第14話 実年齢は。



「はあああーーーっ? あんた、マジであの能なしクソブリくそったれクソビッチ若作りBBA・ラフレシア・心愛なわけ? そんなら、ここで会ったが百年目。覚悟しな!」


 フェイという少女は顔のところで切りそろえられた綺麗なプラチナブロンドを逆立た。


 何気に心愛のリングネームが増えている。


 ローテーブルを飛び越え、オーロラにとびかかろうとする孫娘を慌ててギルド長が羽交い絞めにする。


「ふ、フェイ! フェイ! どうした!」


「はーなーせー! このくそだらしない巨乳メスネコをぶっ殺すために、あたしはここに呼ばれたんだーっ!」


「フェイっ。頼むからやめてくれーーっ」


 ギルド長の悲鳴が虚しく響き渡る。


 老いても二メートル近い長身のギルド長に対し、その半分ほどしかない子どもは宙に浮いたままじたばたともがく。

 申し訳ないが、子猫がキイキイ鳴きながら暴れているようにしかみえず、こんな時なのに呑気に笑ってしまった。


「『ここで会ったが百年目』とか、久しぶりに聞いたな…。まるで、阿澄みたいな口調だ…な?」


 つい思ったことが口に出ていたらしい。


 鬼のような形相でビチビチ跳ねていたフェイの動きが突然止まった。


「は?」


「え?」


 お互い、マジマジと見つめ合う。



「まさかあんた…。クソビッチじゃなくて、…スズ、ねえ?」


「…もしかして、あすみ?」



 名前を言った瞬間、フェイの金色の眼からぶわっと涙があふれ出た。


「スズねえ~! なんだよ、なんで、クソビッチなんかに憑依してんだよ~」


 先ほどまでのみなぎる闘気は消滅してしゅんと萎み、手足をだらんとさせたままうぉんうぉん泣き始めた子供に、全員唖然とする。


「あ、阿澄…。あすみ、わかったから。ねえちゃんが悪かった。…あのすみません、順を追って説明しますが、とりあえずその子を離してあげてください」


「あ、はい…。承知し…」


 ギルド長がそっと床に降ろした瞬間、なんとフェイはカっと目を見開き、ぴょんと跳ねてオーロラに向かってダイブした。


「なんだよなんだよ、すずねえ~。なんだよ、このけしからんチチは~」


 号泣しながらもしっかりオーロラの胸に顔をうずめ、ぐりぐりと涙と鼻水を擦り付けている。


「あ、あの…お騒がせしてすみません。この子、なんだっけな。脳みそは私の妹です。…あ、こら、阿澄! どさくさに紛れて揉むんじゃない!」


 ギルド長とロバートとナンシーに頭を下げている最中に、オーロラはかじりついたままのフェイの頭に手刀を下ろす。


「脳みそは、妹…」


 呟くロバートの後ろで、ナンシーは恨めし気にフェイを見つめた。




「大変申し訳ありません。私たち、見た目は十六歳と八歳ですが、実際は二十六歳と二十四歳です」


 オーロラは深々と頭を下げた。


「え、そこですか?」


 ナンシーの呟きが意外と大きく響き、本人もあわあわと慌てる。


 そもそも、この応接室に五人が顔をそろえた時点でギルド長は音声遮断の装置を起動させていた。

 なので、この騒ぎが外へ漏れることはない。


「……一歳になるころからでしょうか。孫はちょっとただものではないなと思っていたのですが、そうですか。前世の記憶が…」


 ギルド長の孫のフェイは彼譲りで実年齢より体が大きく、十二歳くらいに見えるが八歳だった。


 両親はフェイが生まれる前に喧嘩別れして、父方の祖父であるギルド長が引き取り育ててきたと言う。


「私が覚醒したのは三年くらい前かな。金をせびりに来た母親に突き飛ばされて頭打ったら、なんかもうがーっと全部記憶が戻って」


 フェイの母親は堕落し、ギルドの金を持ち出そうとしたらしい。

 しかし娘を殺してしまったと思い込み一度逃げたものの翌日には自ら出頭したため、今は更生施設に入れられている。


「なんか、前世でも現世でも母親がろくでなしって、何の因果なんだろうね」


「前世でも現世でも?」


 オーロラの隣にちょこんと座り大人びた表情をみせる孫に、ギルド長は悲し気に眉を寄せた。


「実はですね。私たちの母親はあちらの世界では未成年とされる年齢でまず私を産み、次に阿澄…この子を産み、だいたい一年か二年の間隔でぼろぼろ…本当に表現は悪いのですが、どんどん、父親の違う子供を産みました。正直、何人兄弟なのか把握できません。一緒に暮らしていない子もいるので」


 母親は『モテる』ことに異常にこだわっていた。

 今思えば承認欲求なのだろう。

 そこに付け込んだ男もいれば、誠実な人なのに、彼女が飽きて捨てたこともある。


「私が十二歳のころに母が出奔しました。その時残されたのは、私、阿澄、それから三人の幼い弟妹たちで、いったん孤児院のようなところへ入れられましたが、わりとすぐに阿澄の下の妹の祖父に当たる人が名乗り出てくれ、引き取ってくれたのです」


 祖父は、鈴音たちの人生で出会った二人目の善人だ。

 しかし、彼の住まいは片田舎の兼業農家で裕福とは言えない状態だった。

 とても独りで子供五人を養育するのは無理だ。


 なので、まずは鈴音が働き始めた。

 色々と小遣い稼ぎをしているうちに行きついたのが、モデルの仕事。

 量販店のチラシから始まり、どんな小さな仕事も受けた。

 そこからなんとか生活費をねん出することができるようになったのだ。


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