第5話 生き方の違い
【シェア&マジック】で初めに登場するヒロインであり、主人公天城祐介の幼馴染でもある。
幼馴染キャラらしく、常に主人公の側におり、主人公の理解者として振る舞う。
幼少から主人公と一緒に過ごしており、半分男友達のようになっている一方、胸の内に秘めた好意を抱いており、鈍感な主人公にヤキモキしているという幼馴染キャラに求められる萌えポイントを的確についた完成度の高いキャラクターだ。
が、彼女にはもう一つの一面がある。
瞬殺の椿。
プレイヤーからつけられたこのあだ名の通り、ルイ死亡
会話演出スキップ機能などをフル活用すれば、ゲーム開始後最短10分で椿がルイを瞬殺する動画もある。
もしこのままシナリオが進行すれば、【シェア&マジック】の主人公天城祐介の選択次第では、1ヶ月後にルイはこの少女に殺されることになる。
「まあ、なんて美しい御子息でしょう」
「珠のように美しい貴公子ですな」
椿の両親がお世辞を述べた。
椿はルイのことを見ると少し頬を染めて微笑んだ。
年頃の娘らしい愛らしい仕草だが、ルイは戦慄せずにはいられなかった。
彼女の傍には愛刀菊一文字が立てかけられている。
ゲーム内における彼女の特徴は速攻。
目にも止まらぬ居合斬りと必ず先手を打てるスキル
彼女をパーティーに加えれば、ほぼ確実に相手に先手を取られることがない上、初手で敵に大ダメージを与えられることもある。
攻撃力と速さに全振りしすぎているため、防御力が低いのが玉に瑕だ。
だが、先手を取ってほとんど魔力消費もなく打撃を与えられることの魅力は計り知れず、速攻主体のパーティーを目指す場合には欠かせないキャラクターとなる。
ルイも前世でゲームをプレイしている時には、何度も椿のスキルのお世話になっていた。
だが、プレイヤーの間は頼りにしていた瞬殺スキルも悪役貴族となった今となっては恐怖でしかない。
ルイはどうにか緊張を悟られないようにしながら一礼して、彼女の向かいの椅子に座った。
(落ち着け。死亡ルートは避けられる)
今のルイは
案外、すんなり縁談が進むかもしれない。
婚約が成立すれば、この後待ち受けている彼女の恨みを買うイベントも避けられるはずだ。
「遅れてしまい申し訳ありません。ルイ・クルスと申します」
「ルイ、こちらは
ゼノンが御門家の面々を紹介すると、御門家の当主と奥方も自己紹介を始めた。
そして娘の椿も。
ルイの恐怖をよそに会食は和やかな雰囲気で進んだ。
御門家の者達は、ルイに興味津々だった。
椿もじっとルイのことを見つめる。
ちなみに椿は最終試験で祐介をヨイショしていた黒髪清楚の幼馴染キャラと同一人物である。
彼女は最終試験でのことを覚えているのだろうか?
