第2話 得意魔法
「おお、さすがぼっちゃま。制服がよくお似合いです」
クルス家の執事らしき男がお世辞を言う。
「うむ。さすがは俺の息子だな」
「我が息子ながら凛々しいわ」
アーシェンウッド魔法学園の最終試験を無事合格したルイは、迎えに来た両親と執事に制服姿を披露していた。
両親もルイの制服姿に鼻高々といったところか。
しかし、そう言いながらも校舎から出てくる生徒には眉をしかめている。
徹底した実力主義を謳うこの学園においては、身分の貴賎なく才能ある若者を集めているのだ。
当然、その中には貴族だけでなく平民出身の者も入学を許されていた(履いている靴を見れば大体の身分は計り知れた)。
「まったく。何を考えているのでしょう。この学園の理事は」
「同感だな。ルイに悪影響を及ぼさないか不安で仕方がないよ」
「あなた。学園の理事になんとか言ってやれないんですか?」
「そうだな。今度、書簡を送っておこう」
2人はそんな特権階級意識を滲ませた会話を繰り広げながら、ルイの両脇を固めて、校舎の道を下り、帰りの馬車へと乗り込む。
前世来栖類、今世ルイ・クルスは、帰りの馬車に揺られながら、自身に降りかかった因果な運命と今後の身の振り方について考えを巡らせるのであった。
クルス邸に帰ったルイは、自室に戻ると思案を巡らせた。
この世界はどう考えても【シェア&マジック】の世界。
そして、自分はどう考えても悪役貴族ルイ・クルスだった。
つまり、彼はこの後【シェア&マジック】の主人公
(どうする? 逃げるか?)
だが、どこに?
単純に未成年が家出しても生活の糧を得られる保証はないし、ルイは腐ってもクルス家の跡取り。
一応貴族の一人息子だ。
世界のどこに行っても、その家名はついて回り、あの両親はどんな手を使ってでも行方不明になった自分の息子を見つけ出し連れ戻すだろう。
それにルイが殺されるのは何もルイ本人の言動によってばかりではない。
作中においてルイの両親やクルス家の召使達、他の貴族の子弟を起点にして結果的に主人公・ヒロイン勢の逆鱗に触れ、ルイが死亡することも往々にしてあることだった。
何よりも試験中、表に出たあの人格。
主人公とヒロインを前にして現れた
それを思えば、この家から離れるのはかえって危険なことに思えた。
紛いなりにも保障された貴族の子弟という身分を捨ててルイ死亡フラグだけはしっかり立つ、なんてことになれば目も当てられない。
【シェア&マジック】においてルイの破滅は、かなり綿密にシナリオに組み込まれており、生半可な行動では抜け出せなかった。
(となれば、手は一つ)
ルイは自室の壁掛け鏡に自身の姿を映す。
すると、自分の右目付近に緑色に光る文字と数字、記号が羅列される。
(主人公やヒロイン達よりも強くなる。殺されないくらい強くなって、ルイ・クルスの死亡エンドを回避する)
――――――――――――――――――――
【ルイ・クルス】
魔力 :100/100
火属性:LV1
水属性:LV1
雷属性:LV1
土属性:LV1
闇属性:LV1
――――――――――――――――――――
「火属性、水属性、雷属性、土属性、闇属性、それぞれに魔力を20ずつ付与」
ルイがそう唱えるとステータスが変化する。
――――――――――――――――――――
【ルイ・クルス】
魔力 :0/100
火属性:LV2(+1)
水属性:LV2(+1)
雷属性:LV1(+0)
土属性:LV1(+0)
闇属性:LV5(+4)
――――――――――――――――――――
案の定、闇属性が一番伸びた。
それぞれの属性に均一に魔力を振り分けたにもかかわらず、である。
ルイはさらに闇属性の項目に視線を集中させる。
すると属性の下位項目、魔法が表示される。
――――――――――――――――――――
【ルイ・クルス】
闇属性:LV5
→闇魔法 LV0
→影魔法 LV5(+5)
→重力魔法LV0
→呪術魔法LV0
→死霊魔法LV0
→傀儡魔法LV0
――――――――――――――――――――
ドアの叩かれる音がした。
「ぼっちゃま。お食事の時間です」
ルイは部屋を出て食卓へと降りていった。
白いクロスのかかった長いテーブル上に豪華な食事が並べられている。
クルス家の食卓は会話もなく静かだった。
フォークと皿のカチャカチャする音が聞こえてくるばかりだ。
皿に乗った肉を口に運びながらもルイは考え事を巡らせていた。
鏡に映った己のステータス。
ゲームと同じシステムだった。
【シェア&マジック】のゲーム内でもプレイヤーは自身のステータスを確認する場合、鏡や水面など自分の姿が映るものをのぞく必要があった。
この世界においても自分のステータスを確認する方法は同じなようだ。
そしてルイの得意魔法も。
