第11話 ルーンキャスターの教え

 如月千草は1年B組の教室に向かいながら憂鬱だった。


 入学式の砲撃で動揺している新入生を宥めなければならないというのもあるが、それよりも気がかりなことがあった。


 出席簿に目を落とすと、各生徒の名前に加えて顔写真も掲載されている。


 その中には、入学最終試験で悪目立ちしていた例の生徒もいた。


 ルイ・クルス。


(こいつも私の担当か)


 あのタイプが大人しく言うことを聞くとは思えない。


 それどころか他の生徒に悪影響を与える可能性すらある。


 千草はクラスの統率にまず規律から入るタイプだった。


 ただでさえ、シェリル・ローレンスが入学式から盛大にスタンドプレーをかました後だ。


 いつもより気を引き締めて取り掛からなければ。


 千草は扉を開けると、開口一番厳しめの声を出した。


「席につけ。出席を取るぞ」


 有無を言わさぬ口調でそう告げると、一つの席を取り囲んでいた生徒達は、自分の席についた。


 どうやら彼らはルイを取り囲んでいたようだ。


 千草は簡単に自己紹介して、生徒達の反応を窺った。


 生徒達はとりあえず千草の威厳に服している。


 千草はホッと胸を撫で下ろした。


「職員会議では、通常どおりにカリキュラムをこなすことが決まった。差し当たっての目標はこれだ」


 千草は黒板にチョークで大きな文字を書く。


 1・2年対抗魔法戦。防御魔法千本ノック。


「入学式でもわかるように突然、魔法で攻撃を受けるのはこの学園では日常茶飯事だ。シェリル・ローレンスはやりすぎな嫌いもあるが、どの道1ヶ月後にはこの防御魔法千本ノックという行事がある」


「防御魔法千本ノックは本校における伝統行事だ。上級生が下級生に対して攻撃魔法を放ち、下級生はそれを防御魔法で防ぎ続ける。君達にとっていきなり過酷な試練だが、重要な通過儀礼でもある。これを乗り越えれば、この学園での大抵の試練には対処できるだろう。だが、ここで挫ける生徒には1年後早くも退学の勧告が出されることになる。この学園で生き残りたくば死ぬ気で防御魔法を習得しろ」


 千草はクラス全体に緊張感が伝わっているのを確認すると、少し肩の力を抜いた。


「さて、それじゃあ脅し文句はこのくらいにして。せっかくこの1年を同じクラスで過ごすことになったわけだし。今日はひとまず交流の時間としよう。それぞれ一人ずつ自己紹介をしていこう。まずは亜澄あずみ


 千草が名前を呼んでいくと、それに応じて生徒達が自己紹介していく。


「では、次。ルイ・クルス……うっ」


 千草はルイを見て目を疑った。


 歴戦の魔導士である千草は、相手の目を見ただけで大体の力量がわかる。


 新入生とは思えない魔力の高さ。


(こいつ、本当に入学試験の時の問題児か? いや、待てよ。確かルイ・クルスという名の貴族の子弟が若干十五歳で一つ星シングルの称号を獲得したと聞いたな。まさか、こいつだったのか?)


「ルイ・クルスです。得意魔法は影魔法。人付き合いが苦手で影ばっかり操ってたら影魔法が得意になってしまいました。あんまり社交的ではありませんが、ハブらないでくださいね」


