第12話 ヒロインの先取り
「ルイ」
校舎の方へと戻る途中の道すがら、千草は改まったような調子で声をかけてきた。
「?」
「魔法のトレードをしないか?」
「えっ? 先生とですか?」
「ああ、入学式での出来事といい、ヘイズ様との会話といい、君のことを見直したよ。君が
千草は不敵な笑みを浮かべながら言った。
「私も君の影魔法を学びたいと思ってな。どうだろう? 一つここはお互いの魔法をシェアしてみないか?」
(先生と魔法をシェアか。さて、どうしたものかな)
ルイは思案した。
千草とルイの魔法トレード。
この提案は原作にはない要素だった。
おそらくルイが
基本的に【シェア&マジック】の世界において、キャラクターが魔法のシェアやトレードを申し出てくるのは、好感度が上がったからだ。
だが、千草は魔法シェアリングを抑制するキャラクター。
素直に好意の表れと受け取っていいものかどうか。
ルイは千草の表情をじっと見る。
千草はその鋭い眼光をひそめ、いつになく愛想のいい笑みを浮かべている。
が、こういう時こそ彼女は警戒する必要があった。
(やっぱり額面通り受け取らない方がいいよな)
ルイの予想通り千草は信頼するどころか、ルイへの警戒をますます強めていた。
(やはりこいつはどこか怪しい。なるべく目の届く場所で監視しておく必要がある。魔導士を監視しておくにはこの方法が一番有効だ)
ルイは危険を感じたが、かといって断ったら断ったで警戒心を強めそうだ。
(ここは仕方ないか)
「わかりました。トレードしましょう」
「おお、トレードしてくれるか。ありがとう」
(トレードはしておく。ただし、調子に乗ってシェアしまくるのは厳禁だな)
(調子に乗ってシェアしまくれば、即刻切り捨てる)
ルイは
クルス邸では、2人のメイドが追いかけっこしていた。
「待てーミリア」
「待たぬっ」
メイド達の今日の仕事は終わっていた。
なので、それぞれ思い思いに過ごしているのだが、まだ体力を持て余している彼女らは、追いかけっこをして遊んでいるというわけだった。
やがて追いかけている側のメイド、エマがミリアを部屋の隅に追い詰める。
「ふふふ。追い詰めたぞ」
エマは獲物を追い詰める獣のように、壁と壁を利用してジリジリとミリアの逃げ道を塞いでいく。
「そらっ、捕まえた」
エマがミリアに飛びかかってミリアに抱きつくものの、ミリアの姿は陽炎のように歪む。
「ふっ、残像だ」
「なにィ!?」
いつの間にか背後に回っていたミリアにエマはわざとらしく驚く。
「さあ、仕切り直しだ。捕まえてみろっ」
「待て待てー」
メルは楽しそうに残像ごっこをしているミリアとエマを見ながら頬を膨らませていた。
(むぅ。ぼっちゃまに新しい魔法をシェアしてもらったからって見せびらかしちゃって)
そうして、頬を膨らませていると、メルの影が蠢く。
「あっ、ぼっちゃま」
メルは
「やあ、メル。何か異常は……」
「ぼっちゃま。どうして私には魔法のビルドを任せてくださらないのですか?」
メルは開口一番そう言って詰め寄る。
「えっ?」
「ミリアにばっかりずるいです。私にも魔法のビルドをやらせてください」
ルイは困ったような笑みを浮かべる。
メルは向上心の強い娘だった。
ゲーム内では、ひたすらいびられている印象しかないが、一度取り立てられるとこうも積極的になってくるとは。
こうして仕事熱心になってくれるのはいいことだが、あまり出過ぎた真似をされるのも困りものである。
(さて、どう言ったものか)
「メル。誰にどの魔法をシェアするかは僕が決めることだ。君がとやかく口出しすることじゃないよ」
「でも……」
メルが悔しそうに俯きながら、エプロンの端をギュッと握る。
「君にはいずれ任せたい仕事があるんだ。君にしかできない大仕事だよ。それまで待っててくれるかな?」
(私にしかできないこと?)
