第2話 新しい父親は最低な人間だった

『初めまして』


そう言って、にこやかに私に声を掛けてきた新しい父親(仮名:宗)本当の父親のシュッと線の細い身体とは違い、熊さんみたいな大きな身体をして、釣りが趣味だという宗はこれまた大きな車で現れた。

大きな身体に似合わないくらいにこにこして、怖そうな印象は最初だけだった気がする。


でも怖そうな印象が無くなったというのは本当に最初だけ。

猫かぶり、初対面だからこその本性を隠していたのだろう。

この時の私は人間が豹変する事をまだ知らなくて、こんなんなら父親と別々に暮らすものいいじゃん!そんな風に思っていたと思う。


そして恐らく私の知らないところで離婚の手続きは進み、私は転校する運びとなった。

同じ県内ではあるものの、市が変わり、元々いた田舎より少しだけ都会に来たようなそんな町。

車を使わなくても、少し歩けばスーパーではなく、ちょっとした施設の入っているショッピングセンターがあって、車通りも多い。

何処にでもあるようなありふれた町。


初めての地、初めての友達、初めての学校……

初めて続きでドキドキしていたのを今でも覚えている。

友達が出来るのか、仲良く出来るのか?

前の学校のように楽しめるのか?


そんなビクビクした私を温かく迎えてくれた新しい学校のクラスメイトたち。

明るい先生を筆頭に、車で初登校した私を校門まで走って迎えに来てくれて、手を繋いでくれた。

そんな温かさに、不安は一気に吹き飛んだ。

友達が出来るのにそんなに時間は掛からなかったし、気づけば好きな子も出来た。


順風満帆な学校生活。

しかし楽しいと思える日々はそう長くは続かなかった。


宗が化けの皮を剥いだのだ。


元々好き嫌いが多かった私もいけなかったとは思うが、

ある時は心太が食べられず、食べるまで食卓から動けなかった。

そしてある時はイクラが食べられず、お寿司屋さんで罵倒され、泣きながら口にした。


またある時は何をしたか記憶はない。記憶がないということは何で怒られてるかも分からなかったのだろう。

何かが宗の気に触れたのだ。寝かせてもらえず永遠にノートに漢字の書き取りを余儀なくされた。


そんなこんなでテレビなんて見せてもらえずずっと勉強机の上に座るだけの毎日。

自由なんて、そんなものあるわけがない。


地獄だった。ただただ苦痛だった。


平屋に住み始めた私たちの部屋の構造は、玄関から入って1部屋目がキッチンとお風呂、2部屋目が食卓と私の部屋そして一番奥が母親と宗の部屋だった。

隠れたくても隠れられない。

どうしたって宗は通るし、逃げられない毎日。


学校は楽しいのに、家の中は楽しくなくて毎日隠れて泣いた。

机の上に『死ね』と刻んだ。

ノートびっしりに『死ね』と書いた。


そんな日常だった。


宗について忘れもしない話が1つだけある。

その日宗の機嫌が良かった。特に何をしたわけでも無いし、何の記憶も無い。


『最近頑張ってるな。何か欲しいものが無いか?』


そんな風に言われた。

不思議だった、でもまだ何も知らない純粋な私だったから、やっと宗が認めてくれたのかもしれない。

そう思って少しだけ嬉しかった。


『……ハムスターが欲しい』


その時の私はそう答えた。

昔から生き物が好きだった。ハムスターは保育園の頃から飼っていたし、一軒家になってからは犬も飼った。

当時の気持ちまでを鮮明に覚えているわけでは無いが、きっと私は寂しかったんだと思う。

家の中で、私は1人だった。

母親は父親が帰ってくると2人で部屋に篭りっきりで、私に構ってはくれなかったから。

父親は酷い当たりで、いつも頭ごなしに怒られて、辛かったから。

だから仲間が欲しかったんだとそう思う。


連れてこられたペットショップ、私は昔買っていたブルーの毛色が特徴的な〝ジャンガリアンハムスター〟ではなく、三毛猫のような毛色の少し体の大きい〝ゴールデンハムスター〟を選んでいた。


