第10話 メイド喫茶の面接。掛け違えた歯車
指定された場所はとあるアパートの2階
エレベーターはなく、階段で上がる。
この面接こそ、私の人生が狂った起点の場所と言っても過言ではない。
何故なら、全てはメイド喫茶なんて場所で働こうと思ってしまったから……
否、ここで働いた事で私の歯車は全て狂い出してしまったのだから。
そんな事その時は知るはずもない私は、案内されたアパートの一室、203号室の呼び鈴を鳴らした。
『はい』
『本日面接予定の私です』
『はーい、今開けますね』
出てきたのは見るからに腰の低そうな痩せ型の男性だった。
物腰が柔らかそうというより、どちらかと言えばこま遣いのような、そんな男性。
歳の頃は恐らく30代後半といったところだろうか。
部屋に案内され、室内に入室すると、少しだけその汚さに驚いた。
ものは散乱し、足の踏み場が無い。とはまさにこのような状況を言うのだろうと思うほど。
その一角には恐らく写真撮影をしているのだろう、白い垂れ幕が部屋の中に垂れ下がっていて、異様さを物語っていた。
『ここに座ってもらえますか?』
『あ、はい』
案内されたのは部屋の隅に小さくちゃぶ台のような机があり、そこに申し訳程度に置かれた座布団。
私は『失礼します』と頭を下げるとそこに腰を下ろした。
正直もし私が潔癖症であったのなら、間違いなく座ることは出来なかっただろう。
『じゃあ、履歴書を見せてもらえますか?』
『こちらになります』
『ありがとうございます、では早速ですが、ここを志望した理由はありますか?』
『はい、私は声優に……
そうして面接は始まった。
面接自体はそこらのバイトとそんなに変わらない内容に思えた。
一つ、写真撮影があるという事を聞かれたがメディア関係の仕事をしようと思っている私がそれを嫌とすることもなく、面接は無事に終わった。
結果は一週間以内にと言われ、アパートを後にする。
正直初めてのメイドという仕事。
写真撮影現場から、汚いアパートを見て、自分の気持ちがざわついたのは確か。
でもこの時はどうせ受かるはずもないんだから、そんな事考えても仕方ないよねと、受かったあと、本当に自分はどうするかなんて対して真剣に考えようともしなかったのだ。
それが後にあんな事態をなるなんて…
そして、一週間後。
私の携帯は鳴った。
『もしもし、私です』
『メイド喫茶です。先日は面接を受けて頂きありがとうございました』
『あ、ありがとうございました』
『結果なんですが、合格です。早速なんですが出勤はいつ頃から出来そうですか?』
人間咄嗟に言われると『はい』という言葉が出てしまうんだと思う。
一瞬、確かにあの汚いアパートが浮かばなかったかといえば嘘になるが、早く返事をしなきゃと思うと否定なんて出来なくて、私は『仮名:NANA』としてメイドの世界に足を踏み入れることになったのだ。
正直不安が無かったかと言えば嘘になる。
不安なんていっぱいあった。
女の世界、ギスギスしてたらどうしようとか。あのアパートの汚さにお店の管理が杜撰だったらとか、給与は本当に支払われるのか……とか。
でも結局はやってみなきゃわからないということと、この時実は私自身、もうひとつバイトをしていた事もあり、最悪メイドを辞めることになったとしても給与が無くなるわけでは無いという事も背中を押した。
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