第3話 魔法シェアリング

 食事を終えて自室のベッドに潜り込んだルイは、ルイとしてのこれまでの人生とクルス家について、記憶を遡り、思いを馳せてみた。


 クルス家は特権階級面しているが、その実態は成り上がり。


 デカ過ぎて持て余している家。


 いかにも一代で財を成した者特有の悪趣味な調度品の数々。


 ルイの父、ゼノンは商才に優れ、その蓄えた財力でもって爵位も買い取れるほどだったが、上流階級の付き合いにはからっきしで社交界に溶け込めていなかった。


 社交界に認めてもらおうと躍起になって見様見真似で貴族らしく振る舞うものの、やればやるほど空回るばかりでますます貴族コミュニティから浮いてしまうのであった。


 ルイの母、エレノアは一応爵位持ちの家系だが、実家は凋落著しく、財政的には火の車で客人を招くこともできず社交界からは見捨てられた名ばかりの貴族だった。


 また甘やかされて育ったため、貴族としての社交スキルも身につかないまま歪んだ特権意識ばかり肥大して大人になってしまった。


 エレノアはエレノアでゼノンの財産を当てにして、上流階級への仲間入りができると期待していたが、財産だけではこの国の社交界に入り込むことはできなかった。


 屋敷にやってくるのはもっぱら昔からの没落貴族仲間ばかりで、変わり映えしない毎日にがっかりしていた。


 結婚した当初はあった夫婦熱も今やすっかり冷め切っており、夫婦とも使用人をいびるだけの鬱々とした毎日を送っていた。


 そんな中、息子のルイが魔法の才能を発現させたのは暁光と言えた。


 この世界で魔法をマスターした者には特別な地位が与えられる。


 平民出身でも上流階級と同等とみなされる特別な地位だった。


 ゼノンとエレノアが狂喜したのは言うまでもない。


 2人はルイを可能な限り甘やかして育て、教育には惜しみなく金を使った。


 だが、それは逆効果。


 ルイは両親の中途半端な貴族教育、特権階級意識のために、平民階級にも貴族階級にも交われない孤独な少年時代を送ることになってしまった。


 生来の残念な性格に加え、両親の歪んだ価値観も植え付けられたものだから、なんとも痛々しい人間に育ってしまう。


 彼がこの後魔法学園において数々の悪事をこなし、ことあるごとに痛々しい言動を取って、主人公に突っかかるのにはこういった背景があった。


 主人公のようにヒロイン達に認めてもらいたかったものの、その歪んだ価値観から的外れな言動をとってしまい、行動すればするほど嫌われてしまうが、かといって両親から寄せられた期待と肥大した特権階級意識から引き下がることもできず、最終的に主人公に返り討ちにされ、ヒロイン達に惨殺されてしまうというわけだった。


 これら彼の抱えていた事情に鑑みると、自業自得な一面もあるとはいえ、やはり同情を禁じ得なかった。


(ゲーム内ではついぞ幸せにはなれなかったルイだが、なんの因果か俺が宿った今回の人生においては幸あらんことを。せめてヒロイン達によって惨殺されることだけはないように)


 ルイはそう祈りながら目をつぶって眠りについた。




 今日も今日とて、クルス家にはエレノアの怒号が響き渡る。


「ちょっとこんな仕事にいつまで時間をかけているのよ」


(今日も怒鳴ってるな母さんは)


 エレノアは小姑のごとくメイド達の仕事ぶりを叱責していた。


 ベッドメイクから洗濯、床や窓の掃除、家具や食器の運搬。


 屋敷内のどこを見てもいい加減な仕事しか見当たらなかった。


 だが、メイド達が満足に仕事できないのは、エレノアにも問題がある。


 用具が老朽化しているのに一向に変えない。


 指示や仕事の割り振りがあやふや。


 そもそも家がデカすぎて掃除の手が回らない。


 だが、説教だけは小一時間たっぷり時間をとってやる。


 こんな主人の元では仕事が手につかなくなって当然だ。


 メイド達はうんざりした様子でうなだれている。


 父、ゼノンも相変わらず使用人に対して鬱憤をぶつけている。


 せっかく莫大な資産を投じてデカい家を建てたというのに、誰一人クルス家に訪れようという貴族はいなかった。


 使用人達の顔色は日に日に暗くなっていった。


 このままではヒロインに殺される前に使用人達に殺されてしまう。


 ルイはこの家に上流階級の客人を招く必要があると思った。


(父上と母上が使用人にきつく当たるのは要するに暇だからだ。客人を呼ぶことができれば、意識が外向きになって、使用人にきつく当たるのも控えるようになるだろう)


