第17話 ローリングプレイゲーム



 途中から姉妹同士の会話に突入してしまったため、この世界の知識に合わせた説明をすると、ギルド長が顎に手を当て思案する。


「そうなりますと…。おそらくその会食に居合わせたみなさんはお亡くなりになったと言う事でしょうな」


「ええ…。多分。祖父と、美兎と宇宙と芽瑠の四人も駄目だった可能性が高いでしょうね…」


 ガスが充満する前に誰か知人が尋ねてくれたなら、阿澄以外の誰かが助かる可能性は無きにしもあらずだが、最悪の場合、母と愛人が仕込んだ発火装置が起動してガス爆発を起こしているだろう。

 田んぼの中の一軒家だったおかげで近隣住民に迷惑をかけていないだろうことだけは良かったと思う。


「でもさ。おかしくね? スズねえが覚醒したのはほんの十日ほど前で、あたしは何年も前から自分の前世が分かっていたんだよ。時間軸どうなってんのさ、これ」


「そうなんだよねえ…」


「あたしさ。エレクトラが活躍しだしてからようやくこれゲームじゃんって気が付いたけれど、なんか展開が違うし。とりあえずオーロラ見つけたら殴るかって探していたんだけど、ハート伯爵んとこにいないし、なんか逆ハーエンドっぽいのエレクトラがさらってるし。いったいどうなってんのって」


「…阿澄の殺気のせいで覚醒が遅れたとかじゃないわよね…」


 また姉妹の会話に夢中になってしまっているなか、ナンシーが待ちきれずに割って入る。


「あの~。ゲームってなんですか。それと、逆ハーエンドって。それにもしかしてエレクトラって、まさかあの、公女様の事ではないですよね?」


「ああ…それは……」


 こればっかりは告げて良いものなのだろうかとまごつくオーロラを押しのけて、フェイが前に出た。


「なら、あたしが説明した方が良いかな。スズねえは変なところで甘いし、ゲームからっきしだし」


 言うなり、フェイはローブのウエストベルトに着けている小さなポーチから、例の石板タブレットをにょきっと取り出す。


「うわ、なにそれ。すごいね」


 鈴音の記憶の中で青い猫型ロボットの便利なポケットを思い出す。


「うちで一番高い魔道具。スズねえが何を想像したかわかるよ、用途はおおむねあっているからね」


 言いながら魔道具を起動させ、テーブルに置くと、宙に光を放つ。


「まず、あたしたちの世界では色々な娯楽があって、その中の一つに想像力で遊ぶというものがあったの。ちなみに今から説明するのは『ロールプレイングゲーム』というもので、始まりはボードゲームかな。多分、戦略を練る遊びみたいな感じだったんだと思う」


 フェイが宙に向かって指を滑らすと、浮かんでいる光の中に碁盤のようなものが現れ、そこに歩兵や槍を持った騎士、馬に乗った騎士、投石機などがざっと並び、チェスの駒を並べたように向かい合う。


「単純な駒並べではなく、駒の一つ一つが『個』で、能力や信条とか色々な人格設定からこれらがどう動くか想像する遊びなんだ」


 言いながら、フェイは画像を動かす。


 個性を持った駒たちは様々な動きを始めた。

 とある場所では馬を虐げて振り落とされたり、仲間と喧嘩を始めたり。

 向き合っている軍隊が戦いを始める前にそれぞれなぜか仲違いが始まり、崩れていく。


「これは、あたしの考えた双方自滅パターン。まあ、この件はここまでにして」


 パンと両手を叩くと、駒たちは消え、本が浮かび上がり、ぱらぱらとページをめくり始める。


「ゲームのルールは色々あるけれど、あたしとスズねえが話していた『ゲーム』にはシナリオが存在していて、プレイヤー…そうだな、ゲームを行っている人? その人が、こうしてページをめくるたびに選択肢が現れ、その中の一つを選ぶと次の展開へ飛ぶしかけなんだ」


 フェイがちらりと四人を見ると、なんとオーロラですら理解が出来ていない顔をしている。


「わかりづらいみたいだから、物語でいこう。じいさまがよく読んでくれた『はいかぶり』の話を、そのゲームに例えることしようかな。本筋はちょっと置いといて、自分たちで話を作るんだ」


 この国にも、『シンデレラ』と同じ内容のおとぎ話が存在していた。

 母を亡くした美しい娘が父の再婚相手と連れ子に虐げられているなか、伴侶を公募した王子の舞踏会へ魔法使いの力を借りて紛れ込み、見事王子の心を射止める成功物語だ。


 フェイはそれを指先で文字を連ねる。


「ではいくよ。とある裕福な家で奥さんが妊娠して具合が悪そうだ。旦那さんはどうする?」


 選択肢は二つ。


『妻が「大丈夫」というのを信じて何もしない』

『すぐに医者と産婆を呼んでしっかり休ませる』


 ギルド長たちはその文章に戸惑い、顔を見合わせた。


「例えばだけどね。最初の方を選んだとするとこうなる」


 フェイが「何もしない」に触れると、本のページがめくられた。

 現れたのは、『かわいい女の子を産み、妻は力尽きて死ぬ』。


「ちなみに後者を選ぶとこうなる」


 次にフェイが見せたのは『妻は子どもを産んだ後、順調に回復し幸せな生活を送る』。


「ようするにね。ヒロインの母親が死ぬ未来と死なない未来。選択一つで変わると言うこと。それを積み重ねて物語を作る遊びなんだ」


 フェイは話しながら次々と場面を展開していく。


 先ほど『何もしない』から寡になった父親は周囲の勧めで妻を娶ることにする。その時にだれを選ぶかで家庭環境が決まり、次に仕事の内容を選択しているうちに娘を再婚相手に託して遠方に行くことになり、仕事に失敗すると家計が厳しくなり娘は唯一の召使として暖炉の灰まみれの姿となる……。


「これが、まあ王道だね。それでまた例えばの話だけど、この物語の中で誰かが前世の記憶を持っていて、『自分は、物語の中の登場人物に生まれてしまった』と気づくとする。しかも幸せな結末を迎えるヒロインではなく、ざまあ…要するに最後に虐待が発覚して王子に罰として火にくべられて真っ赤になった鉄の靴を履かされる連れ子の一人とかね。そうしたらやっばり処刑を回避するために、その可能性を潰していくよね」


 例えば、母親が未亡人にならないよう父親の死を回避するとか、はいかぶりの父親と再婚しなくて良いように何らかの手を打つだろう。

 傲慢な性格にならないよう努力をするかもしれない。


「そうすると、下手をすればはいかぶりが南瓜の馬車に乗って舞踏会へ行く物語は消滅してしまうってこと」


「……要するに、フェイ。お前たちは……」


 額に手を当ててじっと聞いていたギルド長は、ゆっくりと口を開く。


「うん。あたしたちにとって、ここは前世でやったゲーム……。物語の世界なんだ。ただし、エレクトラ・クランツ公爵令嬢がエピソードの全てを綺麗に畳んで終わらせてしまったから、これから先の未来は全く分からないから予言とかできないけれど」


 はいかぶりは王子と結婚せず。

 はいかぶりを苛めて処刑されるはずの連れ子が王子に見初められ、王妃となって幸せになる世界。


 めでたしめでたしのその先の。


 それが今この現実なのだ。


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