第18話 逆ハーって
「では、お嬢様がここのところ新聞と貴族年鑑を照らし合わせていたのは…」
ロバートの問いにオーロラは頷いた。
「私は、一度きり…。十年も前に『心愛』からそのゲームを一晩かけて見せられただけで、記憶はおぼろげなのだけど。主人公はオーロラ。平民生まれの孤児でハート伯爵の養女となり貴族の通う学院に入学するという十五歳から話が始まり、優秀な成績を修め周囲と友情をはぐくみつつ十八歳で国の禍を解決して凱旋パレードで民に祝福されて終了だったことは覚えているの。でも現実の私は平民のまま。ハート伯爵なんて面識もない。おかしいなと思って」
ナンシーに預けていたバッグからノートを取り出し、テーブルの上で開いて見せる。
「途中から日本語…私の国の言語で書いてしまっているからフェイ以外読めない状態だけど。両親は商売で失敗して多額の借金を抱え、兄とともに自殺するはずだったし、第一王子は亡くなって第二王子が王太子になるのが私の記憶にある世界。もうそこから違うでしょう」
指でたどって話すと、ナンシーがぽんと手を叩いて頷く。
「ああ、それでお嬢様は第一王子がご存命だと私が言うと驚かれたのですね」
「そうなの。あと……」
「どう見ても逆ハールートなんだよね。凱旋パレードの雰囲気からして」
「あっ、そういえば逆ハーって先ほどもフェイ様は仰ってましたね。何なのでしょう」
ナンシーの質問に、フェイは人差し指を掲げてにやりと笑った。
「ずばり、一妻多夫。うちらの世界である国で王様がハーレムという後宮に女性を集めて一夫多妻を楽しんだということにちなんで、逆に一人の女性が複数の男性と同時に恋愛をするのを逆ハーレム、逆ハーって言うんだ。で、今のエレクトラは第二王子の他の連中とも親密だよね?」
「へえ……。そういう意味だったんだ、逆ハー…。心愛が凄くうれしそうに言っていたけれど、何のことやらわからないままだったんだよねえ。でもさ。王子殿下と騎士と魔導士と公子と王弟陛下……。ようは五股? めんどくさくない? 身体もたなくない? 早死にするよね?」
真顔で心底不思議がる外見十六歳のあられもない物言いにロバートが額に手を当てる。
「ああ、そういうとこがスズねえだよねえ。スズねえらしいところをずばっと出してくれて、うれしいよ…。なんか生きてるって感じだよ…」
フェイは斜めの方向でいたく感動していた。
そんな孫娘を切なげに見つめるギルド長に、オーロラは説明を続けることにする。
「話を戻しますが、私たちの知る『ゲーム』の中で、エレクトラ・クランツ公爵令嬢の扱いは酷いものでした。淑女としての体裁は取り繕っていても性根は傲慢で横暴、ヒロインのライバルというより宿敵のような立場で物語は進んでいき、最後はたいてい悲惨な結末を迎えます。私がエレクトラに転生してしまっていたなら、間違いなくなんとか不幸を回避するために知恵を絞ります」
「なるほど。それが公女の転生を疑う理由なのですね。ですが、あなた方の世界からの転生だとは限らないのでは? 例えばですが、古い魔法には時を巻き戻すということも可能だと言い伝えられています」
死の間際にエレクトラが人生をもう一度やり直したいと思い、それが何らかの要因で為されたなら、手際のよい危機回避はうなずける。
「つまりは、悲惨な死を遂げたエレクトラが時間を巻き戻した可能性があるのではと?」
「はい、どうでしょうか」
言われてみればと一瞬流されそうになったが、あることを思いだし、首を振った。
「いえ。決定的な証拠を思い出しました。私たちと同じ世界からの転生者だと言う」
「証拠? ですか?」
「はい。使用人繋がりでエレクトラについて探ってもらった時に、彼女がある料理を振舞って周囲の人々の心を掴んでいるという情報を掴んだのです」
「ほう。その様なことが。して、その料理とは?」
「私の知る限りでは、唐揚げ、豚カツ、カツサンドですね」
記憶の中から指折り数えて応えると、フェイがすぐに反応した。
「うっわ、出たよ、ド定番ソウルフード」
そして、じゅるりと口の端から出たよだれを袖で拭く。
「あー。なんか、ねえちゃんの唐揚げが口の中でなんかいま再現された気がする。食べたくなっちゃったよどうしてくれるのさ」
「それは、あなた方の国にしかない食べ物なのですか?」
ギルド長の疑問もまたもっともだ。
「独自というより、他国の食べ物を自分たちの味覚に合わせて進化させたものというのが正しいかもしれません。揚げ物なので若者を中心とした人気メニューです」
すっかり八歳の子どもになって腰にかじりつき、「ねーねー、唐揚げ作ってー」とねだるフェイの頭を撫でながら、オーロラは答えた。
「今日はこのような事態になるとは思っていなかったので何も用意していなくて…。フェイが同じ世界から来た人なのだろうとは考えて伺ったのですが、まさか妹とは。後日また改めてギルドにお願いしたいことがありますので、その時にお礼も兼ねてそれらの料理をふるまいたいと思うのですが、いかがでしょう」
外見八歳・中身は二十四歳は両手を高く上げて叫んだ。
「いえーっ!」
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