悪役貴族に転生した俺はゲーム知識で主人公より強くなる〜そうしてひたすら強化していただけなのに、ヒロイン達の様子がどこかおかしいのだが?〜
瀬戸夏樹
第1話 噛ませの悪役貴族
時計塔を中心にしたゴシックな建物から、鐘の音が聞こえてくる。
(そうだ。俺はこの光景を知っている)
クルス家の嫡子、ルイは前世の記憶を思い出した。
ここは前世でプレイしたゲーム【シェア&マジック】の世界だった。
【シェア&マジック】。
魔法学園で複数のヒロイン達と絆を深めながら、魔法の頂へと挑む恋愛シミュレーションとRPGを組み合わせたようなゲームだ。
魅力的なヒロインとの恋愛模様、迫り来る怪異との熱いバトル、自由度の高いキャラクター育成、登場キャラクター達と魔法をシェアすればするほど好感度が上がる独特のゲームシステムなどが好評を博し、景気の悪い昨今にあっては、好調な売れ行きを記録したゲーム。
ルイ・クルスの前世、
それだけに彼の焦りも
なぜなら彼が転生したキャラクター、ルイ・クルスは、ゲーム内のキャラクターからも、ゲーム外のプレイヤーからも忌み嫌われる悪役貴族だったからだ。
【シェア&マジック】には、たいていの恋愛シミュレーションゲームにあるようにヒロインの主人公に対する好感度がパラメーターとして設定されている。
特定ヒロインからの好感度によってシナリオルートが分岐していき、ヒロインと結ばれる結末に近づく。
ところが、このゲームには独特な要素として好感度だけでなく嫌悪感もパラメーターとして設定されている。
それも主人公にではなく、悪役貴族ルイ・クルスに対して。
主人公によるルート選択やそれまで積み重ねたヒロインとのイベント次第で、ヒロインの嫌悪感は積み重なり、悪役貴族ルイ・クルスは死亡する。
その死亡パターンは実に多彩で、最序盤に速攻で死んだり、終盤でヒロイン全員からタコ殴りにされた上で死んだりする。
ゲーム内におけるルイの役割は噛ませ犬だ。
事ある毎にヒロインに茶々を入れて、主人公やヒロインにやられる雑魚悪役。
そのやり口は浅はかな上、卑怯。
思わず嫌悪感を催さずにはいられないキャラクターである。
ルイの嫌われっぷりはゲーム内だけにとどまらず、ユーザーからの嫌われ方も凄まじい。
通販サイトのレビューによると「ルイさえいなければ完璧なのに」とのことだ。
来栖類はゲームをやりながら、ルイのその嫌われっぷりに同情を禁じ得ないほどだった。
性格は全く正反対だったが、名前がほぼ同じなこともあって、どこか他人事とは思えない気持ちでルイ死亡動画を見ていたが、まさかゲーム世界に入ってルイ・クルス本人に転生してしまうとは。
「君。どうした?」
最終試験会場の前で呆然としていたルイは、入り口を仕切る門衛に声をかけられてハッとする。
「もう最終試験が始まるぞ。受けなくていいのか?」
「あっ、すみません。受けます」
ルイは慌てて会場に入る。
最終試験会場には複数の的が並んでいた。
「あの的に魔力の弾を当てるのが最終試験だ。放つ魔法の属性は自由」
試験官の女性教師、
美人だが、鷹のように鋭い目をしており、その姿からは一切の不正を見逃さない隙の無さが窺える。
「君達はもうすでにこれまでの4次に渡る試験で魔法適性を証明しており、学園の入学要件は満たしている。この最終試験は形式的なものでまず落ちることはないが、それでも気は抜かないことだ。あまりに不甲斐ない魔法を放てば、不合格になるぞ。では、受験番号1番の者、前へ」
受験者達は順番に的に向かって魔法を放っていく。
火弾や水弾など各々、自身の最も撃ちやすい魔法を順次放っていく。
魔法が的に当たると光る数字が浮き出た。
10点。35点。62点。
最大100点まで計測できるこの的当ては、魔法の力量を測定する最も簡易な方法だと言われている。
ルイも的に向かって火魔法を放った。
28点。
千草は残念そうにため息をついた。
「よろしい。次」
ルイは射的ポジションから離れて、見学席に移動する。
この最終試験はあくまで魔法を放てるかどうかの最終チェックに過ぎない。
なので別に何点でも合格なのだが、千草は特別な才能を求めていた。
それゆえに平凡な点数を見るとどうしてもがっかりした態度が出てしまう。
(やはり、今年の受験者も型に
「次の者、前へ」
千草がそう言うと、ふらりと前に出てくる若者が一人。
欠伸をして寝癖をかきながら、射的ポジションに立つ。
シャツの裾もだらしなくはみ出しており、いかにも身だしなみに気を使わないタイプに見えた。
しかし、不思議と不快感はなく、むしろどこか只者ではない雰囲気が漂っていた。
ルイはその人物の風貌にハッとする。
(あいつは……天城祐介!?)
