第4話 縁談
それは一つの魔法を極めし者に贈られる称号。
通常、学院を卒業し、数多の修行を経てLV100になることでようやく取得できる称号だった。
成人すれば
ルイの将来は約束されたも同然だった。
そのため、それまでクルス家に対して冷淡だった上流階級の者達が、こぞってルイに興味を示し、あわよくば縁談を結ぼうとするのも無理のない話だった。
「こっちの果物は?」
「控室に回して」
「客間のお掃除済んだ?」
「済んだ。本日、お泊まりのお客様は何名だったかしら?」
「全部で10名」
「部屋足りないんじゃない?」
「奥の倉庫になってる部屋も片付けなきゃ」
「ああ、もう。急に忙しくなってきたわね」
メイド達は忙しなく客人を迎える準備に奔走していた。
忙しそうだったが、その表情は明るい。
客人が来るというのはいいことだ。
屋敷の風通しがよくなる。
何より貴族の客人が来れば、その召使達から
彼女らのような召使にとって唯一の娯楽といえるものだった。
ルイには縁談が舞い込み、クルス家は貴族達に取り入る側から一転、取り入られる側に回った。
こうなってくると元気になってくるのが、ゼノンとエレノアだった。
2人とも自慢の息子をダシにして上流階級との交流を盛んにし始めた。
特にゼノンは縁談を申し込んでくる貴族達に積極的に駆け引きを展開した。
貴族達の家格と資産を値踏みして、持参金を釣り上げるのだ。
商人時代に培った持ち前の交渉力で、訪れた貴族達からの問いかけにもったいぶった回答をする。
「ルイは本日、魔導協会の方に出かけていましてね。もう少しで帰ってくると思うのですが」
ルイに会いたくてやってきた客人に対し、そのようにもったいぶった言い方をしてなかなか会わせない。
自分は彼らに特に興味がないという風を装って、彼らの方から興味深い話を引き出す(実際、貴族達はなんとかゼノンの気を引こうと躍起になった)。
いい加減いつになったらルイは現れるのかと客人が焦れたところで、さりげなく使用人に合図してルイを呼び出す。
するとルイはいかにも今、帰ってきたかのように装って食卓に現れる。
「今、帰りました父上。遅れてしまい申し訳ありません」
満を持して現れたルイに客人は感動する。
見目麗しい容姿、物腰柔らかな態度、しゃべれば溢れ出る魔法に関する知見。
これにはお貴族様も感心の余りため息を漏らし、年頃の御令嬢もうっとりとするばかりであった。
そうして客人がルイに魅了されたところで、ゼノンは何かと理由をつけてルイを引っ込める。
「申し訳ありません。ルイは少々疲れているようだ。今夜はこれくらいにしてまたの機会に」
客人はまたルイに会いたくて仕方がなく、クルス一家を上流階級の社交界に、そして自分の屋敷に招待するのであった。
ルイはこれらゼノンの演出した芝居に毎晩のごとく付き合わされていた。
(やれやれ。父上も商売熱心だな。ここぞとばかりに自分の息子を高値で売りつけようとしやがる)
ルイは自室のソファに横たわりながらそう独りごちた。
そんな風にくつろいでいると、ルイの広大な影、1人の少年の影としてはあまりにも大きく深く暗い影に波紋が広がった。
ルイが手をかざして許可するような仕草をすると、魔法陣からメイド服の娘メルが現れる。
「おつかれさまです。ルイ様」
メルがお盆を片手に現れた。
お盆にはルイの好きなエリゴ水(魔力の多く含まれた果実エリゴを炭酸水で割ったもの)の瓶とコップが載っている。
「メル。母さんは?」
「お客様が帰られた後、お休みになられました」
「そっか」
「エリゴ水をお持ちしました。どうぞ」
「ありがとう。おや?」
――――――――――――――――――――
【メル・マーシ】
魔力:45/70
――――――――――――――――――――
「メル。
「はい。レベル10に上がったんですよ」
メルは誇らしげに自身の手の甲のコードを見せる。
影と影を繋ぐ
メルは
メルに以前の泣き虫だった面影はなかった。
むしろ今となっては、エレノアの手際の悪い指示に反論して家事を取り仕切るほど頼もしくなっていた。
