第36話 特別仕様のネックレス



「あ、そうだ。忘れないうちに渡しておくよ」


 アメリカンドッグを三本立て続けに食らって落ち着いたらしいフェイはお手拭きで汚れを拭ったのちぴょんとベッドから飛び降りて、近くの椅子の座面に置いていた超絶便利ポーチに手を突っ込む。


「こんなんでいいのかな。あたし、センス皆無だからわかんないや」


 小さな手に握られたのは、宗教装身具。


 数珠のように丸くカットされた藍色のブルーカイヤナイトを鎖と交互に編んだネックレスで、束ねた先に小さなプレートが取り付けられていた。


 この国の宗教で祈りを捧げる時に使い、宗教者や信心深い者は常に身に着けている。


「うん。ありがとう。無茶ぶりしたのに最短で作ってくれて」


 オーロラが受け取ると、前世も今も姉が無宗教であることは分かっているだけに、ミシェルが不思議そうに首を傾げた。


「何? 突然そんなものどうするの」


「もちろん、これはフェイクね」


 形状は前世のカトリック系の人々が祈りに使うロザリオと似ているが、首から下げて携帯する点が大きく違う。


 オーロラがネックレスを首から下げ、金色のプレートを握りこむ。


「こうするとね、ほら」


 親指を繋ぎの部分に当てるとそれはわずかに大きくなり形を変える。


 前世の言葉で表現するならば少し大きめのUSBといったところ。


 ミシェルは美兎だったときに見たことがあった。

 鈴音が持っていた防犯グッズの一つとして。


「ん? これって…」


「うん、スタンガンのミニミニ版。女性向けだから」


 握りこんだまま小指側を傾け、底に施された細工を見せた。

 小さいながらも照射部がある。


「護身用に…。念のために作ってもらったんだ」


 覚醒してからのオーロラは鈴音の記憶にあるメソッドでさまざまなトレーニングを試したが、ずっと安静に過ごしていたため、ほどなくして己の驚異の体力と筋力のなさを痛感した。


 柔軟性も皆無で、酔っぱらって不埒な行いをした男に一発お見舞いした時には威力が全くないにもかかわらず逆に手首を痛め、あちこち筋肉痛となったのには心底驚いた。


 付け焼刃の護身術では己も周囲の人の命は護れない。

 刃物など携帯してもやすやすと取り上げられ、最悪の事態となるだろう。

 そこで思いついたのが、この世界にないスタンガンだった。

 少なくとも多少の時間稼ぎはできる。


「フェイたちのおかげで呪具に吸い上げられていた魔力が少し戻ってきているから、それを電源にする感じかな」


 ただし現在のオーロラは、ほんの少し治癒と清拭を絡めた水魔法が使えるのみ。


 ゲームのチュートリアルの初期の初期といったところで、本来ならば入学してイベントをこなしていくうちに様々な魔法を会得するはずだったが、それはもうかなわない。


「なるほど…」


 ランウェイでストーカーに襲われた鈴音は裸同然で無力だった。


 そして、たまたま特別招待された阿澄の席は凶行が起きた場所から遠く、すぐに駆け付けることは不可能で、ただ姉が息絶えるのを見続けるしかなかった。


 だからフェイは、オーロラの頼みを聞くなり三日もたたずに作り上げた。


「まあ、もうちょっと改良を加えたら製品化できるかもねえ。防犯もだけど、魔物とか」


「フェイ、私にも作ってくれる?」


 ミシェルの問いに、こくんと頷く。


「うん、もちろんだよ。なんなら三人でお揃いにしようか。良い石が手に入ったんだ」


「あ、それいいね~」


 両手を叩いて喜び合った後、ふと、オーロラは首をかしげた。


「でもさ。阿澄って手芸の類はあんまりだったよね。フェイはネックレス編めたの? 魔道具師になってその辺変わった?」


 ワイヤーを鎖に加工して珠とつなげる作業はハンドメイドを彷彿とさせ、理論や発想を展開させるのは好きだが手先がいまいち不器用だった阿澄の前世を考えると、姉妹として不思議な気持ちになる。


「ああ…。それは…さ」


 すっとフェイは真顔になってぽつりと答えた。


「設計はあたしで、実際に作ったのはロルカ」


「…はい?」


「ロルカ、ああ見えて手仕事好きなんだ。気分転換に編み物とか刺繍するし。だから、魔道具師になったというか…」


 説明しながら件の超絶便利ポーチを指さす。

 最初に見た時に思っていたが、女児向けの可愛らしい色とデザインだ。


「あれもロルカが作った。実は織じゃなくて刺繍なんだよね。まあ保護魔法もかけるついでって言ってたけど、可愛い柄すきなんだよね、ロルカが」


 オーロラとミシェルは宙を見上げ、魔道具師ロルカを思い浮かべる。


 四十前後ですらりとした身体つきのちょっと陰のある、いわゆるイケオジのロルカ。


 そんな彼が八歳児に似合うポーチとか、この素敵な装身具を作成している姿はなんとも。

 魔道具師なのだから、これは仕事の一環。

 さすが職人技、ではあるが。


「すっごく萌えるわ…。振られたけど」


 オーロラは胸を押さえてため息をついた。


 きゅんきゅんくるが、過去…前世でそんな男が知り合いにいたような気がしなくもない。

 脈のない男は即刻記憶から消すようにしているので、とんと思い出せないが。


「でたよ、スズねえの病気」


「まあ、二次元と思って愛でるくらいは許されるんじゃね?」


 妹たちは相変わらず容赦ない。


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