(ゲーム内と同じだ。ルイの得意属性は闇。その中でも影魔法を得意とする)
【シェア&マジック】の主人公、天城祐介は主人公だけあって魔法の習得速度はかなり速い。
ヒロイン達もかなりの強敵になるはずだ。
生半可な成長速度では到底太刀打ちできない。
最短距離で最強魔導士となるべく、得意魔法を重点的に鍛えるしかない。
モタモタしている暇はない。
急いで対策を練らなければ。
あの美しくも勇ましいヒロイン達。
味方にすれば頼もしいが、敵に回せば凶悪すぎるあのヒロイン達。
そして、彼女らから放たれる数々の強力な魔法。
あれらをこの身に受けることを想像するだけで震えが止まらない。
「まあ、なんなのあのカーテンは。ちょっと、この部屋を掃除したのはいったい誰?」
ルイの母、エレノアがヒステリックに叫んだ。
それだけで彼女の周りのメイド達はオロオロする。
「奥様、落ち着いてください」
「今日中にカーテンを替えるよう言っておいたはずでしょう? いったい誰なのよ。こんな杜撰な仕事したのは」
メイド達は互いに目配せする。
「え、えと、今日、この部屋を掃除したのは私です」
黒髪の内気そうな少女がおずおずと進み出る。
「まあ、またあなた? 確か前もミスしていたわね?」
「ひっ、申し訳ありませんっ」
テーブルを叩く音と共にスープが飛んできた。
ルイの頬にぬるっとした感触が伝う。
どうやらエレノアがテーブルを叩いた
「まあ、ルイ。どうしたの。顔にスープがついているじゃない」
エレノアがメイドに対する態度とは打って変わって猫撫で声で話しかけてくる。
ナプキンでルイの頬を拭いた。
15歳の少年に対するものとしては過保護がすぎる。
(というか、スープ飛び散らせたのはあなたなんですけど)
メイド達は顔を強張らせた。
彼女達からすれば、ルイは何をするかわからない危険人物だった。
メイド達に向かって、突然、魔法を放ってくることもある。
ルイとエレノアが絡むのは2匹のモンスターが絡むということなので、何が起きるかわかったものではなかった。
「母上。私は平気です」
「ダメよ。あなたはこのクルス家を継ぐ大事な跡取りなんだから。万が一のことがあっては困るわ。誰かお医者様を呼んできて」
メイド達はいつになく常識的なルイの態度に胸を撫で下ろした。
だが、エレノアが先ほど叱責したメイドの方を見咎めると再び緊張が走る。
「あっ、あなたいつまでそこに突っ立っているのよ」
エレノアは先ほど粗相をしでかしたメイドの娘に対して金切り声を上げる。
「ひっ」
「目障りだわ。さっさとお下がり」
「はい。申し訳ありません。うう」
彼女の名はメル。
のちにルイの専属メイドとなる娘だが、生来の不幸体質ぶりからエレノアに目をつけられて、いびり倒される毎日を送っていた。
ゲーム中盤までは一方的にいじめられるばかりだったが、積もり積もった恨みがやがて爆発し、ある日突然、ルイを刺殺する。
彼女がルイを殺すかどうかはルートに関係なく完全にランダムで、ルイを生かしたい場合はメルがキレるたびにセーブ地点まで戻ってやり直さなければいけなかった。
ルイはチラリと父親、ゼノンの方を見た。
イライラしているのはゼノンも同じだった。
荒れているエレノアを前にしてたしなめることもせず、しきりに貧乏ゆすりしている。
(父上、やはり社交界からハブられてるのか)
上流階級
というか、はっきり言って新参者に近かった。
ゼノンは貴族の社交界に深く入り込もうと躍起になっているが、まだ爵位を受けたばかりの新人に対して古参の貴族達は冷ややかだった。
「おい、君!」
ゼノンは執事に声をかける。
「は、なんでしょうかご主人様」
「なんでしょうかじゃない。なんだねこのワインは。こんなワインじゃお客様を満足させられないに決まっているだろう? いったい誰だ? これを用意したのは?」
「しかし、そのワインは……」
ご主人様の指示で購入したもの、と言おうとしたところでゼノンが遮るように言った。
「口ごたえはいい! とにかく、このワインを注文した奴は減給だ。1週間昼飯抜きにしておけ」
「は。かしこまりました」
反論は無駄だと悟った執事は、引き下がる。
そして、傍にいる者に執事見習いの一人を罰するよう言いつける。
この執事見習いはあとで叱責と罰を受けるだろう。
そして、その執事見習いの堪忍袋の緒が切れれば、やはりルイが刺殺されることになる。
(まずはこの屋敷内をどうにかしないとな)
常にルイの死亡フラグを乱立させる両親と召使達。
こんな環境ではおちおち魔法の習得もしていられない。
最短最強の道を目指すどころか、何かの拍子に後ろから刺されないとも限らなかった。
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