第7話 魔法のビルド
(ふぅ。どうにか間に合った)
山賊のアジトから領外の小屋の影まで自身を転送したルイは、一息ついた。
椿誘拐イベント。
【シェア&マジック】の最初の節目であるこのイベントは、早くもプレイヤーのルート選択を左右する分岐点だ。
ルート分岐は椿を救出する速さにかかっている。
椿を救出するのが速ければ、椿ルートへの道が開けるとともにルイも死なずに済む。
逆に椿を救出するのが遅ければ、椿ルートへの道は
すべては主人公、天城祐介次第だった。
祐介が山賊のアジトを見つけるのが遅れれば、椿は山賊達によって無惨に辱められ、クルス家への憎悪を募らせることになる。
椿の嫌悪感の指標は、救出した際の彼女の顔つきによって判断できる。
彼女が心からホッとしたような顔をしているようであればセーフ。
目に涙を溜めて悔しそうにしているようならイーブン。
判定は五分五分だ。
死んだように虚な目で絶望感に浸っているようならアウト。椿ルートは諦めなければならない。ルイの生存も。
そういうわけで、祐介がどれだけ速く山賊のアジトに辿り着くかが勝負の分かれ目なのだが……。
(祐介のやつ。案の定、遅れやがったか)
序盤の速い段階で、なるべくシナリオを狂わせたくないと思っていたルイは、
御門家の馬車がクルス邸を去った後も、
そうして椿が山賊に捕えられた後も、こっそり影から出て小屋の脇で今か今かと祐介の到着を待ち侘びていたが、それよりも先に椿の悲鳴が聞こえてきた。
ルイとしては介入せざるをえなかった。
(さて、椿の危機は回避できたことだし。後始末をしますか)
ルイは鍵を開けて建物の中に入った。
中には途方に暮れた山賊達が待っている。
「あ、坊ちゃん」
「お前達。よくもクルス家に恥をかかせるような真似をしてくれたな」
山賊達は困惑したように顔を見合わせる。
「そりゃないですぜ坊ちゃん」
「我々はあなたのお父上、ゼノン様の命令でやったわけで……」
「年端もいかぬ少女を辱めるようにと父から言われたのか? それに貴族の娘を誘拐するのが、我が家の名誉になるとでも思っているのか? 父から依頼されたからといって?」
「「「……」」」
山賊達は押し黙った。
そう言われれば返す言葉もない。
「お前達は今後クルス領内に入ることを禁ずる。これを」
ルイは銀貨の入った袋を山賊の足元に放り投げた。
「領内から出るための路銀だ。それを持って消えろ。明日には父上がお前達を指名手配する御触れを出すことになる。それでも残るというのならこの俺がお前達を直々に捕縛することになるだろう。
山賊達は銀貨の袋を手に取って、その日のうちにクルス領から出て行った。
「先日ウチに来た御門家の娘さん、誘拐されたそうよ」
朝食の席で、エレノアが新聞を読みながら言った。
「クルス領から出る途中で野盗に襲われたんですって。あ、でももう救出されたみたい。新聞に書いてあるわ。傭兵の少年、御門家の御令嬢救出。お手柄ですって」
エレノアがさして興味もなさそうに言った。
「ふん。あんな人、酷い目にあって当然です。ぼっちゃまとの縁談を断るだなんて」
メルがお茶を淹れながら言った。
ゼノンはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
ルイはため息をついた。
「メル。椿様は由緒正しい家柄のお嬢様だ。そんなこと言っちゃダメだよ」
ルイがそうたしなめると、メルは慌てて口の前に手をかざした。
「あわわ。すみません」
ゼノンはルイの言ったことに面白くなさそうな顔をする。
「父上。このような事件、我が領内で起こったとあれば、どんな悪評を立てられるかわかったものではありません。せっかく来客の多くなった我が家も再び閑古鳥が鳴くことになるでしょう。このような事件を起こすごろつき共は、即刻追放処分の御触れを出して、取り締まりを強化してくださいますよね?」
ゼノンはそう言われるとハッとした。
ようやく自分のやらかしに気づいたようだった。
「当たり前だ。まったく警備隊の奴らは何をやっているのか。我が家名に恥をかかせおって」
ルイはまたもや盛大なため息をつかずにはいられなかった。
こんな風にいつまでも法外な手段に訴えているから、上流階級からハブられるのだ。
一応貴族階級なんだからもっとどっしり構えていればいいものを。
だが、いつまでも呆れてはいられない。
ルイには自身の生存のためにまだやるべきことがあった。
