第8話 正社員に転職。だがここは完全にブラック企業
『初めまして』
そう顔を合わせた小さな営業事務所。
名古屋に支店を構えたのは初めてだったその職場は、支店長を含め男性6人、女性は私1人の少し変わった職場だった。
営業事務として入社したはずだったが、仕事内容としては完全な〝営業〟だった。
そこは、照明器具を主に扱う営業事務所で、飛び込みを主体とする営業方法の会社だった。
〝営業〟と言っても初めは、事務だと思って入社していた私。
仕事内容等聞く中で凄く不安が募っていたが、周りにいた人たちが優しくてそれだけで私はここで働けていたんだと今になっても思う。
営業経験のある、男性が支店長から営業商品の内容を聞き、どの様な営業トークをしていくのか、そんなやりとりを見ながら、見よう見まねで仕事を覚えた。
ロールプレイング(略してロープレ)をして、実際のトークを自分のものに出来るようにして行った。
しかし本当に事務とは名ばかりで、1日の大半が外での飛び込みだったこの会社。
1番酷かったのは、絶対に取れるはずもない大きなチェーン店に度胸試しで飛び込めと言われたこと。
お店に入った瞬間、ランチどきの満員の店内のお客さんの視線は私に向いた。地獄だと思った。
その中でも店長を呼び、商品の説明をした私。
あの時の度胸は今思い返してみても凄いものだと思う。
営業方法はこの様に主にはグループで現地に向かい、着いたら分かれて飛び込み営業をかけていく。
そんなこんなで移動中は他愛無い話も沢山した。
女性が私だけと言うこともあり男性職場でギスギスなどない仲の良い空間だったと思う。
6人の中で、既婚者は1人、もう1人は確か彼女さんと同棲中で、残りの4人は独身。
そんな感じだったと思う。
当時、私も彼氏がいる事は話していたが、同時にうまく行ってない事も相談していた。
その頃には正直彼氏と会う頻度は勿論のこと、連絡頻度ですら少なくなっていたから。
支店長はいいご年齢だったものの、独り身で支店長に抜擢されるのを機に転勤し、この地が初めてという事もあり、既婚者の男性らがこの地についてよく話していた気がする。
そしてそんな話の傍ら、私を含めた独身組で恋愛話や、好きなもの、アニメや漫画。
そんな話ばかりしていて、仕事内容は嫌なものだったが仕事に行くの自体は嫌では無かった。
しっかり定時で上がれるし、土日も休み。
養成所も曜日変更をしてもらい通うことが出来たし、ストレスも減った為だろうか、アトピー性皮膚炎も落ち着きオシャレして出勤する事が出来た。
しかし、新しい仕事が始まって1か月程経った時支店長が声を上げた。
『売り上げが悪い、お前らは何をしているんだ』
正直サボっていた訳では無い。
同期入社のメンバーとして仲良くはしていたものの、仕事は割り切っていたつもりだし、支店長の言うような営業トークで1日に何十件と飛び込んでいた。
しかし商品が悪いのか、確かになかなか売り上げには繋がらなかった。
しかも、誰か1人、では無く皆、品を売り上げることが出来なかった。
支店長はふんぞり返っているだけで、成果を上げようと協力しようとすらしなくなってその辺りから、上と下の亀裂が入ったようにも思えた。
経験のある営業さんからも《やる気》の色は消え、みんながただ惰性に、そして営業先で時折サボるようになったのもこの頃だ。
そして私は、同期入社した独身の男の人。
年齢は3.4つ上くらいの20代前半だったと思う。
正直好みの顔面かと言われれば、そうではない。
ランクにしてしまうと下の中くらい。
決してかっこいいとはいえない男性だったが、その男性と距離が近くなっていった。
よく一緒のチームとして行動していたのも理由の1つだろうが、明らかに向こうからの〝好意〟を感じたから。
彼氏の相談から、アニメの話も合って、本当に優しくしてくれた。
そして、仕事に身が入らなくなってきてしまってしばらく経った頃。
支店長から驚きの通告をされた。
『来月の給料以降、3ヶ月の試用期間を空けたら完全歩合制となる』
意味が分からなかった。
〝歩合〟取引などの手数料・報酬。を意味する。
端的に〝完全歩合制とは〟〝給料が出ない〟と言う事だった。
その言葉に、何かが切れた。
それは私だけでなく、家庭を持っていた同期の男性すらも。
ただ1人だけ、私とあまり関わりのなかった男性だけは頑張ろうとしていたものの、そのやる気に皆乗ることはできなかった。
もう来月になったら仕事を辞める。
次はどうやって仕事をしようか……
新しい仕事を探さなきゃ……
男性1人を抜いた皆がそんなことを思い始めてた頃、私と仲が良かった男性ともう1人の独身同期の男性、3人で気晴らしに旅行に行かないかと提案があった。
気分転換にはいいかもしれない。
そう思ったし、何より旅行がしたかった。
だって実家にいた頃、遠出なんて行くことはなかったから。
私と仲が良かった男性が、皆を私を車に乗せてくれるような形で3人旅行は始まった。場所は大阪。
食べ歩き、アニメが好きだった私に付き合ってアニメの専門店。
本当に色々、楽しい時間を過ごした。
仕事の話もしたけれど、皆が再就職に向かって動き出してる。そんな感じだった。
そしてその時に、仲が良かった人ではないもう1人の男性からまさかの告白を受けたのだ。
『私ちゃん、可愛いよね。俺、すきなんやけど……。でも私ちゃんが好きなのはもう1人の同期男性やろ?』
そう言われて、その時はまだ彼氏と完全に終わってないこともあり『今は彼氏が居るからごめんなさい』とそう答えた。
『でも、その彼氏。本当にそのままでいいん?きっとアイツ(同期男性)は私ちゃんの事好きやで。その彼氏より大切にしてくれる。そして多分俺よりもアイツの方が私ちゃんの事大切にしてくれるで?どうするん?』
今思えばズカズカと切り込まれたとは思う。
でも当時若かった私は、その言葉に突き動かされた。
彼氏に別れを伝え、その同期の独身男性と付き合うまで、そんなに時間は掛からなかった。
勢いで彼氏と別れた私は、期間も開くことなく、次に新しい同期の独身男性(仮名:順くん)と付き合い始めたのだ。
何度も言う、顔は全く好みじゃない。
そして当時まだ童貞だった彼は、私が初めての彼女で、何よりも優しかった。
行為自体は拙いながらも配慮されてたし、本当に気遣いのできる青年だった。
私は高校の時に付き合った彼より車も持ってて、我儘も聞いてくれる大人な順くんを選んでしまったのだ。
それから月日は経ち、
あっという間に仕事も3ヶ月働き、皆一緒に退職した。
最後まで仕事を頑張っていた男性も結局は、売り上げを出せず退職を選んでいた。
順くんは実家でお婆ちゃんの面倒を見ながら、工場の仕事に。
私は色々な仕事を考えたものの、定職に就くことを諦めた。
否、諦めた。ではない。
わざわざ正社員にならなくてもいいと、そう思い、アルバイトを掛け持ちすることにしたんだ。
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