第13話 アタリを引いた
ナンシーたちに叱られながらも超特急で新聞と貴族年鑑を交互にさかのぼり、夜中は寝室でこっそり灯りをともして情報整理をした(しかし、何度も見つかり強制撤収させられる)。
そうやって気になることをほぼ調べ終えての結論は、おそらくエレクトラがオーロラの両親の破滅を防ぐために尽力したであろうことだ。
さらに予想としていわゆる『エレクトラの中の人』は、鈴音と同世代かそれ以上。
二十歳以下の社会経験のない学生では彼らの制御は無理なのではないかと思う。
「それにしても努力が涙ぐましすぎる…」
管理能力がザルでナルシストの両親と兄は、糸の切れた凧のようなものだ。
しょっちゅう破滅にむかってふらふらと飛んでいく。
破滅フラグを察知しては回収させ、中産階級の中でやや上の資産で、かつ攻略対象たちが属する高位貴族とはお見知りおきにならないぎりぎりのラインを保たせること十六年。
大団円を迎えたその日にオーロラがなんか今までと違うイキモノになったとなれば、そうとう打ちのめされるだろう。
「自暴自棄になって刺客を送っちゃうとか?」
いや、それはない。
オーロラは首を振った。
パレードからすでに十日経ったが、周辺は静かなものだ。
ちなみにオーロラがこん睡していた間に、国で一番権威のある教会でエレクトラと第二王子の超絶豪華な婚約式を行われたのだと言う。
結婚式は王子の熱烈な希望により三か月後とか。
まだ王は若く、退位までまだ時間があるため、第二王子の王族籍はそのままで王城内にある離宮の一つを改築し新婚生活を送ることが決定した。
結婚式に新居の支度を三か月以内に仕上げるなどと、無茶もいいところだ。
今頃、現場は悲鳴を上げているだろう。
エレクトラ自身も身動きが取れない状態なのかもしれない。
愛の暴走列車・第二王子に感謝だ。
「なら、今、ちょっと動いても…。大丈夫かな」
たとえ監視がついているとしても、オーロラが王城に殴り込みに行かない限り殺されたりはしないだろう。
「というか、平民が王城に突進したら、不敬罪でまず首ちょんぱだよな」
あはははと己の独り言に突っ込みを入れて膝を叩いて笑う姿に、陰で見守っていたリラは「おじょうさまあ…」とエプロンをもみ絞って泣いた。
ちなみに、お嬢様はいま、正々堂々と胡坐をかいている。
ロバートとナンシーを伴に、オーロラが向かったのはもちろん魔道具師のギルドだった。
念のために眼鏡とかつらを着用し、侍女たちの街歩き姿を模した服装で馬車に乗って出かけ、ギルドの応接室に通された時にとりあえずかつらと眼鏡は外す。
しばらく待つと、現れたのは背の高い老人と、十歳前後の小さな女の子だった。
二人とも魔導士がよく着用しているローブ姿で、どことなく雰囲気が似ている
「お会いできるのを、ずっと楽しみにしておりました。我々魔道具師ギルドへのひとかたならぬご厚情をいつもいつもいただき、たいへん感謝しております」
長く豊かな白髪と髭を蓄えた長老のような見目のギルド長がローテーブルに頭をぶつけんばかりに低く低く下げた。
「さー・くりすとふぁー…」
思わず両手を口元に当てて変な声を上げそうになった。
前世の記憶が鮮明になり、心の中で狂喜の舞を舞う。
彼の姿はとあるファンタジー大作映画の白の魔法使いそっくりなうえ、鈴音はその俳優の大ファンだったため、思わず駆け寄り抱き着きたくなったがぐっと下腹に力を入れて踏みとどまった。
「んん。ええと、どうか頭を上げてください。ギルドが特別にお貸しくださった魔道具のおかげで、この一週間、たくさんのことを短い時間で調べ上げることが出来ました。しかも、自宅から一歩も出ずに、です。本来なら商会ギルドか図書館で煩雑な手続きをせねばならないところを、これほど手軽に行えるなんて、感動しました。全てはギルド長様のおかげです。ありがとうございました」
「いえ、いえ、いえ! トンプソン様が多額の出資をしてくださるおかげで、我々はいくつもの開発を心置きなく行うことが出来ました。魔道具がお役に立てて何よりでした」
顔立ちの整った老人が目を固く閉じてふるふると頭を振る姿に一瞬、萌えを感じて胸元を抑えたがオーロラは表情筋を引き締め、歯を食いしばりつつ淑女を演じる。
「ギルド長さま。私はただの十六歳の平民の小娘です。どうかオーロラとお呼びください」
猫を被り鈴を転がすような声でやり切った瞬間、ぼそりと幼い呟きが耳に入った。
「オーロラ? やっぱ、あの…ごにょ【くそびっちかよ】」
「…?」
最後が聞き取れず思わずこてんと首をかしげると、老人の横に大人しく座っていた少女が胡乱気な眼差しでオーロラを見ていた。
「これ、フェイ! すみません。私の孫なのですが、忙しくて教育が行き届かず失礼しました」
ぐりぐりと頭を押さえられながらも、なぜかその孫はギルド長に似た金色の瞳でオーロラを睨んでいる。
初対面の子どもに嫌われた衝撃で、オーロラの頭は真っ白になった。
「いえ、そのう、利発そうなお孫さんですね。もしかして、このタブレッ…じゃない、たんま…じゃない、ええと、魔道具! あれを開発してくれたのはもしかして」
わざわざ同席させているなら、この子は。
「あんた、もしかして転生者?」
細い声帯から絞り出されるいささかどすのきいた低い声に、オーロラはぽかんと口を開いたまま固まった。
「……は?」
もちろん、祖父であるギルド長及びロバートとナンシーも目を見開いて白い毛並みの子猫のような少女を見つめている。
「だって、今、タブレット端末って言いかけたでしょ。そんなん、ここの世界じゃ誰も言わないよ。魔道具師ですらね」
ふふんと鼻で笑うなり、小さな女の子はソファを降りるなりローテーブルにダン、と片足を載せてオーロラをねめつけた。
「あんた、誰? まさか、くそったれクソビッチ・心愛じゃねえよな?」
この子、いま、心愛と言った。
「ええと…」
これは、アタリを引いたという事だろうか。
「うん」
大当たりだ。
ある意味。
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