第3話 新しい母親は私を愛してはくれなかった

『ただいま』


父親との生活が始まった。

手続き諸々、私は小学校5年生になっていた。


父親は何も変わってなかった。家もそのまま。

それは私にとって安心感でもあった。

ただ暮らしを始める前に、父親は私に言ったんだ。


『お前に紹介したい人がいる。新しいお母さんだ。お前だってお母さんが欲しいだろ?』


そう言われた。

本音を言えば〝新しいお母さん〟なんていらなかった。

だってママは私の中で1人だけだから。

でも嫌われるのが怖かった。

もし『いらない』と、本心を口にして、父親に捨てられたら私の居場所はもう何処にも無い。


怖かったのだ……


『……うん』


コクリと頷けば、父親は揚々と新しい母親(仮称:里美)について語り出した。

話に聞くと里美は両親に育てられてないという経歴を持った父親より一回りも年下の女性との事。

里美は産まれてすぐに実の両親に捨てられ、子どもが出来なかった叔母さん夫婦に引き取られた様で、だからこそ私の気持ちを理解してくれるとの事だった。



▼△▼△▼△▼△



『こんにちは』


初めて会った里美は、本当の母親とは違い、かなりふくよかな女性だった。

歳も父親と一回り違うと言ったその言葉通り若そうで、大きな身体からか物腰が柔らかそうな見た目ではあった。


『お姉ちゃん』


私は里美をそう呼んだ。

どうしても〝お母さん〟とは呼べなかったから。

いつか〝お母さん〟と呼べる日が来たら良いな。そう思いながら、私は里美と父親と新しい時間を過ごし始めた。


再転入となった小学校。

それでもその時は学校への不安は正直無かった。

だって2年生の時の転校で、あんなに温かく受け入れてくれたから。

昔の学校に戻るなんて、そんなの受け入れてくれない訳ない。

不安はこれっぽっちだってなかった。


ただ新しい母親との暮らしだけが、私の不安材料だった。


そしてこの不安は的中する。

合わせて、小学校でも私は苦しむ事になるなんて、この時の私はまだ理解していなかった。



私に里美を紹介し、程なくして里美と再婚した父親。

里美の実家に挨拶に行く際、私ももちろん同席した。

里美の両親は私を受け入れてくれている様だった。

血の繋がらない、里美の両親にとっては全くの他人だった私を。

でもそれを感じられたのもその時だけだ。


里美と暮らし始めて1年も経たぬまま、里美が妊娠したのだ。


正直、意味がわからなかった。

なんで?どうして?ふざけんな。

私の居場所なんてもう無い。そう思って怖かった。


悪阻のせいか、体調の悪くなる里美。

それもあってなのだろうか、口数も減り、ただでさえまだ打ち解けあってなかった私と里美の間に亀裂が走り始める。


きっと里美としても、いきなりの大きな子どもにどう接して良いのかわからなかったのだろう。

私はただ構ってほしかった。もっと自分を見て欲しかった。それだけなのに。

理由なんて簡単だ。ただでさえ、劣悪な環境で過ごした小学校低学年時代。私を見てくれる大人は居なくて、私はこっちに来て、少しは幸せになれると思ったのに。


構ってほしくて、里美に強く当たることもあった。


『自分の部屋を掃除してね』

『掃除機が重たくて運べないから嫌』

『それくらい持てるよね?今お腹に赤ちゃんがいるから』

『持てない』


〝赤ちゃんがいる〟そんな事私には関係無いとずっと思っていた。

何でそのせいで私が寂しいと思わなくてはならないのだろうか。

勝手に赤ちゃんを作ったのは父親と里美なのに……


そう思った。

私は妹なんて欲しいと1ミリだって思ったことは無かったのに。

〝お姉ちゃん〟ではなく、〝お母さん〟と呼べる様になってからの子どもであればきっと私たち家族の形も大きく変わってたんじゃないかと思う。


大人の勝手で作られた私。

そして大人の勝手で片親が居なくなった私。


私のフラストレーションだって爆発寸前。

イライラをぶつける相手は仕事で家に居ない父親ではなく、家の中にいる〝里美〟になっていた。


