第12話 ラビットさんの第一印象

まず彼について、話したいと思う。

最初の印象は、仕事帰りのサラリーマンでオタクさん。


見た目は綺麗、清潔感が凄くあって、年齢の割にめちゃくちゃ若く見えるそんな人。

メイド喫茶って、正直オタクさんが多いから、お風呂に入らない人や、見た目が太ってていかにも…

みたいな人も多くて、綺麗な見た目にまず目を惹かれた。


やっぱり誰だって仕事とは言っても、好みはある。

綺麗な人とお喋りしたいって思うし、私だって当時はまだ10代。

彼氏が居るとはいえ、かっこいい人にはどうしたって惹かれるようなお年頃。

まだまだ自分自身周りが見れる程大人でもなくて、お話ししたいなってラビットさんに近づいた。


『初めまして、NANAです!』

『NANAちゃん、初めまして』


にこりと笑ったその顔も正直私にはストライクだった。

気さくにそして面白い冗談を交えて話してくれるそんな様子も好みで、大人の男性って感じがした。

隣に少しひょろっとした後輩くんも居たけれど、断然私の好みはこのラビットさんだった。


『ラビットさんは、お仕事帰りですか?』

『うん、夜勤明け』

『夜勤……って、寝なくて大丈夫ですか?』

『あー、今日明けで明日休みだから』

『二人共同じ職場の方なんですか?』


好みじゃ無いとは言っても仕事は仕事。

私は隣の後輩くんも会話に引き込もうと問い掛ける。

二人共同じスーツだったし、スーツにつける社章も一緒、それにメガネまで(笑)

そうやって問い掛ければ、後輩くんは恥ずかしそうにしながらもコクッと頷いた。


そこからお仕事の話。

お仕事は不定休、不定期のよくある仕事。

だからこそ平日の休みも多いみたいで、昼間だってお店に来られるようだった。

そして、今見ているアニメとか好きな漫画とか……

極々ありふれた話をしていく中でだったと思う。


『私今、声優目指してるんです』


何のきっかけかわからなかったけど、そんな話をした。

その時だった。


『え、僕も目指してたんだよ』

『え!本当ですか?』


ラビットさんのその発言に思わず身を乗り出したい気持ちになったのを今でも私は覚えてる。


『うん、本当。結局なれなかったから、こうやって別の仕事に就いたんだけどね』

『やっぱり大変ですよね。因みに養成所とかに通われてたんですか?』

『ううん、僕は専門学校』


そこから授業の話とか、オーディションの話、聞きたかったことがたくさんあって、話が弾んだ。

だけどあくまでもコレは仕事だ。

友人とお茶して喋ってるような楽しいティータイムじゃない。

私は中途半端に話を切り上げるしかなかった。


正直まだまだ聞きたいことはあったけど、お客様なんて一期一会。

もう会うことなんてないんだろうなってこの時は思ってた。


ラビットさんを片目に見ながら仕事をして、延長してくれるかなと思ったものの結局たった1時間で帰ってしまった。

本当にただのお客様の1人。

それでもたった1時間のほんの数十分話した程度のお客様の中でちょっとだけ楽しい時間が送る事が出来た、そんなお客様って印象だった。


だからそんなお客様の左手の薬指に指輪が光ってるとか、この人には子どもがいるだとか、そんな事当時の私は考えるはずもなかった。


そして月日は流れていく。

正直ラビットさんみたいなお客様も多かった。

〝メイド喫茶〟なんて割と少しは興味をまたれたりする方も多くて、どんなところかなって覗きに来る方はいかにもオタク!みたいな人からかけ離れてるイケメンさんも多かったから。

でもやっぱりそういう人は好奇心だけでお店に来てくれるのでリピートはほぼ無い。


だから本当にその時だけ、その時を楽しんでもらえるようにって接客をする。

そしてそんなお客様の事は沢山居る中の1人。

みたいに記憶の端から抜けていってしまう。


ラビットさんもそんな感じ。

最初は話途中だったこともあったから、また来てくれるかなとかそんなこと思ってた時期もあったけど、1ヶ月、2ヶ月と時間が経てばそんな考えも薄れて、きっともう来ないんだろうな。って思考回路が出来上がる。


当時の私もそうだった。

時間が過ぎていくたびに、ラビットさんという存在が頭の中で消えつつあった。


そんな時だった。


カランと店の扉が鳴った。

その日もいつもと変わらない。

お店がオープンして2時間くらいだったかな。

まだ平日のお昼間で、お客様も多くはなくて、他愛のない話に花を咲かせていたそんな時。


『いらっしゃいませ、ご主人様』


扉の方を見た私は思わず驚いて声を上げてしまった。


「ラビットさん!」

「あ!NANAちゃん、やっと居てくれた!」


そして私達は2度目の再会をするのだった。

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