天城祐介。
【シェア&マジック】の主人公である。
祐介は的に向かって手をかざすと、明らかに他の生徒とは桁違いに高度な魔法陣を展開して光弾を放った。
的は弾け飛び、粉々に砕け散った。
「け、計測不能」
会場はどよめく。
「すげー」
「的壊しちゃったぜ」
「威力高すぎだろ」
「あいつ、何者だ?」
突然現れた規格外の男に会場にいる受験者達は注目せざるをえない。
それまで退屈そうにしていた千草の瞳もキラリと輝いた。
(ほう)
千草は試験官の席を外して、祐介の下に歩み寄り肩を叩いた。
「君、やるじゃないか」
「そうか? いつも撃ってる半分の魔力しか使ってないんだけどな」
「半分であの威力!? いや、見どころがあるよ。入学した折にはぜひ私の研究室に来てくれ」
美貌の女性担当官に勧誘され、会場の受験者達は羨ましげに祐介のことを見る。
さらに2人の美少女が祐介の下に駆け寄る。
「祐介、流石だな」
「魔法学園でもウチらが最強だね」
1人は黒髪清楚な幼馴染キャラ。
もう1人はツインテ小動物系の妹キャラ。
2人とも【シェア&マジック】のメインヒロインだ。
祐介を3人の美女が取り囲み、試験そっちのけで祐介の気を引こうと話しかけ続ける。
するとルイの心の中でむくむくとドス黒い感情が湧き上がり、抑えきれない衝動となる。
気づいた時には見学席から立ち上がって、射的コースに飛び込んでいた。
「はっ。平民ごときが少しいい点数を出したからって何だっていうんです?」
突然の闖入者に祐介達はキョトンとする。
「そのくらい俺でもできますよ」
ルイは事もあろうに破壊された的に向かって魔法を放とうとする。
が、発動の直前で体の自由が効かなくなり、あえなくうつ伏せになる。
何か重いものが自分の上に乗って、頭頂部を押さえつけられている。
千草がルイを制圧したのだ。
「危ないところだった。何を考えているんだ? 破壊済みの的にさらに魔法を撃とうとするなんて。破片が飛び散って危ないだろ」
会場は別の意味でどよめく。
「なんだあいつ?」
「服装を見るに貴族階級のようだが……」
「いきなり試験に乱入するなんて」
「非常識な奴だな」
「本来なら不合格にするところだが、今回だけは見逃してやる。2度と馬鹿な真似はするなよ?」
「ぐ。は……い」
ルイは悔しさを覚えながらも千草の剣幕に押され、大人しく従った。
彼女はルイを殺しかねない勢いだった。
実際に、今後の展開次第では千草はルイを殺すことになる。
「まったく。おい、さっさと新しい的を用意しろ。どっかのバカが余計なことをする前にな」
千草の制圧から解放されたルイは、彼女の後ろ姿、主にタイトスカートを膨らませる魅惑的に突き出たヒップをジロジロ見ながら、下卑た笑いを浮かべる。
(ヒヒヒ。平民女が必死になってら)
(……って、いや違うだろ。今のはどう考えてもルイが悪い。ルール違反して制圧されといて、何サイレントマウント取っとんねやお前は)
ルイは慌てて、元の体の主、ルイの思考回路に引きづられそうになっている自分にツッコミを入れた。
どうも脳と体にルイ・クルスの習性が染み付いているらしい。
ルイの醜悪な性格がちょこちょこ表に出てしまう。
このようにルイ・クルスという人物は一時が万事浅はかで、大して実力もないのにでしゃばって、失敗を繰り返した挙句、主人公陣営はおろか様々な連中から恨みを買ってしまい、殺されてしまうのだ。
ルイが千草の方に目を向けると厳しい目つきで睨み返される。
問題児、あるいは要注意人物とみなされてしまったか。
まあ、当然だろう。
彼女は平凡な生徒には塩対応な一方で、規律には厳格なところがある。
今ので、千草の嫌悪感パラメーターはかなり上がったはずだ。
これを解消するのは容易ではない。
(今後はなるべくルイ本人の衝動に負けないように気をつけないとな)
祐介と2人のヒロインはルイのことを何か奇妙な動物でも見るような目で見ていたが、やがて興味をなくしたように見学席へと向かった。
「何なのあの人?」
「さあ」
「行こ、祐介」
「…………そうだな」
これが【シェア&マジック】における悪役貴族、ルイ・クルスの扱いである。
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