第38話 みためはこどもずのうはおとな、魔道具師フェイ!
「へえ…? ずいぶん面白い子だね」
一瞬、唇の端がひくりと歪んだが、魔導師界のトップアイドルは長い睫毛をぱさりぱさりと音が聞こえそうなほど瞬かせたさせたあとで愛くるしく微笑んで見せる。
「そう言うあんたは、めっちゃくちゃつまんねーやつだな」
フェイの速攻の打ち返しに、さすがにあっけにとられた。
「…おやおや、ずいぶん強気なんだねえ。君は幼いし甘やかされて育ったみたいだからわからないようだけど、礼儀知らずもそこまでくると、君も近しい人々も処罰されるよ」
「あたしは、あんたは誰だとちゃんと尋ねたのに、答えもしなかったのに不敬罪? それって、傍から見たらあたしに罪をきせるためのだまし討ちっぽいけど、あたま大丈夫?」
つらつらと反論された少年は、フェイから後ろに佇む守り役へと視線を変える。
「あ、うちの魔道具師のせいにしちゃおうとか思ってる? みなさまのアコガレの魔導師サマはほんっといけすかねえヤツばっかだよね。まるで世の中が自分を中心に回っているみたいでさ」
八歳児が口撃を乱打している最中、元騎士の表情は一ミリも変わらない。
「…私の名はラースだ。ラース・リンジ―…」
「これはこれは。リンジー伯爵家の次男で、聖女エレクトラ・クランツ公爵令嬢と懇意にされている、天才魔導師さまであらせられましたか。知らなかったとはいえ、ご無礼を働き大変申し訳ありません」
ラースが言い終わるのを待たずに、フェイは明らかに棒読みの口調で謝罪を述べた。
その内容はまるで貴族の間で交わされる慇懃無礼な会話そのものだが、幼い平民の少女は完璧かつ優雅な所作でローブの裾をつまみ、膝を曲げて腰を落とし、深々と頭を下げて見せる。
もちろん、彼女に会わせて護衛の魔道具師も同様で胸に手を当ててきっちりと頭を下げた。
「君の名は…」
「フェイと申します」
挨拶の形のままさらに頭を低く下げて答える姿に、ラースはため息をつく。
この庭園の植え込みは警備しやすさを優先して全て低く設えており、遠くからも丸見えだ。もちろん建物からも同様に。
ようは、会話が聞こえない場所からこの様子を見ていた人々は自分がわざわざ魔道具師の少女を苛めに行ったと思う可能性がある。
それを、十分に意識しての今なのではないか。
嵌められたのは、いったいどっちだ。
「僕が軽率だった。二人とも頭を上げてくれ」
「ご厚情を賜り、深く感謝いたします」
首を今一度垂れた後、すっと姿勢を正す。
見た目は子供。
祖父の血統なのか手足が長く背が高めのようだが身体の薄さから八歳という年齢に相当する容姿だ。
でも、この口と脳の働きぶりはその数倍生きた人間のように感じる。
まるで…。
そう、知人で例えるならば王弟マンフレートのような。
『ミタメハ … ズノウハ …ッテネ』
「え?」
ちいさな唇からふいに何か呟きが聞こえたような気がしたがラースは言葉としてとらえることができないまま、少女は猫のような金色の瞳をにいっと細め、口を真一文字に閉じている。
「それで、リンジー伯爵子息様。私などに何か御用でしょうか。貴方様がここにいらっしゃるということは、会議は終わったのですね。なら、祖父たちの元へ戻らねば…」
腰まで伸びた艶やかな白銀の髪が風にそよぎ、微笑んで佇むだけならこの子は白磁で作られた人形のような美少女だ。
しかし、鋭い爪を隠し持ちそれをラースに向かってちらつかせている。
「いや…。休憩に入ったところで、まだ終わっていない。廊下の窓から君が見えたから降りてきた」
「それは、いったいなぜでしょうか」
「魔道具師たちが絶賛するギルド長の孫と話をしてみたかったんだ。今日の出席者の中で君に年が一番近いのは僕だから打ち解けやすいかなと思って」
今一度、女たちなら老いも若きもそしてエレクトラですらも胸を打ち抜く、渾身の上目遣いをフェイに送ってみたが、目の前の子どもはまるで汚いものを見たような顔をし、さらにはわずかに口を開き『うげえ…』とうめき声を上げた。
「は?」
思わず素を出したラースに、フェイはぱっと美麗人形顔に戻る。
「左様ですか。しかし大切な会議の途中だと言うのに私ごときに構っていては、リンジー伯爵令息様の差しさわりとなりましょう」
暗にさっさと去れと言われると、ラースは意地でも戻りたくなくなった。
「ラースでいい。回りくどいから」
「お言葉に甘えまして、ラース様。貴方様は魔導師の中で実力ならば一二位を争うとお聞きしています」
「もう、敬語とか良いから。最初の喋り方でやってくれ。なんかもう、疲れた」
「あ、そう? じゃ、遠慮なく」
途端にフェイの顔つきが変わる。
「あのさあ、ようはあの異業種交流会、とっとと廃止するように聖女様とか王族のみなみなさまとかに働きかけてくれないかな。すっごい時間の無駄」
「は?」
「そりゃあさあ、魔導師サマたちの顧客はお貴族様ばっかりだし、そもそもあんたたちほとんど国のお抱えだし実家は領地収入アリで裕福だから、ラスボス倒して平和になったら超絶暇なんだろうけどさ。あたしら魔道具師は平和だろうが戦時中だろうが日常に深くかかわる仕事をしていて、やんなきゃいけないこといっぱいなの。契約した納期は守らなきゃ依頼人に迷惑をかけてしまうし、材料費に人件費に税金の支払いにって色々頭を悩ませながら、人々を喜ばせるために精一杯努力してんの。あのダラダラとした会議に出ている暇があったら、あたしらは一つでも多くの作業を進めたいのよ。わかる? わかんないよね? わかんないからずーっとこんな無駄な会合、毎月丸一日かけてんだよね? もうさ、こんな不毛な行事、いっそ失くしてしまえよ」
敬語を解除するなり仁王立ちしたフェイが二倍速でまくしたててきて、ラースは圧倒された。
辛うじて言葉は聞き取れたものの、驚きのあまり後手に回ってしまうのは仕方ないだろう。
見た目は子どもなのだ。
しかも、女の子からここまで罵倒された経験は一度たりともない。
新鮮だった。
「あ、あのさ…」
「ねえ、ずいぶん悠長だけどさ。あんたは自分がいったいどれだけ長生きすると思ってんの?」
「え? いきなりなんなの、会議の話していたよね?」
「命はね。突然前触れもなくぷつんと終わるもんなんだよ。それ、ちょっとでも考えたことある?」
「…きみ、なんか本当に面白い子だね」
「あ、その台詞、くっだらないフラグみたいで嫌なんだよね。あたしに惚れても無駄だよ。あたしは月みたいに冷たいけどほんとは優しくてカッコイイ女の人が好きなんだ」
「…ほんっとに、おもしろいなあ、きみ。僕、気に入っちゃった」
フェイの背後に立つ護衛の肩がわずかに揺れた。
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