 ルイはエレノアにお小遣いをねだるとともに、メイド達を貸してくれるようにせびる。


 ルイのことを猫可愛がりしているエレノアは、喜んでルイにお金とメイド達の指揮権を渡すのであった。




 夕方、メイド達はうんざりした表情でルイの部屋に集まっていた。


 ただでさえ、朝からゼノンの要領を得ない命令とエレノアの気まぐれな癇癪に振り回されているのに、今度は問題児のルイにまで呼びだされていったい何をさせられるのだろう。


 これ以上追加で何か命じられるとなったら、いよいよ辞職も視野に入れなければならない。


 しかし、不況のこのご時世に自分達のような何のスキルもない娘に仕事などあるだろうか。


 そんなふうに暗澹たる気分でいると、ルイが言葉を発した。


「みんなよく来てくれたね。みんなに集まってもらったのは他でもない。僕の魔法開発を手伝って欲しいからだ」


 メイド達は一様に暗い顔で俯いた。


 自分達に魔法開発の手伝いだなんて。


 いったい何を言い出すんだろう、この精神異常者は。


「何、魔法開発なんて言っても大したことじゃない。ただ、普段の業務で僕の魔法を使って欲しい。それだけなんだ」


「はあ。ぼっちゃまの魔法を……ですか」


 メイド達のリーダー格であるカーラが要領を得ないながらも言葉を返す。


「うん。それでもしやってくれるのなら、通常の給与に加えて余分に追加手当を支給しようと思う」


 追加手当という言葉にメイド達は全員目ざとく反応して顔を上げる。


 彼女らはもらった給与をほとんど全額実家に仕送りしていて、自分達で自由に使えるお金など雀の涙ほどしかなかった。


 追加手当は喉から手が出るほど欲しいものだった。


「ちなみにそれはいくらほどで?」


「1日、100シェル。もし、魔法開発が上手くいった場合、さらに追加で100シェル出させてもらうよ。期間は本日より1ヶ月」


 ルイは母からもらった銀貨袋をテーブルの上に載せる。


「どうかな? やってくれる人はいる?」


 メイド達は全員顔を見合わせた後、進み出てルイの申し出を受け入れるのであった。




 翌朝、ルイはメイド達を集めてとある儀式を行っていた。


 その儀式とはこのゲームの醍醐味、魔法シェアリングだ。


 ルイは昨日、鏡を通して見た自身のステータスを思い出す。


 属性、魔法、そのさらに下位に類する概念、スキルを。


――――――――――――――――――――

【ルイ・クルス】

 影魔法 LV5

  →吸収ドレイン:LV1

  →接続コネクト:LV1

  →潜伏ハイド:LV1

  →具現マテリアル:LV1

  →探知サーチ:LV1

――――――――――――――――――――


 実に多彩なスキルの数々。


 まだ、非表示のものも含めれば無限の可能性を孕んでいるとも言える。


 だが今回、シェアするのはスキル吸収ドレイン


「まずはカーラ、君からだ」


 カーラに手を出させて、そこに手をかざし、コード発行の呪文を唱える。


「魔力10でコード、吸収ドレインを発行」


 すると、カーラの手の甲には影魔法のコード、常人には決して解読できない魔法文字の羅列が焼印のように刻まれる。


 これで魔力10がカーラに貸し出されると共にスキル吸収ドレインが共有された(スキルを一つシェアするには、最低でも相手に魔力を10貸し出さなければならない)。


「っ」


 カーラは熱いものを押し付けられた感触に顔をしかめた。


 不安げに自身の手の甲を見つめる。


「そのコードは契約が切れたら消えるから。心配しなくても大丈夫だよ」


 そう言われてカーラはホッとする。


 そして、自身の異変に気づいた。


 普段は足のつま先までしかない感覚がその先まで伸びている気がする。


 試しに足の先を揺らしてみると、影がゆらゆらと動いた。


(何これ。まるで影が自分の体の一部みたいに)