メルがエリゴ水をコップに注いでソファの近くにあるテーブルに置いていると、またルイの影に魔法陣が点滅した。
赤髪のメイド、カーラが現れる。
「ルイおぼっちゃま。エリゴ水をお持ちいたし……あっ!」
カーラはすでにテーブルに置かれたエリゴ水を見てハッとする。
(くっ。一歩遅かったか)
カーラはメルを睨みつけて、火花を散らせる。
メルは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
最近、クルス家の女中連ではこの2人が勢力を二分していた。
2人ともルイの魔法開発手伝いにおいて他とは一歩抜きん出た功績を上げており、ルイの寵愛を受けようと盛んに競い合っていた。
生まれてこの方こき使われた記憶しかない彼女らにとって、貴族の御曹司から得られる報酬と承認は麻薬のような快楽だった。
もっと欲しい。もっとルイ様に認めてもらいたい。
そんな気持ちが彼女らの労働意欲をますます高めるのであった。
ルイとしては魔法開発が捗って嬉しい限りであったが、若干競争が過熱しすぎている
ともあれ、クルス家は上手く回っていた。
ゼノンとエレノアは訪れる客への対応に忙しく、使用人をいびっている暇がないし、使用人達はいずれもルイへの強い忠誠心を育んでいた。
これならルイが使用人から殺されることはないだろう。
ひとまず、屋敷内のことは安心だった。
「えっと、じゃあ、みんなで飲もっか」
ルイがそう言うとメルとカーラはパァッと顔を明るくした。
3人はコップと瓶で乾杯した。
ゼノンはひっきりなしに来る上級貴族からの手紙をさばき、誰を招待するか検討していたが、流石にそろそろルイの婚約者を決めなければならないと感じていた。
ルイの魔法学園入学まであと
ルイの今後のキャリアのためにも魔法学園に入学させるのは既定事項だったが、あの息子のことだ。
魔法学園でうっかり平民の娘に誑かされて、過ちを犯さないとも限らない。
その前に婚約者を確定させておきたいというのがゼノンの考えだった。
それに若干15歳で
世間の話題の移り変わりは速い。
今、盛んに持て囃されているからといって今後もそれが続く保証はない。
ゼノンは商機を逃すほど愚かではなかった。
ルイは今が売り時。
株価が高くなった今のうちに利益を確定させておかなければ。
そうして、売り手を入念に検討していたところに格好の買い手が現れた。
(ふむ。ここにするか)
ルイは昼食に備えて正装していた。
今日はやんごとなき家柄のお嬢様が来るとのことだった。
今日のゼノンはいつにも増して神経質だった。
ルイに何度も「今日は絶対に外すなよ」「予定は空けてあるだろうな?」としきりに尋ねたり、執事や執事見習い達に支度は予定通りに進んでいるかと何度も確認したりするのであった。
(いよいよこの時が来たか)
おそらくゼノンはルイの婚約者を誰にするか決めたのだ。
ルイは衣服を整え、いつも通り少し遅れて食卓へと降りていった。
上座に座るゼノンがしきりに客をもてなしている声が聞こえる。
長いテーブルで自分の傍に客人を座らせ、いつになく愛想を振りまいて話しかけている。
客人は洋風の建物、内装、家具、食事に不釣り合いな袴と着物を着ていた。
欧米なのか日本なのか。
はたまた中近世なのか現代なのか。
その辺曖昧でごちゃ混ぜな【シェア&マジック】の世界で和風の格好をした人達がいるのは不思議なことではない。
問題はテーブルの端に座っている人物だった。
鮮やかな紅の着物に身を包んでいる黒髪の少女。
ルイは彼女に見覚えがあった。
「おお、来たかルイ。さあ、こっちに座れ」
ルイはお嬢様と思しき着物の少女の前に座るよう促される。
(やはりこうなってしまうか)
「ルイ。こちらが今朝話していた
その着物の少女は前世で幾度となく見てきた人物だった。
凛とした瞳。
長く艶やかな黒髪を後ろで縛り髪飾りで纏めている。
【シェア&マジック】の一人目のヒロイン。
御門椿。
通称、瞬殺の椿。
魔法学園の入学式においてルイを殺すことになる少女だった。
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