そんな時だった。里美は私にこう言ったのだ。


『〝お姉ちゃん〟は辞めてくれる?〝お母さん〟って呼んで』

『何で?』

『赤ちゃんにお姉ちゃんって呼ばれるのは困るから』


私の気持ちなんてガン無視だった。

きっと里美も私に嫌なことをされて、ムカついていたのかもしれない。

だとしても凄く嫌だった。

怒声で私を威圧しながら里美は言ったのだ。

この事は今も鮮明に覚えているくらい、私の心に傷を作った。


所詮、私なんてどうでもいい存在なんだと思い知らされた瞬間だった。

次に産まれてくる赤ちゃんだけが、ここの本当の家族で、私はただ住まわせてもらってるだけの人間。

そんな気持ちを抱く様になった。


ここからはもう溝は深まる一方だった。

時系列をあまり覚えてはいないが、鮮明に覚えている事だけ書いていこうと思う。


ひとつめは、里美に殴られた事。

父親の元に戻った私の家は学校から片道4kmもある田舎になった。

子どもの足で歩けば約1時間は掛かるほどの田舎道。

坂道が多く、歩くのはしんどかった。


その日何かは覚えていないが、里美に迎えをお願いした私。

車内で、歩いて帰る旨の言い合いとなったんだと思う。


『迎えに来てもらってる立場で何言ってんだ』


そんなニュアンスだったと思う。

助手席に座っていた私の顔面を里美は裏拳で思いっきり殴った。

鼻に直撃して痛みに涙が溢れて、蹲った。

親が子どもを迎えに行く。感謝しなきゃ行けないことだと思う。でも私はこの家で迎えをお願いした際は〝来てくれてありがとうございます〟と〝乗せてくれてありがとうございました〟を言わなくてはならなくなった。


少なくとも里美の迎えの際だけは。


ふたつめは、魚の骨が喉に刺さった私。

痛くて、どうしたらいいか考えて、ご飯を食べたらいいということを思い出したが、私は白米をそのまま食べるのが苦手だった。


その時に思い出したのが〝味付けのり〟の存在。

一緒に食べたらいいと思って、里美の目を盗んで食べた。


しかし、その姿を里美は見ていたのだ。


『アンタ何やってるの?』

『魚の骨が喉につかえたみたいで……』

『で、何で海苔なんて使ってるの?』

『…………』

『勝手なことしてんじゃないよ!海苔なんて使わなくていいでしょ!』


怒号が舞った。怖かった。

そんなに怒らなくてもいい様なことでめちゃくちゃに怒られた。

私の存在自体が気に入らないのだと思った。

私は冷蔵庫のモノすら、家の中で自由に食べられなくなった。


みっつめは、女性なら分かるだろうか。

月に一回来てしまう女の子の日について。

適齢期となった私にもその日はやってきて、生理にはそれ専用のパンツもある事を知った。


正直ありがたいことに私は軽く、来る前に痛みが全く無かった。それ故にパンツがよく汚れてしまう事だけが難点で、それ専用のパンツが欲しいと思った。


あまりお願いする事が上手ではない私だったが、こんな事父親に言えるはずもなく意を決して、里美にお願いした。


『生理用のパンツが欲しいんだけど……』

『は?あんなのいらないでしょ?』


否定されて終わった。

後々、理由を聞く機会が出来て、聞いた事があったが専用のパンツは履くと布が擦れて音がするらしく、余計に恥ずかしい想いをするという旨だったが、正直私は余り納得出来てない。

もしそれが本当の理由だとしたら、なんであの時にそれを教えてくれなかったのだろうかと、疑問しかなかった。


この様に私は否定されまくって生きてきた。

そしてこんな中、義妹が産まれた。

義妹には何も罪はない。幼いながらにも私はそれは理解していた。


11歳も年の違う義妹。

関わりなんてそんなに無かった。

というより、里美がかかりっきりで正直関わることも無かった。


可愛いという感情より、義妹に対しては羨ましいという感情が私の中には渦巻いていたんだ。

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