第15話 もでる、とは。


「あの…。もでる、とは何ですか?」


 おそるおそるナンシーが手を挙げて質問をした。


「そうですね。この世界にはまだないようなので、分かって頂けるかどうか…。単純に言えば購買意欲をわかせるための、服飾関係の商会にある動くトルソーのようなものです」


 オーロラは立ち上がり、応接室の空いている場所を出来る限り鈴音のやり方で歩いて見せる。


 正直に言うとこの体にまだ馴染んでいないので、ぎくしゃくとして不本意なウォーキングだ。

 しかし、四人はオーロラの動きに釘付けだった。

 ターンをすると、フェイが「ヒューヒュー! よっ、スズねえ世界一!」と拍手をし、三人もそれにならう。


「突然お嬢様の姿勢が良くなられたのは、こういうわけだったのですね…。はっ…。もしかして、あの座り方もお仕事で?」


 目をきらきらと輝かせるナンシーにオーロラは申し訳なくなる。


「ごめんなさい、ナンシー…。それは鈴音の地。育ちが悪いから…」


「そんな! 育ちが悪いなんて、お嬢様はお嬢様です!」


「そうだよ! スズねぇは、いつもずっと格好いいんだから!」


 妙なところで意気投合するナンシーとフェイに気圧されながら、オーロラは説明をつづけた。


「ドレスも宝飾も付けた状態で多く観客がいる前でこうして歩き、身に着けてみたい、買いたいと思わせる仕事です。場合によっては写真も撮り、カタログ宣伝もします。私たちの生きた世界は手足が長いことと痩せていることがモデルの体型として好まれました。前世の私は十五歳を過ぎたあたりから自国の成人男性の平均身長よりはるかに高く、顔は平凡ですが化粧次第でどうとでもなり、他国での仕事を多く受けるようになりました。一つは、学歴の低い私が地道に働くより賃金が破格だったせいもあります」


 高校は通信教育で何とか卒業したものの、私生児で親は不在の鈴音は安いアルバイトを掛け持ちしたところでたいした稼ぎにならなかった。

 夜の仕事も一瞬考えたが、そもそもほとんどの客より身長が高い時点で貢いでもらえるとは思えない。


「あたしはその辺の小遣い稼ぎしかできなかった。でも頭が良いから大学へ行けって、スズねえがたくさんお金を送ってくれて、それでイイ大学行けた。そんで、そこそこイイ会社に就職したから、これからどんどん稼いで恩返しするつもりだったのに…」


「阿澄…」


 しょんぼりと肩を落とすフェイの小さな頭を撫でると、「ねえちゃん!」と抱き着き、「爆乳フローラルなスズねえも悪くないかも…」などとほざいてくんかくんかと匂いを嗅ぎ始めたので、容赦なく額を掴んで引きはがした。



「それで、先ほど何度かこの子が口にした『ここあ』という名前ですが。彼女は友人で、同業者でした。当初は私と彼女は似た体型だったので同じ商会に所属し、よく一緒に働いていましたが、途中から方向性が変わってきて仕事の依頼も重なることがなくなり、私は別の…外国の商会へ移りました。心愛は自国で人気が高く、私は不人気でしたので」


「いやいや、違うでしょ。単純に心愛がグラビアアイドルになったってだけじゃん!」


「ぐらびあ、あいどる? とは?」


 ナンシーがまたもや首をかしげて尋ねるので、オーロラは額に手を当てながら説明を一生懸命ひねり出す。


「ええとですね。男性向けの新聞や書籍の売り上げを高めるために、男性好みの女性の画を入れ込む手法が自国でありまして。こちらでもお金のある紳士のみなさんが伝説の一場面を模した絵画や石像を注文されますよね。薄衣をまとった美しい女性の全身の…。製作過程での元となるデッサンはやはり生身の女性を使うでしょう。そういうのもありますが…」


 この国の紳士たちのひそかな楽しみを、十六歳のオーロラの姿で口にするのは勇気がいった。案の定、ロバートとギルド長は説明の途中から目をそらしはじめている。


 内心、阿澄の暴走を恨みつつも、いずれは話さねばならないことかとため息をついた。


「ただし心愛の仕事の中心はあくまでも女性向けのカタログモデルが多かったと思います。彼女の容貌は正直、今のオーロラと似ています。身長が低めの女の子たちの服装の参考になりますし、愛らしさがみんなの憧れでした」


 言い終える間もなく、フェイはびょんとソファから降りて直立姿勢になる。

 そして両手を拳にして握りしめ、姉に向けて怒りの表情を浮かべ全身を震わせた。



「もー。なんでそんなにお人好しなのかなあ、ねえちゃんは❕ 心愛のせいでメッタ刺しにされて、死んじゃったのにさあ!」


 更なる暴露に、全員凍り付いた。


「めった…刺し? つまりは、刺殺されたと? どういうことですか、お嬢様」


 さすがのロバートも顔色を変え、詰め寄らんばかりだ。


「あ~……」


 困る。

 今それを言うか。


「そうですねえ……。それが、まあ、この世界への扉を開けたのだと思いますが…」


 つい、へらりと笑ってしまった。

 人は、追い詰められると笑ってしまうらしい。


「ねえちゃん!」


「お嬢様!」


 全員に叱られ、オーロラは首をすくめた。


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