第32話 悪役令嬢エレクトラの誕生
「おめでとうございます。公女様が誕生されました」
目を開いた瞬間、そこはきらきらと輝く世界だった。
海外の時代物ドラマで観たような姿の女性たちと、調度品。
こうじょさま。
自分の事らしいが…。
すこしぼんやりした視界に映る自分の手はとても小さくて。
これはまるで漫画や小説の世界にある異世界転生みたいだと思って笑うと、メイド姿の女性たちは『公女様が笑った』と喜んだ。
夢なのか、現実なのか。
親友に裏切られて。
尊敬する社長に弄ばれて。
同僚たちには嗤われ、絶望して、自暴自棄になって。
そこから記憶が途切れている。
もしかして、私は死んでしまったのだろうか。
まるでそれを裏付けるかのように。
幾日経っても。
何度寝ても覚めても、自分は『公女様』のままで。
やがて立派な姿の『公爵様』と『公爵夫人』と『公子様たち』に付き添われ、とてつもなく豪華な教会へ連れていかれ、物凄い金糸の刺繍をほどこされた衣をまとった老人から『エレクトラ』と呼ばれ、ようやく理解した。
自分は。
『聖女オーロラは愛を奏でる』というゲームの悪役、エレクトラ・クランツ公爵令嬢なのだと。
昔、移動時間の暇つぶしに読んだネット小説で山ほど見かけた設定。
事故や病気で亡くなったヒロインが生前目を通した小説やゲームの悪役令嬢に転生し、バッドエンドを回避するための孤軍奮闘し、周囲から愛される展開はもはやテンプレートだ。
これが一時の夢だとしても、みすみす自分が不幸になるのを待つだけなんてできるわけがない。
生まれた瞬間に覚醒したならば、それなりに意味があるはず。
自分を『ここ』に落とし込んだ『神』は何を望んでいるのだろう。
そして、してはならないことは何なのか。
とにかく、この世界のルールがわからない。
ある小説では『原作の強制力』が発動し、安易にフラグを折ると別の何かが代償として『壊される』ことがあった。
だから、些細なことから試すことにした。
『聖女オーロラは愛を奏でる』は大ヒットしたおかげで、漫画化もアニメ化して、攻略本やファンサイトの解説だけでなくイベントも開催されてスタッフの裏話までネットに流れていた。
その時に、キャラクターデザイナーや監督たちがゲーム中に盛り込めなかった多くの裏設定を公表してくれたのを、悲しいかなすべて覚えている。
そこまでのめり込んでいた当時の事は、死ぬ間際の自分にとって黒歴史でしかなかったけれど。
今は、それが自分にとっての何よりの力となる。
まずは、エレクトラについての裏設定を思い出す。
両親は高位貴族同士の政略結婚で、長男と次男、そしてエレクトラが生まれる頃までは夫婦仲は悪くなかった。
しかし、跡継ぎ、スペア、政略結婚の駒としての娘を産み終え、貴婦人としての務めを無事終えた母親が、プレッシャーから解き放たれたはずみから社交にのめり込み始める。
貴族世界には暗黙の了解があり、数人子どもを作れば夫婦は互いに好きにして良いとされていた。要するに、婚外恋愛の黙認だ。
もともと美しい母親はあちこちでもてはやされ、ファッションリーダーのような立場となって着飾ることに金をつぎ込み、様々な貴族との恋も嗜むようになる。
そんな妻に愛想をつかした公爵は仕事に邁進し、そして彼もまた愛人と過ごすようになり、子どもたちの養育は家臣たちにゆだねられ、情のつながりの一切ない冷え切った家庭となった。
第二王子の婚約者候補として早くから目を付けられていたエレクトラは二歳になるころから早期教育が始まり、無邪気な子ども時代とは無縁の生活を送り、『悪役令嬢』らしい少女に育つ。
これを根底から覆さねばならない。
まずは、母親の行状を変えてみることにした。
エレクトラは、母に抱かれると笑い、使用人たちに抱かれると大泣きしてみせた。
『お嬢様は、奥様が大好きなのですね』
侍女たちに感服したように言われると、悪い気はしない。
この国の貴婦人たちのほとんどは産み捨てで育児は使用人に丸投げが基本だが、そうでない家もある。
決して異端というわけではないのが救いだ。
鬱陶しがられない程度に頃合いと加減をみながら、ひたすら懐いて見せた。
着飾って出かけようとすると泣き、家にいると喜ぶ。
それを繰り返すと、母親は最低限の行事や茶会以外は出席しなくなり、エレクトラとともにいるようになった。
すると、兄二人の時は関わってこなかった子育てにおそるおそる手を伸ばす夫人に、使用人たちは好感を持ち始め、屋敷の中の雰囲気が変わっていく。
やがて夫である公爵も妻への見る目が変わっていき、息子たちもそれにならう。
家庭が円満になっていくついでに、彼らの交友関係も変わった。
金と権力で繋がりうわべだけの親交ばかりだった『前設定』の貴族たちとは距離を置き、良識ある稀有な人々と知り合うようになる。
注意深く様子をうかがってみるが、そのせいで公爵家に損害が出る様子はない。
そして、誰かが死ぬことも。
両親はまるで恋人同士のように過ごし、兄たちには溺愛される日々。
三歳になり、言葉もだいぶ話せるようになったエレクトラは次の手を打つことにした。
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