第30話 阿澄と美兎の再会



「いやー。アスねえが八歳からやり直しとはねえ。ウケるわ」


 感動の姉妹再会の一言目は実に遠慮のないものだった。


「正確には生まれた時からあたしはあたしで、覚醒が三年前ってだけだけどね」


 床にカーペットを敷いてクッションを並べたフェイの私室で、ミシェルは八歳児の軽い蹴りを受けながらカーペットの上でくつろいでいる。

 ちなみに、カーペットの下には畳を模した板が敷いてあり、互いに靴を脱いで足を崩す。


「神様の思し召しじゃね? 魔道具師ギルド、どういうわけか男ばっかだし」


 阿澄は前世でもそうだった。

 理数系の能力の高さから周囲の勧めで偏差値の高い工業専門学校へ進学したが、そこは女子が一割程度で、編入進学した大学も同じ。就職先でようやく周囲に素敵な女性たちがいるとウキウキ通勤していたさなかの転生。

 覚醒して一番にやったことは、転生させた『何か』に悪態をつくことだった。


「それはたまたまだってば。あたしのせいじゃないよ。産休育休に結婚して地方へ行っちゃったとかだからね」


 けっして迫って逃げ出されたわけではないもんねと、フェイはむくれる。


「はいはい。アスねえが他人には百万匹の猫を装着するし本命には純情なのは知ってっから。まあお食べよ。こっそり唐揚げ作ってきたからさ」


 ぱかりと持参したバスケットの蓋を開くと、唐揚げとハトシと酢漬け野菜が詰め込まれた容器が顔を出した。


「やったあ。美兎だいすきぃ」


 途端に機嫌を直した前世の姉に同じく持参した魔法瓶を手に取り、湯呑に茶を注ぐ。

 するとこの世界では珍しい、火で炒ったよう炭のような独特の香りが二人の間に漂った。


「〇×〇☆彡…」


 一杯ほおばってハムスターの口になっているフェイに、何を言いたいか理解しているミシェルは冷静に応じる。


「ああー、はいはい。紅茶の産地から茶葉を手に入れて緑茶もこっそり作っているのよ。そんで、これはそれを更に炒ったほうじ茶ね」


 皆を言わせず、がばっとフェイはミシェルにタックルして、かおをぐりぐりと擦り付けた。


「ああ、わかったわかったから。嬉しいってよくわかったから! ほら、油の付いた口を私の服に…。あああ~。もう!」


 ミシェルは前世の姉の幼児返りに手を焼くこととなった。




「それでさあ。今後の事なんだけど」


 フェイの食欲が治まったところでミシェルは話を切り出す。


「私、かなり血眼になってオーロラ・ハート探したのよね。見つからないしゲームからずれてきているから、とりあえずピンク頭の美少女で国内探させて」


 食材を扱う商会であることは捜索にとても都合が良かった。

 あちこちの屋敷や公的機関の裏口に入り、噂話も収集し、伝手をつなげていけるからだ。

 孤児院や修道院ももちろんあたったが、一切の情報が手に入らない。


「はやり歌になった女王マグダレーナが存在しないように、オーロラも都市伝説の類になっているのかと諦めかけたところで、最近親しくなったお屋敷の料理長夫妻が豚のロース肉叩き潰さないでカツにするって言いだすから、ほんと、ラッキーだった。でも、これってただの運と思う?」


 オーロラが生活しているトンプソン邸とは昔から取引はしていたが、浅く薄いつきあいだった。

 しかし、凱旋パレードの直前あたりから使用人たちと意気投合し、使用人休憩室で一緒に茶を飲むまでになり、鈴音に繋がった。


「どうかな。異世界転生でよくあるシナリオの強制力ってパターンかもしれない…」


「それ、エレクトラも考えているだろうね、今」


 高橋の祖父の元へ引き取られてから、姉弟妹でよく図書館へ行った。

 引き取られた経緯を周辺の住人は知っていたためやや孤立していて、本を買うお金がないことは分かっていたので、勉強と気分転換に必要なものは全部借り、早くに出稼ぎに出てしまった鈴音以外の四人はライトノベルを片っ端から読んでいる。

 もし残りの二人が同じように転生してひとりぼっちだとしても、実はあまり心配していない。自分たちと同じく適用力はあり、それなりに楽しく暮らしているのではないかと思う。


 だが、問題はオーロラに転生してしまった鈴音だ。

 中途半端な知識しかない上に、妙なことになっている。


「スズねえは、しばらく来るなって言っていたけどね…。帰ってからもう一度色々考えて思い出したけど、オーロラの実兄、どっちかというと鼻持ちならないろくでなしなんだよね。このまま何もないとは到底思えない」


 オーロラの兄であるグレッグはミシェルの一つ上で、同じ学院に通っていた。


 ミシェルは早くから家業に精を出してあちこち飛び回り、最低限しか登校していないため、関わりはほとんどなかったが。


「金持ち平民、で、顔は甘めのちょっと美形だったから、最初は女の子たちに粉かけていたけれど、令嬢たるものは婚約者が出来ると異性と親し気にしていたら破棄されるからね。だんだん遊ぶ相手がいなくなったら、既婚者をターゲットにし始めて、今はあちこちのご婦人のドレスルームに入り込んでいるみたい」


 貴族の女性の私的な空間、ドレスルーム。

 所有者と直属の使用人以外でそこへ入ることができるのは、夫もしくは婚約者か恋人のみ。


 この国では跡継ぎとスペア、もしくは貴族間の婚姻に利用できる娘など産んだ貴婦人は大っぴらでなければ好きに振舞って良いとされている。


 ようは、羽目を外しすぎない程度に男と遊んでよいのだ。

 そのお相手として、グレッグ・トンプソンは重宝されていた。

 金に不自由はしておらず、平民と言えど血筋は一応貴族。

 体のいい男娼として扱われていると本人は気づいていないが。


「二十歳になっても独身の私がいう事じゃないけど、そろそろ潮時だって両親は思っている頃じゃないの。そうなると、やりそうなことは…」


「予定外とはいえ生きているオーロラを、せっかくだからどっかの訳アリ貴族に高く売るってとこか」


「だね」


 グレッグの婚姻を優位に導き、貴族へ返り咲くためにも。


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