチパチさせた。
ほんの微かな生理現象だが、これが彼女の感情を読み取る重要な仕草だった。
ロレッタの瞬きが速くなる。
それは彼女の琴線に触れるキーワードが出てきたという証だ。
「いいのでしょうか。このまま放置しておいて」
「はっ。いいも何も。誰も彼女を止めることなんてできない。僕にはどうしようもないことだよ」
「本当にそうでしょうか?」
「……(お目々パチパチ)」
「先輩はもうすでに過激派に対抗するための勢力作りに動いているのでは?」
(こいつ……まさかあの計画を、ダーク・プールのことを知ってるのか? なぜ?)
(やはり。もうすでに秘密結社作りに動いていたか)
原作においてロレッタが登場する頃には、すでにダーク・プールは結成され、その活動を始めていた。
この時期からある程度形ができていて、動き出していなければ間に合わない計算になる。
「
ルイが呪文を唱えると影が蠢き、クルス邸にある銅像が浮き上がってくる。
「これはうちの実家にある銅像です」
(!? 影と影を繋げることができるのか)
「この魔法は物だけでなく人を移動させることもできます。厳しく行動を管理されている寮生活において、秘密の連絡をするのにかなり役立つ魔法と言えるでしょう。人に知られたくない連絡をする時でも」
「……」
「先輩にとって非常に有用な魔法ではないでしょうか?」
(こいつ……どこまで知ってるんだ?)
予鈴のチャイムが鳴った。
ロレッタはハッとする。
いつの間にかルイのペースに取り込まれて、聞き入ってしまっていた。
ここが教室前の廊下であることすら忘れて。
「授業が始まりますね」
「……」
「もう戻らないといけません。魔法シェアのことは……」
「今、ここでするような話じゃない」
「そうですね。すみません。また、出直してきます」
「ルイ」
1年の校舎に戻ろうとするルイをロレッタが呼び止める。
「放課後。続きを話そう」
「どこで?」
ロレッタはそれには答えず、手をひらひら振りながら教室に戻っていった。
1年の校舎に戻ったルイは、そのまま練兵場へ向かった。
入学最終試験が行われたあの射的場だ。
この日はA組、B組合同での訓練である。
教官は千草だった。
「本日は実戦形式での訓練を行う。訓練とはいえ気は抜くなよ。場合によっては大怪我を負うことになるぞ」
ルイは千草の説明を聞きながら、先ほどのロレッタとの会話を思い返していた。
(ちょっとやりすぎたかな?)
ロレッタは疑り深い性格だ。
あの接触の仕方は流石に拙速だったかもしれない。
かえって警戒心を呼び起こして距離を取られる可能性もある。
そんなことを考えていると、遅れてやってきた生徒2人が練兵場に入ってくる。
「もう、何やってんの」
「しょうがねーだろー? 迷ってたんだから」
そんな風に気の置けない会話をするのは、祐介と椿だった。
ルイがそんな会話をする2人の姿を見た途端、心の中に閉じ込められた暗闇が動き出して、次の瞬間には体のコントロールが効かなくなる。
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