第16話 B級サスペンス劇場
「あー。阿澄は私が死んだあと、色々大変だっただろうから…。簡潔に言うとほぼ疎遠に近い心愛の結婚式に呼ばれて出席したら隣の席に座った男に執着されて、最終的には仕事中に殺されただけで…」
「ねえちゃん! 違うやろ! あいつのせいやん!」
「阿澄、それはあくまでも推測でしょ。もう違う世界にきたんだから忘れな」
「うーっ」
じたばたと地団駄を踏むフェイを膝に乗せ、抱きしめて背中を叩く。
記憶は確かに二十代半ばの阿澄。
だけど、フェイは八歳。
この世界ではまだまだ子供だ。
「その男は血筋も金もあり容姿も良い方だと思うけれど、彼から声をかけられた時に違和感があり仕事を理由に交際を断りました。その後、執着と暴力で何人も女の子が逃げている話を聞いて、正解だったと安心していたのだけど…」
なぜか彼の行動はエスカレートし、警察や弁護士に相談し、警戒している矢先に東京で有名ブランドのショーに出演し、ランウェイにいきなり刃物を持って乱入した男に鈴音は殺された。
本来、鈴音は身を護る術を知っていたが、予想外だったことと、着せられていた服が特殊なせいで抵抗はほとんどできなかった。
意識が遠くなるなか思ったのは、家族の事だ。
「は。そうだ阿澄。ちゃんと慰謝料とれた? なんか虫の知らせで剛腕弁護士と契約していたんだけど」
膝の上のフェイの顔を覗き込むと、涙と鼻水だらけの子どもから恨めし気な声が返った。
「それだよ、すずねえ。がっぽりもなんも、あたしたち、一周忌法要の後殺されたんだから」
「は?」
更なる真実に、全員石化する。
「ええええ? 誰に!」
「あたしたちの産みの母とアイジンに」
「~~~っ。…湧いて出たんか、アレ…」
「うん、見事に。そもそもすずねえ被害者だから実名報道に切り替えられちゃったし、ショッキングな事件だから報道がどんどん加熱して、とうとうじっちゃんところまで記者が来たり、昔の友達のコメント出たりで、アレが『りんね』って気が付いたんだよ」
「まーじーか~」
フェイを膝に乗せたまま、オーロラは頭を抱えて呻いた。
「あの…。お嬢様……。どういうことですか?」
おそるおそる尋ねるギルド長の声で、我に返ったオーロラは紙とペンを要求し、説明に入る。
「私たちが『アレ』と呼ぶ人は、未成年で家出して、怪しげな宗教の教祖を名乗るトドおやじの愛人の一人になりました。そいつは単純に多くの女性と関係を持ちたいだけで哲学的思考も何も持ち合わせていませんでした。しかしなんとなく崇高な言葉を羅列してたぶらかすのがとてもうまかったらしく、洗脳された女性たちを沢山囲い込んで酒池肉林の生活でしたが、その女性たちの家族から訴えられ捕縛されました。裁判にかけられ、刑に処されたけれど、保護した時すでに私がアレの腹の中にいたのです」
しかもトドは打たれ弱く、刑務所であっけなく病死した。
しかしどっぷりスピリチュアルな世界に浸かったままの少女は、出生届を輪廻転生にちなんで『りんね』で出した。
さらに遊びたい盛りだった母親は親族に子育てを押し付けてほとんど家にいない。
哀れに思った身内たちは通り名で『すずね』とした。
「私たちの育った国は『漢字』と『ひらがな』と『カタカナ』いう三つの文字の組み合わせで会話や文章を作ります。ただ世界は広く複雑で民族が変われば色々違う言語がありますが、それは置いといて」
『輪廻転生』と『鈴音』と書いて見せる。
「この上の二文字を『りんね』と読みます。当時の母親はこの漢字がかけなかったので、子どもでも書けるひらがなの『りんね』で出生届を出しました。そして、こちらの漢字『鈴』は『すず』、『音』は『おと』と読みますが、それぞれ『りん』と『ね』とも読みます」
「ずいぶん複雑な言語なのですな…」
「私たちにとっては生まれた時から馴染んでいますから、何ら不思議ではないのですけれど、まあ、覚えないと読めないのが『漢字』です。ひらがなとカタカナはおおむね三歳くらいから読めますが、逆にひらがなのみの文章だと読みづらかったりと、確かに複雑ですね」
そして、『阿澄』と書く。
「フェイが前世で私の妹だったときの名前です。『あすみ』と読みます。この子は生まれてすぐに寺へ……、こちらの世界で言う新教会へ里子に出されました。なのでお坊さん…こちらで言うなら牧師様が名前を付けてくださったのです。いずれ養女の手続きをして跡取りになるはずだったのですが、途中で檀家さん…こちらの信者さんたちに反対され、戻ってきました。母の素行が問題になったのです」