ルイが醜態を晒したあの最終試験でのことを。
こちらのことを好奇心を持って見つめるその目は、まるで初めて会った人間に対するもののように思えた。
ルイは彼らからの質問に卒なく答えていく。
御門家の者達はその度に感心したようなため息をもらす。
どうやら御門家の当主と奥方は今回の縁談にかなり前向きなようだ。
すっかりルイと椿を婚約させるつもりでいるらしい。
この後起こる惨劇の予兆など微塵も感じさせない。
「
両親からの質疑がひと段落したところで椿が祝辞を述べた。
「ありがとうございます」
「ルイ様は影魔法が得意だそうですね。私も1ヶ月後魔法学園に入学する予定です。
椿は本心からそう聞いてきているようだった。
ひたむきに魔導を極めようとしている姿勢は原作から変わりないものだった。
「ぜひお聞きしたいです」
「いいでしょう。お見せしましょう。
ルイが呪文を唱えると、影がうごめき、壁の一面を真っ黒に染める。
そしてその壁から2人のメイド服を着た娘が現れた。
黒髪のメルと赤髪のカーラ。
メルの手には焼きたてのパンを乗せたバスケットが抱えられている。
カーラは葡萄酒の瓶を抱えている。
2人は愛想良く客人にパンと葡萄酒を振る舞った。
「おお、これが
「影から人が。なんて不思議な魔法」
「これが最新技術、魔法シェアリングの威力です。私1人の力だけでなく、彼女らの力も借りることによってこのような奇跡を生むことができるのです」
「えっ!? 彼女らも魔法を使うことができるのですか?」
「はい。メル。カーラ。少しお客様のために君達の力を見せてあげて」
「「はい。ご主人様」」
メルとカーラは影を自在に動かして壁に絵を描いてみせる。
さらには花瓶に差し掛けられた薔薇の花に影を伸ばし、生気を
「このように魔法をシェアすることで、自身の魔法を他の人間と共同開発することができ、加速度的に成長させることができるのです」
御門家の当主はしきりに感心して顎をさすっている。
奥方はまるで自分が縁談の相手であるかのように瞳を輝かせている。
ゼノンは鼻高々だった。
すべてはゼノンの目論見通り上手くいきそうだった。
その後も互いの両親は互いの子供のお世辞を述べ続け、2人の縁談はもはや決まったかのような雰囲気が醸し出される。
「御子息に婚約者はおられましたかな?」
「いえ、まだ決まった相手はおりません。最近縁談の申し込みが絶えることがありませんが、なかなかこれといったちょうどいい相手がいませんでね」
「ほう。そうですか」
「椿お嬢様は? 御門家は魔法界における名家。その上、これだけお美しいお嬢様ともあれば、申し込みは絶えないのでは?」
「それがなかなか娘が首を縦に振りませんでな。我々もそろそろ娘の嫁ぎ先を決めなければと思ってはいるのですが……」
「ほう。それはそれは。ご当主もさぞかし心配でしょう」
「ええ。どこかにやんごとなき身分でちょうど娘と歳の近い貴公子がいればいいのですが」
と、このような会話が続き、あとはどちらが切り出すかという問題だけだった。
その場にいる全員がルイに期待を寄せるような視線を送る。
ルイは期待に応えてプロポーズする。
「そっちがしたいなら婚約してやってもいいぜ」
ここは一応原作通りのセリフを述べておく。
その場にいた者達はいきなり変わったルイの口調に若干違和感を覚えるものの、御曹司の言葉に一応満足して、椿の返事に期待を寄せる。
が、そこでそれまでほとんど喋らなかった椿が食器を置いて切り出した。
「ゼノン様。この度はお招きいただきありがとうございます。ルイ様も素敵な魔法を見せていただきありがとうございます。ですが、申し訳ありません。この度の縁談、お断りさせていただきます」
その場に緊張と動揺が走った。
それまで愛想よく話していたゼノンとエレノアは、途端に不愉快そうになる。
メルとカーラも殺気立った顔をする。
「いったい何を言い出すんだ椿」
「そうよ。こんないい話滅多にないことよ」
「私の息子が気に入らないというのか?」
ゼノンがこめかみに青筋を立てながら言った。
「いえ、そのようなことはありません。ルイ様は私にはもったいないほどご立派な方です。このような機会を設けていただけたこと大変光栄に思います。ただ、私は自分の婚約者は自分で選びたいと思っているのです」
ゼノンの厳しい顔つきにも動じず、椿はキッパリと言い放った。
ゼノンはますます顔つきを厳しくする。
「何が足りない? 金か? 家柄か?」
「そんな。滅相もない。クルス家はどこからどう見ても立派な家柄の貴族です。決してそのような含みはありません」
椿は慌てて弁解した。
