第19話 ソウルフード試食会第一弾



 阿鼻叫喚の再会から三日後、今度はオーロラの住まいの応接室に魔道具師ギルド長と孫を招待した。


 監視されているかもしれないので、この応接室に転移装置を設置してこっそり飛んできてもらったが、そのあとひと悶着があった。


 結論から言うと、唐揚げは挫折したからだ。


 醤油がこの国には存在しないことを失念していた。



「ねえちゃんのうそつき……」


 すっかりむくれてそっぼむくフェイに、いい加減ギルド長も慌てなくなっている。


「すみません、うちの孫が…」


「いえいえ。こちらこそすみません、一部記憶だけうちの妹が…」


 相変わらず理知的な額をしているなとギルド長のご尊顔に見惚れつつ、これが八歳設定の強制力なのか、二十四歳の分別がどんどん消えているように思うのは自分だけだろうか。


 まあ、もともと甘えん坊だったなと首を振りながら、腰に手を当ててビシッとフェイに人差し指を突き付けた。


「よーく考えてごらんなさいよ、フェイ。私は両親からネグレクトされて屋敷に軟禁されているただの引きこもり平民なのよ。ロバートが優秀で隠し財産をこしらえてくれているから実は大金持ちだけど、何の権利も人脈も持ち合わせていないの」


 そう。

 エレクトラはこの国一番の高位貴族の娘で、ゲームを攻略済み。

 人脈も金も使い放題だ。


「醤油とか味醂とか米粉とか、この国ではクランツ公爵しか入手できない貴重な食材だないなんて知らなかったんだから、仕方ないじゃない。とりあえず今は諦めなさい」


 ゲームの設定がいい加減と言えばそこまでなのだが、十七~十八世紀あたりのヨーロッパを想定しているようで、ジパング的な国との交易ルートがほとんど確立されていない。


「くっそ…。レアアイテムかよ。これだから権力者ってやつはいけ好かないんだよ」


「そのうち伝手を使って入手とか代用品がないか探ってみるから、ね?」


 衣に使う片栗粉はなんとかとうもろこし粉で代用できるし、小学生のころに家庭科か理化の実習でジャガイモから作った覚えがあるので数日かけて作ることは可能だ。


 問題はとにかく醤油。


「うわーん。今日は唐揚げの気分だったのに~」


 床にぺたんと座り込んで号泣しながら両手を振り回して駄々をこねる八歳児に、もうこの子が二十四歳ということは忘れようと現祖父と元姉は心の中で決めた。


 この子は、黙っていれば超天才魔導士で涼やかな目鼻立ちの美少女だけど、中身はただ今大絶賛子供返り中の暴れん坊将軍。


「…………」


 稀代の魔道具師フランコと平民娘オーロラが、眼と目で通じ合った瞬間だった。


「まあ、機嫌を直してちょうだい。パン粉系揚げ物なら再現できたから。豚カツとエビフライとジャガイモとひき肉のコロッケ、メンチカツ、それと南瓜のコロッケを作ったわよ」


 オーロラが言い終える前に応接室の扉が開き、ナンシーたちがワゴンに料理を乗せて現れた。

 室内は香ばしい香りでいっぱいになる。


「さあ、こちらへどうぞ」


 応接室は食事がしやすいテーブルセットを配置していた。


「え? そっか。そっち系なら食べられるんだ」


 ぴょんと立ち上がったフェイを祖父は抱え上げ、あらかじめ用意していた少し足の高い椅子に降ろす。


「うわうわ、本当に豚カツメンチカツコロッケエビフライだ~」


 フェイの金色の眼は大きく開かれ、きらきらと光る。


「ほう。海老をこのような姿にしているのは初めて見ました。フリットとは違うのですな」


「はい。おそらくこれも私たちの国独自かと。どうぞ出来立てが一番おいしいので、召し上がってみてください」


 テーブルの真ん中にはそれぞれの種類に分けて大皿に盛りつけた数々の揚げ物が並び、ロバートが席についた魔道具師二人にサーブした。


「とりあえず、マヨネーズと、トマトケチャップと、中農ソースはそれらしいのが出来たから。だからオーロラソースとタルタルソースもあるわよ」


 料理長夫妻は好奇心旺盛な人たちで、オーロラのおぼろげな記憶と味の印象を元に二日がかりでそれらの調味料を作ってくれたおかげだ。

 実はエビフライに適した海老も料理長の妻が知り合いの伝手をたどって調達してくれ、こうして出すことができた。


「うわーい。オーロラ様、大好き―」


 ぱくぱくと嬉しそうに口に運ぶフェイを見て、見守る使用人たちもほっと胸をなでおろす。

 フランコも一つ一つを頷きながら積極的に口に運んでくれている。


「ほうほう、これは……。どれもこれも味と食感に個性があって美味しいですな」


 ナンシーとリラは顔を見合わせて嬉しそうにうなずき合っていた。


 彼らは前日の試食会で十分に味わっている。

 自信作の数々だ。


 まだ仄かに湯気が出ている豚カツはナイフを入れるときつね色に揚げられた衣からサクッと音がした。


「うん、これこれ…。ジューシーな豚の汁……」


 はふはふ言いながらフェイが食べるので、祖父もつられて口にして、目を見開く。


「我が国の仔牛の肉を叩いたものとはまた違う味わい…。私はこちらの方が好きです」


 ここにはミラノ式カツレツのようなものが存在する。

 仔牛を叩いて薄くのばしたものに粉チーズを混ぜたパン粉の衣をつけて揚げたもので、もしかしたらそれが原点なのかなと思う。


「ありがとうございます」


 豚カツの豚肉はロースとヒレを仕入れてもらったし、ひき肉に加工したりと色々下準備が大変だったが、報われた気がする。


 メンチカツは少しスパイシーかつジューシーに。


 ジャガイモのコロッケはクリーミーなマッシュポテトの中にびりりと黒コショウを利かせたミンチとしっかり炒めた玉ねぎを混ぜ合わせ。


 エビフライはもちろん海老の食感を引き出せるように。


 かぼちゃのコロッケは素材の甘さを最大限に引き出し、少し他の四品と違う味わいにした。例えば八寸の中に添えられる甘みのある一品のような。


 さらに付け合わせのサラダやスープとパン。


 それぞれ、飽きのこないように工夫した。


「そういや、キャベツは生の千切りじゃなくてザワークラウトなんだ?」



 添えられた野菜をフォークですくいながらフェイがこてんと首を傾げたので、オーロラは頷いた。


「ええ、今まで気付かなかったけれど、ちょっと質感が違うのよね。硬くて向かないようだし。よくよく考えたらキャベツを生で食べたこと、ここではなかったもの」


「そう言えばそうか。あれは品質改良したものだったんだね。じっちゃんがいればなあ…」


 鈴音たちを引き取ってくれた祖父は根っからの農業者で、経済的事情さえなければ一日中畑で仕事したい人だったのだ。


「そうねえ…。きっと生食向きのキャベツをこの世界でも作ってくれそう…。白米も…」


 はっとオーロラは口元に手を当てる。

 しかし、時すでに遅し。


「……白米。ごはん……。白い飯を茶碗に盛って食べたい…」


「ええとね、フェイ……」


「お寿司も食べたい、おにぎりもたべたいよ、すっごく食べたい~」


 寝た子を起こしてしまった。



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