第1話 出逢い

 4時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。僕は少し憂鬱になる。

 「舟(しゅう)ー!」

 僕を呼ぶ声が、教室の前の方から聞こえた。その声は僕の友人である真(まこと)から発せられていた。

 「一緒に昼ご飯食べようぜ」

 真の隣にいた草介(そうすけ)が僕を誘う。僕は断る理由がないので、彼らと昼を共にすることにした。

 この学校には食堂がないため、弁当を持参している。僕の母親が料理好きなので毎日豪華な弁当だ。

 「その弁当今日も美味そうだなー」

 「おいみんなー!今、舟の弁当と交換タイムだぞ!」

 真がそんなことを言い出す。何故か週に1回、僕とクラスのみんなで弁当のおかずを交換することになっている。別に構わないので、僕は何も言わない。

 みんなと他愛ない話をしながら、弁当のおかずを交換した。

 「ほんと舟くんのお弁当美味しそうだよね。お母さんが作ってるんだっけ?」

 草介にそう聞かれる。あまり家族について話したくはないが、ここで拒否すると不自然に思われそうなので僕は答える。

 「うん、そうだよ。毎日お母さんが作ってくれてる」

 「うえーいいなー。俺なんか一ヶ月に一回作ってくれるかくれないかなのに。草介愛されてるな」

 僕はびっくりした。毎日の手作り弁当が嫌だと思っているのに、それを愛されていると思うのか。やはり価値観が違う。だけど僕はそれについて何も言わない。言っても意味が無い。仲が悪くなるだけだ。

 「ははは……」

 なんとなく笑った。いや、笑うしかなかった。その場を切り抜けるにはそれしかない。


 やっと放課後になった。だけど僕にはまだ自由がない。何故かというと、通院しなければだからだ。学校から電車で十分くらいの大学病院に通っている。月一で行かなくてはならない──らしい。記憶喪失だとか。何故記憶喪失なのかすら分からないけど、僕は治療を受けている。

 いつもと同じように治療を受けたあと、一階のロビーで処方箋を待っていた。平日の午後は割と混むので、空いている場所が二つしかなかった。年配のおじいさんの隣と高校生の隣だ。おじいさんには広く使ってもらいたいので、高校生の隣に座ると決めた。よく見たら、僕が通っている学校の女子生徒だと分かった。

 「同じ学校か……。」

 溜息をつきながら誰にも聞こえないくらいの声を出して、仕方なくその人の隣に座った。

 「山本舟くん……?」

 その人が話しかけてきた。彼女は、どうやら同じクラスの仁美笑子(ひとみしょうこ)らしい。あまり話したことは無いけど、たまに男子の話題になっていたりはする。

 「あ、こんにちは。そっちは仁美さん?」

 「うん。そうだよ」

 病院で会うのは初めてなので戸惑いを隠せず、沈黙してしまった。

 「どうしてここに?」

 急に彼女が聞いてきた。どうして──。病院に通っていることは学校の誰にも行っていないので、そこまで関わりのない人に話していいのか僕は迷った。けど、関わりがないなら話してもいいか、と思ったので答える。

 「記憶喪失らしくて、その治療だよ」

 あまり深刻そうな感じは出さず、明るい声で、軽めに答えた。つもりだった。

 「……っ!ごめん。覚えていないって怖いよね……。変なこと聞いてごめんなさい」

 必死に頭を下げている。だけど全然気にしていない。そんなことより──初めて言われた。いや、人に打ち明けたのが初めてだからだけど、なんか違う。家族に言われた言葉より温かい。心が温かくなった。

 「いや!全然。そんな重いことだと捉えてないし。というか仁美さんこそ、どうしてここにいるの?……あ、無理しないで」

 「私?私はね、よく分からないんだ」

 「え……?」

 「あぁ、ごめん。原因とか詳しいことが分からないだけ。たぶんなんだけど、安心できる人の前でしか笑えない病気なんだよね」

 「……」

 なんだそれ。そんなの聞いたことない。嘘だと思う。だけど、たしかに彼女が笑ったところを見たことがないような……。とにかく彼女の言葉を信じることにした。そして次の言葉を待つ。

 「……私さ、笑うことにちょっとトラウマがあって。それで人前で笑えなくなったっぽい」

 思い込みかもしれないが、頬が少し痙攣している。本当に病気なんだ──。

 「ごめんね。なんか重い話しちゃって。私が笑えないから余計変な空気になっちゃったね」

 彼女の声は明るいけれど、顔から感情を読むことができない。声から予測するしかないみたいだ。

 「いや、仁美さんこそ怖いよね。あまり笑えないなんて……。その、僕でよかったら病気の相談とか乗るよ。迷惑じゃなければ」

 気づいたらそう言っていた。関わる気はなかったのに。温かい言葉をかけてくれた彼女に、僕は興味をもっている。もっと話したい。そんな感情が僕を占領した。

 「え……ほんと…………?」

 瞳が揺れている。目が潤んでいるような気がする。

 「あの……、山本くんがよかったら、もっと話したい。病気の話とか、いろいろ」

 僕が思っていることを、彼女はさらりと言ってしまった。そんな彼女の言葉はまっすぐで、強い意志を感じる。

 「こちらこそ、仁美さんと……話したいな。全然人に話したことないし」

 顔が熱くなるのを感じた。僕は今、どんな顔をしているのだろう。変な顔をしていないか不安だ。

 ふと彼女の顔を見ると、少し頬が赤い。僕も赤いのかな……。なんでだろう。

 「とりあえず連絡先交換する?」


 仁美さんと連絡先の交換をして、その日は浮かれた気分で家に帰った。

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君に笑ってほしいから、 るいぼすてぃ @tanaka_taro_

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