「はい。待ってます。流石はぼっちゃま。まさかそのような深い考えがおありだったとは」
メルはパッと顔を明るくしてそう言った。
(とりあえず、これでメルは大丈夫そうだな)
ルイは本日の給金をメイド達に配って、一旦自室に戻った。
自室に戻ると思索にふける。
あんまり長い間、クルス邸にいるわけにはいかない。
寮から離れているのがバレて、千草の耳に入れば、また警戒されて、好感度が下がってしまう。
ルイは今日、
(何事にも意味がある……か)
自分がこの世界に転生した意味はなんだろう。
それもよりによってルイ・クルスに。
心の中に問いかけてみる。
すると、その問いかけに刺激されて、記憶の中の泉から泡のように一つの返答が浮かび上がってくる。
ルイに生まれ変わった理由。
一つだけ心当たりがある。
ルイの前世、来栖類はこのゲームの熱心なユーザーだった。
あらゆる点で楽しんでいたこのゲームだが、システム面に関して不満に思っていたことが一つだけある。
それは影魔法を主人公がシェアできないこと。
言わずと知れたルイ・クルスの得意魔法である。
ストーリー上、終始一貫して嫌われ者であるルイ・クルスなのだが、一方でどう考えてもルイの影魔法を主人公が使うことができれば、つまり影魔法をヒロイン達とシェアすることができれば、このゲームはもっと面白くなっていたはずだ。
というのも、影魔法こそが5人のヒロインの魔法を大幅に強化する最後のピースになっている。
そう思えて仕方がないのだ。
だが、ルイ・クルスはやはり終始嫌われ者。
主人公に対して常に敵対者であり続ける。
基本的に魔法のシェアは信頼する者同士、最低限の好感度を持つ者同士でなければできない。
つまり、ルイ・クルスは常に主人公とヒロイン達によって形成されるシェアの輪から外れているのだ。
しかし、今は自分自身がルイ・クルスであり、世界で唯一の影魔法の使い手でもある。
となれば……。
(俺はこの境遇に感謝すべきなのかもしれない)
ゲーム内でずっとやりたいと思っていた、影魔法とヒロイン達の得意魔法のシェアをこの手で実現できるかもしれないのだから。
そのためにもまずは……。
(生き残らなくっちゃな)
1週間後には、シェリル・ローレンスの停学が切れる。
彼女が辣腕を振るえばまた血が流れることになるだろう。
無論、シェリル関連でもルイ死亡イベントが用意されている。
彼女が再び学園に登校してくるまでに対策を講じておかなければならない。
次の日、ルイは2年A組の教室を訪れていた。
2年の教室前なので、当然知り合いはいない。
見慣れぬ新入生が2年の教室前廊下を歩いているのを見て、上級生達は奇異の目を向けるが、ルイは心細さに堪えて目当ての人物が出てくるのを待ち続ける。
ふと2年A組の女生徒と思しき優しそうな上級生と目が合う。
ルイは声をかけてみることにした。
「あの、すみません」
「ん? 何かな?」
「ロレッタ・ハウはこの教室にいますか?」
「ロレッタに用事? わかった。伝えてくるね」
その女生徒は親切にも教室の端にいるロレッタの下まで行って声をかけてくれる。
「ロレッタ。廊下に一年の子が来てるよ。あなたに用があるみたい」
「一年? 一年が僕に何の用?」
「さあ」
「わかった。行くよ」
ロレッタはしゃべっていた友人達の下を離れて、廊下に出てくる。
ロレッタは長めの銀髪で片目を隠した少し影のある女生徒だった。
ポケットに手を突っ込み、皮肉っぽい笑みを浮かべている。
「君かい? 僕を呼び出したのは」
「はい。1年のルイ・クルスと申します」
「ふーん。で、何の用?」
「先輩の魔法をお借りしたくて」
「何?」
ロレッタの目がスッと冷たくなった。
しかし、それも一瞬ですぐに彼女は感情を隠す笑みを再び張り付ける。
「面白いこと言うね、君。どうして僕の魔法を借りたいのかな?」
「シェリル・ローレンスを倒すためです」
ロレッタ・ハウは3人目のヒロイン。
ストーリー上では、まだ裕介とルイの前に現れないはずの人物だ。
だが、シェリルの魔法に対してめっぽう強い対抗魔法を持っている、いわばシェリルにとって天敵のような存在だ。
(この段階ではまだ出会うことのないはずのヒロイン。だが、もし彼女と魔法をシェアすることができれば……、この後訪れるシェリルの粛清を確実に生き残ることができる!)
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