 クラス内にドッと笑いが起こった。


「貴様。本当にあの時のルイ・クルスか?」


 千草は射抜くような鋭い眼光でルイを睨む。


「入学試験の際には、なんというか、ご迷惑をおかけしました。あんまりいい点数が取れなかったものですから少しムキになってしまったみたいです」


「……」


「はいはーい。質問いいですかー?」


 ちょっと目立ちたがりの気がある女子ケイが、ルイと千草の会話に割って入ってきた。


「ルイってぇ、ちょっと前噂になってた、若干十五歳で一つ星の魔導士シングル・ウィザードになった天才少年ルイ・クルスと同一人物ー?」


「うん。そうだよ」


 教室がざわつく。


「マジか」


「すごっ」


「道理であの砲撃を受け切れるわけだ」


「どうやって一つ星シングルになったの?」


「お前達。まだ全員の自己紹介が終わってないんだ。質問は後にしろ」


「ていうかー、千本ノックもルイの魔法をみんなでシェアすればよくない? ルイの影魔法はシェリル先輩の魔法を防げたんだから。」


 ケイが千草の制止を無視してさらにかぶせた。


「なるほど。その手があったか」


「そうすれば、上級生の攻撃魔法全部防げるな」


「ルイ。早速、影魔法をシェアしてくれよ」


 千草は苦々しい思いで聞いていた。


 千草はいくつかの理由から魔法シェアリングの効能についてはまだ懐疑的だった。


 魔法シェアリングには成長機会を奪うという弊害がある。


 だが、ルイが提案に応じれば、千草にそれを止めることはできない。


「みんな、俺の魔法を頼りにしてくれてありがとう。素直に嬉しいよ。ただ、いきなり魔法シェアリングするのはどうかな? 場合によっては悪い結果になるかもしれない」


(ほぅ)


 千草は遮るのをやめて聞いてみることにした。


「まず俺の魔力量にも限界がある。クラスの全員にシェアするのは難しい。次に魔法には適性がある。闇属性が得意な者もいれば、火属性が得意な者、水属性が得意な者。それぞれに得意な属性と魔法があって、得意なパラメーターがある。それら適性に沿ってシェアリングしなければ有効なビルドも生まれにくい」


 クラス全員聞き入っていた。


「だから、まずはみんな適性を把握することから始めるべきだと思うんだ。ちょっと失礼」


 ルイは前に出て黒板にステータスを書き始める。


「みんな見てくれ。これが俺の魔力初期投資時のステータスだ」



――――――――――――――――――――

【ルイ・クルス】

 魔力 :0/100

 火属性:LV2(+1)

 水属性:LV2(+1)

 雷属性:LV1(+0)

 土属性:LV1(+0)

 闇属性:LV5(+4)

――――――――――――――――――――



「これは俺が所持しているすべての属性に20ずつ魔力を投資したものだ。同じ量の魔力をレベルアップに使っても、闇属性が極めて高い成長率を誇っているのがわかるかと思う。これで俺は自分の適性が闇魔法だと見切った」


 教室中から感心したような声が漏れた。


「なるほど」


「こんな方法があったのか」


「まずはみんな得意魔法の適性を探りつつ、それぞれに適した防御魔法を構築していくのがいいと思うよ。そしてもし、シェリル・ローレンスが砲撃魔法を放ってきたとしても……、それは俺がすべて受け切る」




「さすがは一つ星の魔導士シングル・ウィザードだな」


 授業の後、千草はルイを捕まえてそう言った。


「教師の代わりに生徒を教え導くのもお手のものというわけか」


 千草はどこか皮肉っぽい口調でそう言った。


「出過ぎた真似でしたか?」


「いや、助かったよ。私も安易な魔法シェアリングには反対でね」


 そう言いつつも千草の表情は険しい。


「しかし、気になるな。君がなぜそこまで向上しようとするのか」


「はは。自分が生き残るのに精一杯なだけですよ」


 千草はルイのことを訝しげに見る。


 こうして話しているととてもあの時の問題児には見えない。


 どこからどう見ても感じのいい少年だ。


 年齢の割にはしっかりしすぎている印象も受けるが。


 ルイもルイで千草との会話に気をつけていた。


 如月千草。


 妙齢の美人教師だが、その経歴は物々しい。


 学生時代から学園に攻め込んできたテロリストを返り討ちにし続け、当時最大派閥だった組織を壊滅させた実績を持つ。


 ゲーム内では、主人公の才能にいち早く気づき、取り立てる。


 一方でルイのことは規律を乱す問題児として警戒する。


 原作ではこの後学園にやってくる対テロリスト戦闘で命令違反を繰り返すルイをやむをえず処断することになる(アーシェンウッド魔法学園において、教員は命令違反した生徒を斬り捨てる権限を有している)。


 メインのヒロイン達と違いやや変わった立ち位置のキャラクターで、祐介とルイが魔法シェアリングを野放図に広げるのを警戒する。


 もし、学校内で魔法シェアリングをやり過ぎると、好感度が下がることになる。


 無論、それがルイの死亡フラグに繋がる。


 魔法シェアリングをやり過ぎればやり過ぎるほど、嫌悪感を募らせ、ルイが命令違反をした時の死亡率が格段に跳ね上がる。


 先ほどの教室でのルイの立ち回りは、千草による死亡フラグを意識したものだ(実際に魔法シェアリングを無闇にやるべきではないというのもあるが)。


 そうしてルイとしては上手くやったつもりだったが……。


(かえって警戒されちゃったかな?)