母親だった人は舌っ足らずな口調のたんぽぽの綿毛のようにふわふわした女だった。
出稼ぎに行ったスキー場でたくさん恋をして、阿澄を妊娠したが、そのようなわけで相手がわからない。
敢えて言うなら『みんなお金持ちの大学生だった』くらいだ。
全員連絡先は分からず仕舞い。
気の毒に思った隣町の寺の老住職夫妻が引き取ってくれたのだが、次の交際相手がまずかった。
地域で知られたいわゆるヤンキーで、男が変わるたび素直に染まる母は見事にそのような姿になった。
阿澄の破談もやむなしで、またその男との間にも子供が出来たらしいのだが、どうなったかわからない。
その後色々あって親類縁者からも捨てられて地元にいられなくなり、街でカツカツな暮らしをした。
そして最新の男と有り金全部持って光熱費と家賃滞納したまま出奔された時に、とにかく縁を切ると決めた。
まずは、六歳下の妹・美兎(みと)の祖父が養護施設に入れられた自分たちに会いに来てくれた時に話し合い、全員彼の養子になる手続きをして彼の住まいのある九州へ引っ越した。
そして、モデルの仕事を始めた時に事務所の手を借りて『りんね』から『鈴音(すずね)』へと名前の変更申請をし、受理された。トド父が役に立った唯一の事例だった。
檀家や親戚たちが心配したように、母とカレシにしゃぶりつくされないために手を尽くしたつもりだった。
「とにかくね。報道各社がスズねえの生い立ちを事細かーに晒してくれたおかげで、バレちゃったんだ、アレに」
十二歳で別れた娘の顔なんて、そもそも昔から母親は鈴音に興味なんてない。
家事と育児を丸投げにできる便利な子どもだというだけだ。
しかし、本名と生い立ちまで話題になったらさすがに気付く。
美兎(みと)は二十歳、宇宙(そら)は男子高校生、そして捨てられた当時まだ幼児だった芽瑠(める)は中学生になっており、祖父と暮らしていた。
そこへ突撃したと言う。
「若い男にぶら下がったままウソ泣きして、じっちゃんに法事は母親としてぜひやらせてください~とか言ったんだって」
そして、一周忌の日。
関西支社で働いていた阿澄も呼び出され、寺で法要を行ったのち祖父宅へ帰宅し…。
「多分、仕出し弁当の吸い物かお茶に一服盛ったんだね。急に眠くなって横になったらガスの匂いがしたよ。でも、もう動けなかった。あたしのあっちでの記憶はそこまで」
「ガス漏れを装ったってこと……? 今どきそんな」
「ちなみに多分、あの男。なんかタイマーをセットしたような気がする」
「時限爆弾仕込んだんかい……。豪快な殺し方やね…」
鈴音の遺産目当てで犯行に及んだのだろうが、速攻で消防と警察にばれただろう。
「なんかごめん…。良かれと思った稼ぎのせいで…」
結構な金額が残ったことも報道されたのか。
人の不幸は蜜の味で、そんなネタで稼げると思ったのだろう。
つくづくマスコミも余計なことをしてくれたものだ。
「いや、あたしはいいけどね。おかげで生きたスズねえに会えたし。……は。もしかしなくても、今度は血のつながりないから、あたし、スズねえと結婚できる?」
両手を頬に当ててくねくね体をくねらせて喜ぶフェイの額を、オーロラは無情にも指でぴんとはじいた。
「いや。あんたは何があっても私の妹だから。それにそもそも私は男が良いの。色々あるけどまあ、四十以上の知的な大人とか……」
ふと、オーロラは視線を上げ、じっとギルド長を見つめる。
いるじゃないか。
ジャストミートな御方が。
もしかして、彼はあの大物俳優の転生かもしれない。
そうでなくても、この容姿。
運命とか?
「…あの、今更ですが、ギルド長のお名前は……」
両手を胸元でぎゅっと握りしめあざとく首を傾け上目遣いに問うと、『そんな顔芸できたんですね…』とナンシーのあきれた呟きが聞こえたが無視だ。
「フランコと申しますが、残念ながら私は亡き妻一筋で」
申し訳なさそうにギルド長は即答した。
「……ですよね。大変失礼しました。お許しください」
全力で淑女らしい微笑みを浮かべ優雅に首を垂れながら、心の中で『そんな冷たいところもステキ……』と泣く。
瞬殺だった。
ヒロインなのに。
ロリ顔爆乳なのに。
「…出たよ。ねえちゃんの老け専」
なんとでも言ってくれ。
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