第31話 うそつきと、うそつき。
『××ちゃん、あの歳で初キスもまだだったらしいぜ。ありえねー』
酒と煙草と香水と。
色々な匂いで気分が悪くなり、こっそりテラスへ出ようとしたら聞こえてきた言葉。
『え、マジ? っぽいなあと思ったけどさ、今どきいるんだ』
『ぜつめつきぐしゅ、はっけーん!』
どっと笑い声が上がる。
慌てて暗がりに隠れた。
たむろしている男たちはみな、同僚だった。
彼らは酔い覚ましに外で煙草を吸っているようで、こちらには気づかない。
『もうさ、〇〇さんがチューした時に気付いて、この女めっちゃ重い、あぶねぇって慌てて引き返したって言ってたもん。ホントはちょっと飲ませたらいい雰囲気になったからこのままやっちゃえって思ってたらしいけど、ハジメテとかメンドーだし、そーいう子ってさあ親連れて来てセキニンとれとか言い出しそうだから、なんかテキトーにごまかして逃げたっつってたな』
『ああ、××ちゃん、教師とかコームインの家だったよな。うわ、きをつけよ』
何が面白いのか、皆で『こええー、怖え~』と言ってゲラゲラ笑っている。
ショックで膝が震えた。
笑い話のネタにされている『××ちゃん』は自分で。
『〇〇さん』は自分が勤めているIT企業の社長で。
今日は超高級ホテルで若手青年実業家として成功している彼の結婚式と披露宴が行われ、今は近くの有名レストランで二次会。
本当はどれもも出たくなかった。
でも、そんなわけにはいかない理由があった。
自分は、新婦の友人で。
新郎新婦を引き合わせたキューピットとして、披露宴でスピーチをさせられたから。
それからどうやって二次会の会場から出られたのか覚えていない。
気が付いたら独り暮らしの部屋へ帰ってきていた。
灯りをつけないなくても、ベランダから街灯の薄明りが差し込む。
ヒールの高いパンプスは途中で脱げたのか、足の裏は汚れていてストッキングも裂けて、ついでに転んだらしく膝からは血が出ている。
こんな自分とすれ違った人たちは、さぞ驚いたことだろう。
明らかに披露宴帰りの女が裸足で街を歩いたなんて。
でも、痛みとか、見た目とか、どうでもいい。
ぺたぺたとそのまま歩いてクローゼットの奥に置いていた段ボールを出して、リビングで逆さに振った。
床にざらざらと散らばったのは、鎮痛剤。
『あの日』から、ドラッグストアを見かけるたびに一箱ずつ買った、私のお守り。
そのまま床に座って、ゲーム機を立ち上げた。
画面に映し出されるのは、十年も前にヒットした乙女ゲームのオープニング。
パッケージに描かれているヒロインが親友にそっくりで、つい買ってみたら思いのほかのめり込んだ。
上京した時にこれを本人に見せたらすごくすごく喜んで、彼女も自分で買って何度もプレイしたと言っていた。
楽しいね、素敵だよね。
すごく綺麗な顔で笑っていた。
ありがとう、大好き、××ちゃん。
ずっと、ずっとお友達でいてね。
離れていても、親友だよ。
そう言ったのに。
嘘つき。
「どうして、〇〇さんを盗ったの、心愛」
どうして。
どうして、重いって。
あの時、言ったじゃない。
『君の初めてが俺のものなんだ。嬉しいな』
だから、ゆっくりと二人で進もうねって。
明日、また一緒に過ごしてくれるかいって。
嘘つき。
「は……。ははは……」
嘘つきと、嘘つき。
なんてお似合い。
「オーロラなんか……」
今日のためにわざわざネイルサロンへ行き綺麗に整えた指で、つまみ上げたお守りを口に入れる。
そして。
かり、と噛んだ。
かり、かり、かり、かり……。
やがてすべてが歪んでいった。
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