第37話 魔導師と魔道具師はひたすら深い溝を掘る




 ところでオーロラの寝室で三姉妹パジャマパーティが開催できたのは、もちろんフェイを崇拝…いや溺愛する魔道具師たちの尽力によるものだ。


 続き部屋にもともと据え付けられていたワードローブ、ようは大きな洋服箪笥の中を改造し、転移魔法陣を刻み込み、フェイとミシェルが外へ出ることなく気軽にオーロラと会えるようにした。

 もちろん逆も可能で、オーロラはワードローブの扉を開けて中に入り行き先を念じて扉を開けるだけで、魔道具師ギルドのフェイかライト男爵家のミシェルのワードローブから登場できる。


 この発明の元ネタはフェイとミシェルで小学生の頃に図書館で読んだイギリスのファンタジーの一場面で、思いっきりパクリだそうだ。


 とにかく、どれも敷地及び建物の奥で行われる魔術ゆえにオーロラの周辺に張り巡らされている監視の目をかいくぐることができ、情報交換など可能になった。



「そういや、この間の会談どうなったの」


「あーあれね。ますます深い溝が刻まれて、もう修復不可能じゃね? って感じ」


 フェイはポテトチップスをぱりぱりと嚙みながら首をすくめた。

 番茶を飲むオーロラとミシェルは顔を見合わせる。


「なんて表現すればいいかなあ、前世のホワイトカラー対ブルーカラー的なヤツ? 魔導師と魔道具師ってさ…」


「なるほど」


 この世界で魔導師は花形職業の一つだ。

 多大な魔力を持ち、それを使いこなせるだけではなく、魔物を撃退する姿は子どもたちの憧れで、魔導師、騎士、聖騎士たちの姿を見かけると人々は賞賛のまなざしを送る。


 それに対し、同じく魔力を持ち使いこなしているにもかかわらず、道具作りを主としている魔道具師はなぜか一段下の存在として扱われる。

 貴族から庶民まで生活に根ざした製品を提供しているにもかかわらず、いささか地味な立場にいるのが魔道具師だ。


「あ、陽キャと陰キャ的な?」


「それをあんたが言うの、フェイ…」


 単純に、花形職業の方に貴族だの血統の良い人々が多くコネだの資金力もあるせいで制服も派手で高級な素材が使われているせいではないかと、ミシェルは内心思っている。


 魔道具師たちが揃いの服を着るのは営業または会議で魔導師と殴り合いをするときぐらいだろうか。

 その殴り合いな会議は国の取り決めで一月に一度、行われる。

 情報交換と連携のためだが、なんせ。


「魔導師の奴らがマウントとるばっかで、会議になりゃしねえ」


 つまりは、せっせと深い穴を掘り続けているらしい。

 フェイの立案で作られた便利魔道具の報告しようとしたが、けんもほろろで、爺馬鹿もたいがいにしろと聞く耳を持たず、魔道具師たちはテーブルの下で呪陣を開きかけたとか。


「あ、そうそう。逆ハーの魔導師いたよ。急に声かけられたけど、ほんっといけすかねえヤツでさあ」


「魔導師? ええと…名前なんだったっけ」


 ゲームを少し見ただけのオーロラにとって、五人の男の記憶はイベント成功時の静止画のみ。ぎりぎりで袖口に金糸の刺繍をほどこされた白いローブ姿の茶髪のちょっと弟キャラだったという印象だけはなんとか掘り出せた。


「ラース。リンジ―伯爵の次男坊なんだけど、多分アイツ、ねえちゃんを弱らせるしかけに絡んでる」


「え?」


「だって、いつもならあたしのことそのへんの石ころみたいに無視してたくせに、今になってわざわざ近寄って話しかけてきたんだもん。なんかそれってさ、殺人犯が人だかりの現場に様子見に来るのにそっくりじゃん」







 魔道具師ギルド長である祖父はいつも会議にフェイを伴って出席するが、魔導師たちに却下され、騎士から転向した魔道具師を護衛がわりに建物のどこかで待つ様式美を繰り返している。


 先日は天気が良かったので庭園を散歩していると、薔薇の垣根からいきなりラースが登場した。


「ねえ、ギルド長が溺愛している孫って、君?」


 べっこう飴のような髪にエメラルドのキラキラした瞳と薔薇色にうっすら染まった頬と形の良い唇。さらに透明な甘い声で話しかけられたとくれば、普通の少女なら頬を染めただただ見とれるばかりだろうが、フェイは残念ながら違う。


「そうだけど、あんただれ」


 無敵の八歳は上段の構えで応じた。



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