第9話 フリーターになる決意

焼肉店、照明器具の営業……

安定を求めて〝正規〟で探した仕事が、悉くブラックだった私。

流石にもう耐えきれなかった。


安定するはずの正社員という肩書きは決して安定した仕事なんかでは無かった。

もうこうなってくるとわざわざ正規で働かなくてもいいとそう思う様になった。

正直半年間生活してみて、大体自分の月の支出がわかってきたというのも決断できた大きな理由だろう。


今の支出額でいえば時給1000円程でも軽く貯金出来る。

そんな暮らしが出来そうだった。


それならば、やりたい仕事をしたい。

やってみたい仕事。夢に関わる様なそんな仕事。

せっかく都会に出てきたからこそ、出来る仕事。


これが私の中では〝メイド喫茶〟だった。


面接で、恐らく容姿も見られるし、難しいとは思ったがチャレンジしてみたかった。

昔、母親と父親の喧嘩を止められなかったあの日から私は〝やらないで後悔する〟より〝やって後悔したい〟そう思うようになっていたのだ。


だから落とされたとしても良かった。そんな気持ちで応募の電話をした。


『もしもし、求人募集のサイトを拝見してお電話させて頂きました……』

『メイド喫茶です。わかりました。メイドさんの応募で宜しいですか?』

『はい』

『それでは一度お会いして、面接をさせて頂来ますので、履歴書、職務経歴書を持って⚪︎月⚪︎日大丈夫ですか?』


声はおじさんと言うには若い感じで、でもどちらかと言うとオドオドしてるような男性だった。

正直緊張で、印象良く電話で話すことだけを考えていた私。

『大丈夫です、宜しくお願いします』そう言って電話を切った。


ここで少しだけ彼氏との話を挟もうと思う。

この仕事をしようとする上で、相談したのか、しなかったのか。

答えは〝相談した〟だ。

元々、養成所に通っていること、声優を目指していることどちらかと言えば包み隠さず何でも話していた私。

もし本当にメイド喫茶で働く事が出来て、後々知られたとしたら嫌な思いをもしかしたらしてしまうかも知れない。

そう思ったのと、きっと私のやりたい事を否定してこない。そんな妙な自信があったから。

それに、もし心配してくれるのだとしたら、愛されてるんだって感じる事が出来そうなんてそんな事を考えていた。


『順くん、私……次メイド喫茶で働こうと思ってるんだけど……』

『メイド喫茶?あの、にゃんにゃん……みたいなの?』

『うん、多分それ』

『あー、メイド喫茶……』


メイド喫茶=にゃんにゃんというイメージを持っていたことにも驚いたが、そんなことは今は置いておこう。私の言葉に少し考えた様子の順くん。

答えを待ってると、順くんは少し眉を顰めてこう返した。


『男の人、沢山居るんだよね』


その言葉には嫌だなっていう順くんの気持ちが含まれているような気がした。

裏返せばそれは私の事を好きだからこそ……と考えた私。

そんな想いが垣間見えただけでも、少し嬉しかった。

でもここで『嫌なら辞めるよ』なんて事を言える程大人でもなかった私。

どうせならもっと〝愛されてる自信〟も欲しかった。


『うーん、多分……居るのかな……』

『私ちゃんはどうしてそこで働きたいって思ったの?』

『メイド喫茶って、メイドさんになるわけでしょ。別の人物を演じるって自分が目指してる声優の勉強になるかなって思ったんだよね』


〝それでも私ちゃんが言い寄られるのは嫌〟

なんて言われたら嬉しいなんてこの時の私は思ってしまっていたが、順くんは私の返答に理解してくれた様子で『分かった』とそれだけ口にした。


『怒ってる?』

『そんな事ないけど……心配してる』

『そっか。でも大丈夫だよ!所詮お客さんだし、それにまだ本当に働けるか決まったわけでもないからね』


順くんの優しさにここでもし私がこの道に進むのを諦めていたら……

と、今でも少し考える事がある。

私の本当の地獄はこのメイド喫茶から始まるから。


しかしそんな事、その時の私が知る由もなく、そんなこんなで彼氏にも許可を貰い、取り付けた面接の日程。


面接日当日が来るのも、本当にあっという間だった。

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