「私が問題にしているのは家柄でも財産でもありません。私の意志です。思うに、私はまだまだ未熟なのだと思います。恥ずかしながら、これまで心惹かれる男性に出会ったことがありません。いいえ。男性だけではありません。剣の修行以外、何事も得心がいかないというのが本音です。このような状態でルイ様からの申し出をお受けしても、きっとお互いに後悔することになると思うのです。だから私は魔法学園で学問を修め、見聞を広め、しかるのちに自分の心に問いかけたいと思っているのです。だから今の時点でルイ様からの申し出をお受けすることはできないのです」
そうして椿は自分の価値観を述べるものの、言えば言うほどゼノンの鬱屈した感情は増すばかりだった。
ルイが思うに、2人は生き方が違うのだ。
方や上流階級の仲間入りがしたくてしょうがない男。そのことに半生を捧げてきた男。
方や元々上流階級にいるにもかかわらず、その地位を捨てて、自由な生き方を目指している少女。
このように正反対の生き方を目指す人間がどれだけ互いの価値観を話しあったところで、理解が深まるどころか、話せば話すほどますます溝が深まり、傷つけあってしまう。
「椿」
ゼノンが何か言いかけたところでルイは割って入った。
「よければ2人で庭に出ませんか?」
「わー。綺麗な庭ですね」
椿はクルス邸の庭を歩きながら言った。
冬の終わりに近づいた庭はまだ緑も花も備えていないが、枯れ葉やむき出しの枝などこれはこれで風情があった。
ように見せている。
いつもはもっと悪趣味な備品、ろくに手入れされずボーボーに生え散らかした木々が多数放置されているのを影に隠しているので、小綺麗にまとまっていた。
上流階級が多数訪れることで、ゼノンとエレノアもだいぶ彼らの琴線に触れるものが理解できるようになり、屋敷内はかなり趣味がよくなっていたが、まだ庭にまでは改装が及んでいなかった。
この日は先にいかがわしい置き物を片付けて手入れしていない木々を影で覆って隠していたため、椿にも見せられる内容になっていた。
「あ、蕾だ」
「もうすぐ春ですね」
2人は庭の中心にあるベンチに腰掛けた。
「本当に申し訳ありません。せっかくもてなしていただいたのに色良い返事をすることができなくて」
「いえ、お気遣いなく。むしろ感服しました。年長者ばかりのあの場であれだけ堂々と自分の意見を語れるとは。見上げた独立心と正直さです。なかなかできることではありません」
「はは。そう言っていただけると助かります。きっと両親にはまた後で色々言われると思いますので」
椿は苦笑しながらそう言った。
そしてふと真顔になる
「ただ、あれが私の嘘偽りのない本心です。変わってると思われるかもしれませんが、私は他の人が欲しいものも欲しいとは思わないのです。私にはまだ貴族同士の婚約の意味がわからない」
椿は遠い場所を見るような目をする。
「無理にわかろうとする必要はないと思います」
「えっ?」
「私もあなたもまだまだ若輩者。無理に世界のすべてを理解する必要はないと思います」
「はは。なんだかすみません。ルイ様には気遣いばかりさせていますね」
「いえ、むしろあなたの考えが聞けてよかった。それに婚約者にはなれませんでしたが、あなたと私の関係はこれで終わりではありません。魔法学園での学友にはなれます」
「ええ。そうですね。私もあなたにお会いできてよかった。
「婚約が成立しなかったから……というわけではありませんが、もしよければ魔法のトレードをしませんか?」
「魔法のトレード?」
「はい。お互いの魔法をシェアしてそれぞれ育てる。学園が始まる頃に互いの成長を見せっこしましょう」
「わー。いいですね。ぜひやりましょう」
「では、
「えっ? なぜ私が
「いえ、ただの当てずっぽうです。御門家は代々雷魔法を得意としていると聞いていたので、椿も速さに関連した魔法が得意なんじゃないかと思ったのです」
「なるほど。そうでしたか。いや、まいったな。なんでも見抜かれてしまう。あなたの聡明さには敵いませんね」
「では、椿のスキル
「ええ。魔法学園の入学式までにどれだけ開発できるか競争ですね」
2人は魔力を10ずつ込めたコードを発行し、互いの手の甲に貼り付けた。
(これでよしっと)
これを入学式までに椿よりも育てておけば、初手で椿に殺されることはなくなる。
たとえ、入学式で椿に斬りかかられたとしても、初手さえ封じれば、あとは影魔法で対応できるはずだ。
ルイは屋敷の方に目を移した。
そろそろ互いの両親の間で話がついている頃だろう。
「そろそろ戻りましょうか」
「ええ。色々とお心遣いありがとうございます」
「椿……」
「?」
「いえ、なんでもありません」
言っても仕方のないことだ。
この後、椿に降りかかる惨劇のことなど。
ここまで何もかも【シェア&マジック】のシナリオ通りだった。
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