第39話 焼きそばパン買ってこいよ的な



「うわ、最悪」


 ぽそりとミシェルは呟き、オーロラは指を額に押し当ててうなる。


「…それって、なんか妙なのに懐かれたってことかな?」


 少女漫画で見かけるヒーローの壁ドンと『おもしれ―やつ』にときめかない、むしろ蹴りを入れたくなる三姉妹にとって、ラースのそれは『キモい』。


「そもそもあたしいま八歳だよ。ロリコンなのかあの男は…ってか、エレクトラはどうした」


「別腹?」


「いーやーっ!」


 フェイは頭を両手で掻きむしりながら奇声を上げ、ぼふりとオーロラの膝に飛び込んだ。


「しかもアイツ、最近チョロチョロチョロチョロとコバエのようにあたしの行動範囲をうろつくようになったのよ。マジキモイ」


 おかげで外出の時は警戒態勢だ。

 元騎士のウォルターは最近魔道具師としての仕事を何度も中断させられている。

 本人が志願しているとはいえ、支障をきたしていることは明らかで。


「ああ、アイツを抹殺してしまいたい…」


 膝を提供するついでにフェイのつやつやの髪をオーロラは撫でながら堪能していたが、元妹の口からは呪詛が漏れだす。


「ところで、なんでそのロリコン魔導師がうちに仕掛けられた呪いの魔道具に絡んでいるという結論になったの?」


 ラースはエレクトラの恋人たちの中では最年少でオーロラと同い年の十六歳だが、ロリコン魔導師とあだ名が確定した。


「もうさ、じいちゃんたちが頭にきてさ。リンジー家調べるかってなった時に、ロルカがそういやラースの叔父、つまり現リンジー伯爵の弟の一人が魔導師だったけど、何年か前に急死したらしいって言いだしてさ」


 魔道具師ロルカは魔導師からの転向だ。

 リンジー家のハリスとは年が近く学生時代からの顔見知りだった。


「なんか、顔も家柄も良くて裕福なだけにプライドが高くていけ好かない奴で」


「さすが血縁」


「少なくとも好きで魔導師やってる感じじゃなかったって」


「あー、貴族の子だくさん男子あるあるだ」


 タブレット端末で貴族名鑑を検索した三人は頷き合う。


 先代の夫婦仲が良かったのかラースの叔父の数は片手では足りない。

 次男から順に補佐職や領地経営や事業管理などに役割分担したとしても限界がある。

 ましてや婿養子候補なども才覚がなければ申し込まれることもない。


 よってハリス・リンジーは、魔力量が少し多めだったことから、例のゲームに出てくる貴族の子弟ばかりが通う学校の魔術学科へ投げ込まれ、卒業後にはコネで順当に魔塔入りしたはずだが、いつしかクランツ公爵の下に就いていた。


「で、なんでそのハリスとやらが?」


「じいちゃんたちみたいな職人だとさ。ああいう呪いの魔道具を分解して丹念に調べたら作った奴の癖とかしるしとか魔力痕? まあDNAみたいなもんかな。それを見つけ出すことができるんだよ」


「へえ…。そうなんだ。それで、そのおっさんの痕跡が出たの?」


 オーロラの問いにフェイは首を振る。


「いいや。製作者はマルコっていう魔導師…元魔導師というか魔道具師と言うか」


「どういうこと?」


「平民で魔力を持っていたから特待生として魔道学科に入学して特待生としてのぎりぎり成績で卒業し、初級魔導師として魔塔に入ったまでは記録があるのだけど、彼もいつのまにか消えていて、消息も不明」


 フェイの説明に、オーロラとミシェルは顔を見合わせた。


「…なんだろうね。前世のうちらに対する世間の皆々様のなんとやらをじわーっと思い出すようなヤツ?」


 イキモノの本能の底にある序列意識がそうさせるのか。

 下位の者には何をしてもかまわないと思う人間はどちらの世界にも一定数存在する。

 ましてや、ここは貴族が優位であることが当たり前の社会なのだ。


「ロルカが伯爵令息のとりまきの中にマルコらしき学生を見かけた記憶があってさ」


「あのイケオジ・ロルカの少年時代って…」


 豊満な胸に両手をあててときめくオーロラの背中をミシェルが肘でどつく。


「いま、それは考えるのやめて。時間は有限だから」


「…くっ…。ごめん。話を続けてフェイ」


 唇をかみしめる姿すら様になる超絶美少女で中身はかつての姉に、フェイは肩をすくめた。


「少年ロルカの眼に、マルコはとりまきですらないポジション…ようはパシリに見えたらしい」


「パシリ」


 オーロラが復唱すると、ミシェルがこてんと首をかしげる。


「あの、焼きそばパン買ってこいよ的な?」


「え…。あんたたちの通った学校、焼きそばパンまだあったの」


 中卒で卒業ぎりぎりの出席率だったが『鈴音』の学生としての鮮明な記憶の一つとして、学内の売店がある。

 給食がなかったため昼休み限定でパンを売っていたが、悲しかな、そこに焼きそばパンはなかった。


 鈴音は。

 このパンに麺類を挟むダブル炭水化物灰カロリーなヤツが密かに好物だった。

 職業柄、滅多に口にできないだけに恋心は募る。


「あった」


「うん。うちはナポリタンもあったよ」


「お~のう~っ!」


 妹たちの無慈悲な回答に頭を抱えて嘆く。


「うらやま~っ!」


 発狂して叫び出すオーロラの口をミシェルが塞いだ。


「どうどう…。貴方の忠実な侍女たちが姉いじめをしていると勘違いするからお願い落ち着いて…」


 今、ミシェルは命の危機を最大限に感じている。

 なんせ、ここはある意味アウェー。


「ねえちゃん、また話がそれているよ」


「うう…。ごめん」


「とにかくね。ハリスのおっさんってさ。実技はさすがに本人がやんなきゃいけないからそこそこ頑張ったけど、それ以外の座学関連は不真面目だったのに成績上位者だったんだよ。だからマルコにやらせていたのではって情報を拾って来てね。つまりは…」


 ハリス・リンジーにあの超絶技巧・呪いの魔道具を作る才覚はない。


「アウトソーシング…というか、手柄の横取り」


「だね」


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