名前は《ルナ》だった。

昔買ってたハムスターも《ルナ》で、私の中でハムスター=ルナだったのかもしれない。

嬉しかった。


『ちゃんと世話しろよ』


そう言われてちゃんと世話をした。

何度も噛まれては血が出ながらも、可愛かった。

学校からハムスターの本を借りたり、本を買ったりして一生懸命に可愛がった。


なのに、その時はやって来る。


『最近たるんでるよな?』


意味がわからなかった。トラックの運転手だった宗。

帰宅はいつもバラバラ。

帰ってきたら宗は私を一目見てそう言った。


『コイツを飼い始めてから、コイツばっかり構って、たるんでるよな』

『………………』

『やることもちゃんとやらずに何してんだ。こんな風になるくらいならこんなハムスターなんていらんな』


飼育ゲージを引っ掴み、部屋から出ていく宗。

私は泣き叫びながらゲージを守ろうとしたものの、大人の大男の力になんて勝てるはずもない。

宗は家を後にした。


その時母親が何をしていたか、私に記憶はない。

ただただ涙が溢れた。


どのくらいそうしていたか、覚えてない。

バンバンバンバンと大きな音を立てながら帰ってきた宗に怯える私。

そんな私の目の前に、宗は空になった飼育ゲージを投げ捨てた。


『ルナ……ルナは……』

『川に捨てた』

『なんで?ルナ生きてるのに、なんで?』

『うるせえな。お前が悪いだろ?お前が何もちゃんとやらないから悪いんだよ!』


そう言って自室に入る宗。

私は空になった飼育ゲージを抱き抱え泣いた。


『ルナ、ごめんね。ルナ……本当にダメな飼い主で、ごめん……ごめんなさい……』


これだけは色々されてきた私が、何よりも許せなかった宗の言動だ。

正直トラウマになった私はハムスターが飼えなくなった。


ただそんな地獄の様な日々の中でも母親は、宗の目を盗んでは、私にテレビを見せてくれた。

好きなテレビを見ることが出来てる間だけは幸せだった。


私が当時大好きだったのは【名探偵コナン】

アニメは私の暗い世界を照らしてくれた。家の中で楽しいと思える時間をくれた。


宗がいる所で私を守ってくれたことは一度もなかったが、いないところでは本当に優しくしてくれた。


母親が私は大好きだったのだ。


しかし、ハムスター事件が起きてから暫くして、母親が言った。


『アンタは父親の所に帰りなさい』


涙が溢れた。

なんで、どうして?母親がいたから私はこんな地獄の生活でも頑張ってきたのに……

泣きながらに訴えた。

それくらい私は母親が大好きだったのだ。

子どもが母親を好きになるのに理由なんてあるのだろうか?

正直理由なんてわからない。

でも初めての地に来て、友達は出来たものの信用できるのはやはり母親だけだったのだろう。


大好きだったから。

でも私の涙を見ても母親の意見が変わることはなかった。


『アンタは父親の方に帰った方が幸せになれるから』


決めつけた様に言われる言葉。

小学4年生となっていた私は納得できなくて母親に理由を尋ねた。


『何で?何で、私はお父さんの方に行く方が幸せなの?』

『ママね、赤ちゃんが出来たの。ごめん。だから、きっと赤ちゃんが産まれたら宗にもっと酷い事をされると思うから。だから、ごめんね……』


母親はあの時の私をどう思っていたのだろう。


宗と一緒に居たいからこそ、私は邪魔だったのか?

それとも本当に私を守りたかったのだろうか?


聞くことは出来なくなってしまったが、もしまた母親に会えるのなら聞いてみたい。もしまた母親に会えるのなら私は聞いてみたいことが沢山あるんだ。


そしてその母親の決断から程なくして、全ての連絡先を断ち、私は本当の父親の元で再度暮らす事になった。

手元に残ったのは母親との思い出は小学生1年生の時、新しい家の前で毎年やっている町のお祭りの綺麗な衣装に身を包んだ私と手を繋ぐ母親との写真。それ1枚だけだった。

理由なんて、想像に難しく無いんじゃ無いだろうか。

宗が私の存在なんて無かったかのように、全てを破り捨てたのだった……

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