「それが影魔法だよ。君は今、僕の影魔法をシェアしたんだ。どう? 違和感とかない?」


「不思議な感覚です。まるで影が自分の体の一部になったような」


「うん。それでいいんだ。成功だよ。じゃあ、もう少し難しいこともやってみようか。吸収ドレイン


 ルイは自分の影を動かして部屋の隅に積もったほこりまで伸ばした。


 すると埃は影に吸い込まれて消える。


「これが影魔法の1つ。吸収ドレインの魔法だよ。カーラ。君もやってみて」


「は、はい。吸収ドレイン


 カーラは部屋の埃のある場所まで影を伸ばして吸い込もうとした。


 だが、ルイほどスムーズに吸い込めない。


「ん、ぐぐ」


 時間はかかったものの、埃をすべて吸い込むことができる。


 すべて埃を吸い込んだところで、力尽きたかのようにがくりと膝を床に落とす。


 影は急速に引っ込んで元の形に戻る。


「くっ、はあっ、はあっ」


 カーラは額の汗を拭った。


「大丈夫?」


「はい。ちょっと立ちくらみがして。すみません」


「初めてにしては上出来だよ。それじゃみんなもやってみようか」


 ルイは一人一人の手の甲にコードを発行して、それぞれ吸収ドレインの魔法を使わせてみた。


 各々、技術レベルに差はあるものの概ね問題なく吸収ドレインの魔法を使うことができた。


 ルイは屋敷の見取り図を広げて、それぞれが担当するべき場所を取り決め、仕事を割り振った。


 1ヶ月以内にそれぞれの担当範囲をこなすことを目標とした。


 メイド達は割り振られた仕事に意欲をもって取りかかった。




 メルは担当場所で影を操ってスイスイ埃と汚れを取り除いていった。


(おおー。これは楽ちん)


 バケツに水を汲む必要もない。


 冷たい水に手を入れて雑巾を絞る必要もない。


 まるで色塗りのように部屋に影を這わせればいいだけだった。


 影の形を自由自在に変えるのは楽しく、どこまで伸ばせるのか、どこまで広げることができるのか、ついつい試してしまう。


 すると、手の甲に描かれたコードが突然光り、魔法文字が書き換えられた。


「きゃっ?」


「どうしたメル?」


 ちょうど近くを通っていたルイがメルの担当場所に顔を出す。


「申し訳ありません。ご主人様。なぜかコードが変わってしまって」


 メルはオロオロしながらルイに書き換えられたコードを見せる。


「ああ。これはレベルアップだよ」


「レベルアップ?」


「そう。魔法の開発に成功した証さ」



――――――――――――――――――――

【メル・マーシ】

 魔力:8/12(+2)

 吸収ドレインLV2(+1)

  →操作LV1

  →増幅LV1(NEW)

――――――――――――――――――――



 これが魔法シェアリングの効用の一つ、レベル上げ代行である。


「おめでとう、メル。はい、これ。ボーナスだよ」


 ルイはメルに銀貨を渡した。


「わ、いいんですか? もらっちゃって」


「うん。この後も頑張ってね」


 ルイはそれだけ言うと、さっさと別の娘の下に行った。


 別の場所からもメイドの困惑している様子が伝わってくる。


 おそらく他のメイドもレベルアップしているのだ。


 そうしてルイが銀貨を配って歩いた結果、メイド達はより意欲をもって仕事をこなすようになり、エレノアが遅めの起床を果たす頃には家の中はくまなく掃除されていた。


 ルイの見立て通り、メイド達の仕事がはかばかしくなかったのは、給与の低さと仕事範囲の曖昧さにあったようだ。




 ルイは夜になると、鏡の前に立って自身のステータスを確認する。



――――――――――――――――――――

【ルイ・クルス】

 吸収ドレイン:LV25

  カーラ :操作LV3

  メル  :増幅LV3

  リザ  :節約LV3

  ミリア :速度LV3

  ロゼ  :威力LV3

  アン  :集中LV2

  クリス :持続LV2

  ティア :細分LV2

  エマ  :放射LV2

  ターニャ:命中LV2

――――――――――――――――――――



 10人それぞれがその個性に合わせて吸収ドレインの下位パラメーターを向上させた。


 被っているパラメーターについては省略してある(例えば、操作LV1は全員持っているが、最も高いカーラの操作LV3が表示されているので省略)。


 そして、下位パラメーターのレベルをすべて足したものがスキルレベルとなる。


 ルイはLV25の吸収ドレインが使えるということになる。


 通常、ここまでレベルが上がることはまずない。


 魔法シェアリングによって10人にレベル上げ代行を頼んだ効果といえよう。


 1日でこの上昇率。


 この調子でいけば吸収ドレインのスキルはすぐにLV100までいくだろう。


 そうして影魔法のレベルを上げていき、1ヶ月が経った頃。


 ある日、クルス邸には見慣れぬ客が訪れていた。


 その清らかな衣に身を纏う男は自らを神官魔導士ルーンキャスターと名乗った。


 魔導神殿の神官がこのような貴族の端くれを訪ねるとは。


 いったい何事かと目をパチクリさせるゼノンとエレノアに神官魔導士ルーンキャスターは、微笑みを浮かべながら告げた。


「幸いなるかな。魔導に導かれし子らよ。クルス家のご当主と奥方、おめでとうございます。本日、神託があり、それによるとあなたがたのご子息ルイは一つ星の魔導士シングル・ウィザードとなりました。ここに謹んでお祝い申し上げます」


 こうして、ルイは神官魔導士ルーンキャスターより祝福を授けられた。


 ルイが一つ星の魔導士シングル・ウィザードになったという知らせは上流階級の社交界を駆け巡り、クルス邸には貴族達が競うようにしてお祝いを述べに訪れた。


 クルス邸には毎日のように客人が訪れ、ルイには縁談の申し込みが殺到した。

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