第10話 砲火の入学式

 蜂蜜のように輝く金色の髪。


 澄んだ湖を思わせる水色の瞳。


 その在校生、通称【氷の女王】シェリル・ローレンスは、気品のある足取りで壇上に上がると自己紹介を始めた。


「新入生の皆様、初めまして。ご紹介に預かりました2年生のシェリル・ローレンスと申します」


 目にかかった髪をこれまた気品ある仕草で掻き分けると、ニコリと優雅に微笑む。


 何もかもが洗練されている人だった。


 こういう人が組織の顔として壇上に上がっていると無性に安心してしまう。


「主に砲撃魔法における開発功績を認められ、恐れながら学年首席としてここに立つ栄誉を賜りました。他にもこの学園において実力主義を浸透させるべく様々な活動に従事させていただいております。さて私の自己紹介はこのくらいにしておきましょう。本日の主役は新入生の皆様です。改めてお祝いの言葉を述べさせていただきます。皆様ご入学おめでとうございます」


 シェリルはよく通る声でスピーチを続ける。


 聴衆達は心地よく彼女の話に聞き入る。


「皆様は学園によって課された厳しい試験を乗り越えてこの学園に入学されました。持って生まれた才能だけではなく、幼少の頃から親御様のご指導の下、さまざまな努力を重ね試練を乗り越えてこられたのでしょう。ですが、私はまだ皆様のことをこの学園の生徒として認めてはいません。私はまだまだこの学園における実力主義が足りないと思っています。この学園には在籍する資格のない生徒が大勢いる。そうは思いませんか?」


 講堂に不穏な空気が流れ始める。


 いったい彼女は何を言うつもりだろう?


 新入生だけでなく、在校生や教職員達もソワソワし始めた。


「そこで僭越ながら、私の方で皆様の実力を試させていただき、篩にかけようと思います。砲撃キャノン


 シェリルが右手をバレエのような柔らかな仕草で脇の空間にかざすと、空に浮かぶ大砲が現れる。


「今から私の繰り出す砲撃を受けて立っていられた者は合格。立てなかった者は不合格とします。では、皆様、防御魔法のご準備を。砲撃開始」


 シェリルが呪文を唱えると、大砲の砲口から魔法の光が迸る。


 光は10ほどの光線に分散して、新入生達に降り注ぐ。


「う、うわ」


「ちょっ、まっ」


 高エネルギー体が着弾して、爆発が起こった。


 講堂に轟音が鳴り響くと共にパイプ椅子が空中に吹き飛んだ。


 場内は騒然となる。


「何だねこれは」


「やりすぎや!」


「どういうことだ。私は何も聞いてないぞ」


 教師陣や在校生から上がる抗議の声もよそにシェリルは涼しい顔だった。


 そればかりか興味を失ったかのように爆発から視線を逸らす。


「この分では立っていられる新入生はいないでしょうね。全員のダメージを記録しておいて」


「はっ」


 側の男にそう言うと、澄ました顔で壇上を降りていこうとする。


「ったく、いきなり魔導砲撃をぶっ放してくるとは。とんだ入学式だなオイ」


「!?」


 新入生席から飛んでくるカラッとした声にシェリルは目を見開いて振り返った。


(まさか。今の砲撃で耐えられるはずが……)


 黒煙が晴れると、刀を構えた天城祐介が立っている。


 刀には黒い煤、手先には裂傷がいくつかついていた。


 その周囲には腰を抜かした生徒達が床に這いつくばっていた。


 が、ダメージを受けた者はほとんどいない。


(まさか魔導砲撃を斬ったっていうの?)


 だが、異変はそれだけではなかった。


 黒煙に紛れて分かりにくかったが、新入生席の一画が黒い壁のようなものに囲まれている。


「何だ。あれは?」


「まさか、影!?」


 黒いヴェールが降り、影が地面に戻ると、そこには無傷で何事もなかったかのように椅子に座っているルイがいた。


「あいつ、無傷だぞ」


「シェリルの砲撃を受けて無傷とは」


 シェリルも驚きに目を見開く。


(影魔法……。まさか、彼が噂の一つ星の魔導士シングル・ウィザード、ルイ・クルス!?)


