第8話 椿の涙
(ついにこの日が来てしまったか)
魔法学園の入学式。
悪役貴族死亡RTA。
ルイにとっては椿に殺されるかもしれない日だ。
今日までやれることは全てやってきた。
ルイ死亡確定イベントは
たとえ、戦闘になったとしても勝機は十分にある。
これで死ぬようなら仕方がない。
諦めて来世にかけよう。
ルイは校舎まで続く道を歩きながら、そんなことを考えるのだった。
和洋入り乱れる【シェア&マジック】の世界においてカオスな情景は、至る所に見られるが魔法学園もその例に漏れない。
西洋のお城のような校舎に向かって桜並木に挟まれた道が伸びている。
城の傍には大きな湖が広がっていた。
新入生と思しき者達が入学式に向けて校舎へと歩いていく。
ほとんどの生徒は、2、3人連れで歩いている。
入学前に同じ魔法学園に通う友人を作っておいたのだろう。
すでに男女でカップルになっている者達も見受けられた。
縁談に明け暮れていたルイは、一人で校舎への道を歩いていた。
すると、道の途中、木陰に佇んでいる男女の二人組が目に入った。
天城祐介と御門椿だった。
「ちょっと、祐介。ネクタイよれてるよ」
「なんだよ、椿。このくらいいいだろ?」
「よくないわよ。入学式なんだからきちっとしないと」
椿は祐介のネクタイのよれを直していた。
祐介はその寝癖の完全に治っていない頭をボリボリと掻いている。
2人は入学式までの休暇を有意義に過ごせたようだ。
2人の間には、幼馴染にしか出せない親しげな空気が漂っていた。
「ん。これでよし」
椿は直したネクタイをポンと叩いて、満足げな表情をした。
ふと、椿と目が合ってしまう。
椿はルイと目が合った途端、ハッと顔を強張らせた後、サッと目を逸らした。
ルイはため息をついた。
どうやら嫌われてしまったようだ。
(ま、当たり前か)
椿はルイの父親のせいで酷い目に遭ったのだから。
(でも、これでいいんだ)
刀を振り
むしろ嫌われるだけで済んでいることに感謝しなければならない。
最初のルイ死亡フラグは解消された。
そう考えていいだろう。
今後、椿と関わることはもうない。
ルイは最後に椿の方を見た。
学校指定のスカートからスラリと伸びた足。
腰の高さのせいで、ますます美脚に見える。
長い黒髪は後ろできっちりと束ねられており、その飾り気のなさが清楚な印象を与える。
癖っ毛ひとつない真っ直ぐな髪が腰まで下ろされている。
凛とした瞳がキリッとしていて、そのハキハキした喋り方も相まって、澄み渡った印象を醸し出している。
横顔を見れば、すっと通った鼻筋が綺麗だった。
そんな清楚な出立に反して、戦闘スタイルは質実剛健。
高い上背から繰り出される剣撃は、岩をも一刀両断にする。
特にルイ死亡ルート時の鬼神のごとき剣さばきは尋常ではなかった。
烈火のように燃える瞳、迷いのない斬撃。
防御度外視。
初撃にすべてを賭ける潔さ。
その一方で恋愛には奥手で、素直になれず、つい主人公の祐介に対して天邪鬼なことを言ってしまう。
初めて椿のキャラデザとルートを見た時は、その完成度の高い黒髪清楚幼馴染っぷりにすっかり好きになってしまった。
この世界に来て実物を見ると、その愛らしさにはますます目を奪われる。
こうしてもう話すこともないとわかると、つい未練を感じてしまう。
もし、あの時婚約が成立していれば、彼女の隣にいるのは、祐介ではなくルイだったかもしれない。
ルイは椿から目を逸らし、校舎に向かって歩いていく。
椿もルイのことが目に入らないフリをして顔を背け続ける。
祐介は相変わらずあくびを噛み締めている。
ゲーム内ではこの直後、ルイが椿に対し、デリカシーのない言葉を浴びせることになっている。
そこで激昂した椿が、ルイに斬りかかるというわけだ。
だが、この世界線においてそのルートはもうない。
お互いこのまますれ違って……。
だが、ルイは自分の意思に反した行動をとってしまう。
椿の手を取ってこちらに引き寄せたのだ。
そして、困惑する椿に以下のような言葉をかける。
「よお、椿。そろそろ俺と結婚する気になったか?」
(………………は!? 俺はいったい何を……)
だが、ルイをさらに困惑させたのは椿の反応だった。
椿はかあっと顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべる。
「何よぉ。今になって結婚なんて……。近づくなって言ったのはそっちじゃない。ルイのバカ!」
パンッと乾いた音がした。
少し経つと、頬からヒリヒリとした痛みが伝わってくる。
「ルイのバカァ」
椿はそう言うと脱兎の如く駆け出して、あっという間に校舎へと逃げていく。
「あっ、おい、待てよ椿!」
裕介は慌てて椿の後を追う。
ルイはほっぺに手を添える。
手の平には腫れたほっぺのジンジンした熱が伝わってくる。
それでようやく椿に頬を張られたのだとわかった。
(えっ? 何これ……)
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