 ルイは千草との信頼関係を築く必要性を感じた。


 千草はプレイヤーが間違った選択をしたり、極端な強化をした時には、規律維持の名目でさりげなくそれをさとしてくれるストッパーのような役割のキャラクターだが、その一方シナリオ上のいくつかの場面ではあえて千草の命令に違反しなければ開けないルートがある。


 千草の好感度次第では、祐介でさえも命令違反した場合、フルボッコにされて数日から週週間行動不能に陥ることもある。


 ルイに至っては病院送りでは済まない。


 なので千草の好感度コントロールは【シェア&マジック】においてかなり気を遣わなければならない要素だった。


「では、失礼します」


 ルイは校舎の出口へと足を向けた。


「待て。どこへ行く? そっちは寮じゃないだろ」


 アーシェンウッド魔法学園の生徒は基本的に寮で寝泊まりする。


 ルイは寮とは別の方向に足を向けていた。


「お礼を言いにいかなければならない人がいるので」


「?」




 学園に併設されている魔導神殿。


 ルイはそこに千草と一緒に訪れていた(ルイの行動を訝しんだ千草は結局一緒についてきた)。


 一つ星の魔導士シングル・ウィザードの称号を持つルイは、神殿に無断で入ることができた。


 神殿の奥に入ると祭壇で祈りを捧げている神官魔導士ルーンキャスターがいた。


 祈りが終わるのを待っていると、彼の方が先に気づいたようだ。


「おや、これは珍しいお客さんが来ましたね」


「こんにちはヘイズ様。神託の際には大変お世話になりました」


「いえいえ。魔導の祝福を伝えるのが我々神官魔導士ルーンキャスターの務め。礼には及ばない。それはそうと、今日はどういった用事でここに?」


「アーシェンウッドに入学したので、そのご挨拶も兼ねて」


「そうか。君は今期から学園生だったね。入学式は大変な騒ぎだったとか。そちらの方は?」


 ヘイズが千草の存在に気づいて聞いてきた。


「担任の如月先生です。ここについてきたのは……なんというか引率ですかね?」


「引率か。相変わらず君は面白いことを言うね」


 ヘイズはクスクスと笑った。


 千草は居心地の悪さを感じる。


 神殿内では、一つ星の魔導士シングル・ウィザードであるルイの方が身分的には上だった。


「如月先生、あなたの噂はかねがねお聞きしておりますよ。テロリストを壊滅させたこともある勇敢な魔導士だとか」


「はぁ。恐れ入ります」


「では、せっかく先生もいらっしゃったことだし。外で話そうか」


 千草はホッと胸を撫で下ろす。


 神域の外であれば、一応ルイともヘイズとも対等な関係だった。


 ルイもホッとした。


 原作でも感じていたが、やはり見ていて安心する人だった。


 凶悪なキャラが多いこのゲーム内で唯一の良心とさえ思える。


 3人は神殿に併設されているテラスに移った。




「君の噂はこの神殿にも届いているよ。一つ星シングルになったことで縁談が舞い込んでるそうだね。どう? よい結婚相手は見つかりそうかね?」


「いやぁ。それがなかなか折り合いがつかなくて」


「そうか」


「実際のところ、本当にこれでよかったのでしょうか?」


「というと?」


「父の期待に応えるために一つ星シングルの称号を得ることを最優先に行動してきました。そして今、学園に通っています。しかし、本当にこれでよかったのか。もっと他に道はなかったのか。私にはわかりません」


(なぜこの世界に転生したのかも)


「すべてのことには意味がある。君が一つ星の魔導士シングル・ウィザードになったことも、この世界に生まれたことも。きっと意味のあることなんだと思うよ。たゆまず胸の内側に問いかけてみることだ」


「はい」

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