ルイが食料庫付近の部屋に行くとやたら機敏な動きをしているちびっ子メイドがいた。
その動きには無駄も多いがとにかく速い。
漫画であればシュバババという擬音が用いられそうな動きだった。
影の動きも同様で伸ばしては縮む伸縮運動を尋常じゃない速さで繰り返している。
ルイは彼女に声をかけた。
「ミリア」
すると彼女はやはり尋常ではない速さで返事してくる。
「はい。なんでしょう、坊っちゃま」
「仕事はどうだい?」
「はい。割り当てられた区画の掃除はすでに終了しております。また、本日はネズミを3匹仕留めました」
ミリアは干からびて壁に吊るされているネズミを指し示した。
ネズミや虫のような小さな動物であれば、
クルス邸は無駄にでかい。
なのでネズミが入り放題だった。
使用人の中にはネズミが苦手な者もおり、ただでさえ仕事が忙しいのにネズミの出現によって業務を阻害されてしまうという事例が相次いでいた。
そこでネズミ駆除の任に就かせたのがこのミリアというメイドの少女だった。
チョロチョロ動く小動物や虫にも怖気付かないというのもあるが、とにかく動きが俊敏だった。
そしてそれを反映するかのように影魔法の動きも素早いのだ。
――――――――――――――――――――
ミリア・シール
魔力:15/36
→操作LV2
→速度LV12
――――――――――――――――――――
影の操作能力は低いため無駄も多いが、それを速度で補っているという感じである。
(やはり、このスキルはミリアにシェアするべきだな)
「ミリア。君に新たなスキルをシェアしようと思う」
「おお、ついに私にも
「いや、君には別の魔法の開発を担当してもらいたい」
「別の魔法、でありますか?」
「うん。この魔法だ。
ルイは一瞬でミリアの背後に回り込んだ。
(なっ、目の前にいたはずの坊っちゃまが一瞬で私の背後に!?)
「このように
「おお、なるほど。さすがは坊っちゃま。私にピッタリの魔法ですね」
「うん。ところで、ネズミ駆除を君1人に任せっきりにしているけど大丈夫? 仕事辛くない?」
「はい。屋敷に侵入するネズミどもは一匹残らず退治してやります。奴らは殲滅しなければなりません」
この口ぶりからして、ミリアも決してネズミが好きなわけではないようだが、害獣駆除への情熱と使命感は本物だ。
このまま彼女に任せても問題ないだろう。
「うむ。よろしい。それじゃ今後もよろしく頼むよ」
「はい。お任せください!」
ルイは彼女の手の甲に新たなコードを追加した。
ミリアの手に
「それじゃ引き続き頼んだよ」
「はい」
ミリアは新たな魔法を手に張り切ってネズミ駆除に当たるのであった。
引き続き、ネズミの多く出没する食料庫付近で張らせる。
食糧庫付近の部屋を掃除するミリアは、部屋の隅を走るネズミを目撃する。
(
ミリアは一瞬でネズミの死角に入り込み、そこから影を伸ばした。
素早い身のこなしの後、鋭く突き出された影は、あっさりとネズミの足元に入り込みネズミのエネルギーを吸収してしまう。
(おお。これは確かに捗る)
いつもは1日2、3匹しか獲れないネズミが、今日に限っては5匹も捕獲できた。
そうして
(えっ?)
コードがいつもと違う輝きを発したかと思うと、書き換えられる。
「ミリア。どうかしたのか?」
異変を察知したルイがやってくる。
「わかりません。突然、コードが光り出して」
「ああ、新しい魔法がビルドされたんだね」
「ビルド?」
「そう。魔法同士を組み合わせて新たな魔法が開発されることをビルドって言うんだ」
――――――――――――――――――――
ミリア・シール
魔力:24/74
――――――――――――――――――――
(
残影は素早く動いた後、残像を残して敵の目を眩ます魔法だ。
動体視力を鈍らせるため、敵からすればより速く動いているように見える。
ミリアは速度パラメーターの上昇が速いから、おそらく速度系のスキルを持たせれば何らかの魔法スキルが開発されると踏んでいたが、どうやら読みは正しかったようだ。
つまり、
「ミリア。
「かしこまりました。坊っちゃまの魔法開発のために誠心誠意尽くさせていただきます」
ミリアはネズミを捕まえる際に
そうしてルイにとって審判の日、魔法学園の入学式の日がやってくる。
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