「ふぅーん。少しは骨のある奴がいるようね」


 なぶりがいのある獲物を見つけて、シェリルは酷薄な笑みを浮かべた。




 トイレから出てきた椿は、講堂からざわめきが聞こえてくるのに気づいた。


 在校生や職員、先生が慌ただしく講堂から出てきて何か騒いでいる。


(何? この騒ぎは……)


 椿はしばらく講堂から出てくる人達を見ていたが、そのうち担架に抱えられた怪我人や手錠を嵌められたシェリル・ローレンスが出てくるのを見てギョッとした。


「ちょっ、あなたローレンス家の?」


「あら、そういうあなたは御門家の御令嬢じゃありませんか」


 シェリルはにっこりと微笑む。


「アーシェンウッドに入学されていたんですね。ご入学おめでとうございます」


(やっぱりこの人シェリル・ローレンス)


 椿はシェリルの顔と手錠を思わず二度見してしまう。


「おい、無駄話をするな」


「さっさと歩け」


 シェリルは椿に会釈だけして素直に連行されていく。


 椿は呆然とそれを見送った。


(なんなの? 一体何が……)


 上級生らしき2人組が渡り廊下の向こうから歩いてくる。


 椿の耳に2人の会話が聞こえてきた。


「流石にやりすぎじゃね?」


「うーん。でも、まあどの道あれくらいは……」


 椿は思い切って声をかけてみることにした。


「あのっ」


「ん?」


「講堂で何があったんですか? ローレンス家の人が手錠をかけられてましたけど……」


「そのローレンス家の人が砲撃魔法を撃ったんだよ。新入生に向かって」


「ええっ!?」


「在校生挨拶のスピーチの途中でいきなりだ」


「彼女は過激派貴族で有名だったけど、まさかあそこまでやるとは」


「新入生のみんなは?」


「立っていられたのは2人だけだったな。刀を持った奴と影を操る奴」


「ああ、あの2人はなかなかやるぜ。初見でシェリルの砲撃を受け切るとは。って、あっ、おい」


 椿は講堂に向かって駆け出した。


(そんな。それじゃあル 祐介は?)




 その後、学園内はてんやわんやの大騒ぎになった。


 シェリルの砲撃を受けて負傷した生徒は全員病棟に搬送され、職員達は混乱する生徒達をまとめて、午後になる頃にはどうにか無傷だった生徒達を各クラスに集めた。


 1年A組の生徒達は落ち着かない気分で教員が来るのを待っていた。


 A組の生徒達はほとんど無傷でシェリルの砲撃をやり過ごしていた。


 彼らは祐介のすぐ側にいたので難を逃れることができたのだ。


 祐介も軽傷を負った手に包帯を巻いて着席している。


 扉が開いて落ち着いた雰囲気の先生が入ってくる。


「みんな遅くなってしまい申し訳ない。負傷者の搬送に手こずってしまった。今後、1年間みんなの担任を務めるトニー・ブラウンというものだ。よろしく」


「先生、砲撃を受けた生徒達はどうなったんですか?」


「幸い死人は出なかったよ。全員、学園内病棟に収容されて今は安静にしている」


「これからいったいどうなるんですか?」


「ああ、そのことだが、先ほど職員会議で結論が出たところだ」


 ブラウンは極めて落ち着いた口調で告げた。


「C組、D組、E組は壊滅的な打撃を被った。この3組は学級閉鎖だ。だが、それ以外は特に異常なし。よって、A組とB組は通常通りのカリキュラムで授業が行われることになったよ」


「はっ? えっ?」


「通常……どおり?」


「あのシェリル・ローレンスっていう先輩は?」


「協議の結果、シェリル・ローレンスは1週間の停学処分となった」


「停学1週間!?」


「短っ」


「そんな軽すぎますよ」


「なんとかならないんですか?」


「演説中に砲撃するなんて。あんなのもはやテロリストじゃないですか!」


「前代未聞やでこんなん」


「ああ、先生もそう思う。だが、彼女は貴族だ。学園も手を出ししづらい」


(((((ええ……)))))


「貴族だからテロしても停学1週間で許されるのかよ」


「冗談だろ?」


「頭おかしなるでこんなん」


「君達の言いたいこともよくわかる。だが、1ヶ月後には1・2年対抗の魔法戦が行われる予定だ」


「まだ、戦わせるんすかこの学校」


「対抗魔法戦で、君達はどの道シェリル・ローレンスと戦うことになるだろう。それにこの学校はすでに100回以上テロリストに襲撃された実績がある。この学園は色んな勢力に恨まれまくってるからね。今年もおそらくやって来るだろう。どの道テロに対する抵抗力は全生徒身に付けておく必要があるんだ。それを考えれば、彼女のやり方もある意味道理に適っていると言える」


「襲撃されたのを実績にするなよ」


「血塗られすぎやろこの学園」


「先生も頭が痛いよ。学年全体の生存率は職員の給与に反映されるからね。だが、幸いなことに我々のクラスには天城がいて、我々は魔法シェアリングの技術を使うことができる」


「「「「「!?」」」」」


「天城、シェリルの砲撃を斬った君の魔法をみんなでシェアすれば、彼女の魔法に対抗できる」


(俺の魔法を……。みんなでシェア?)


「無論。強制はしない。去る者追わずがこの学園のモットーだ。各自、それぞれ胸の内に問うて、どうするか決めてくれ」

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