第12話 唐揚げは飲み物


 その後、出るわ出るわの豊作だった。


 攻略対象に重点を置き、彼らの生い立ちから現在まで新聞記事のみならずロバートに貴族年鑑をパクッ…いや、持ってきてもらい、それも参照する。


 ちなみに貴族年鑑も、察しの良いロバートがオーロラの希望を聞く前にギルドに頼んで早急に別のタブレットに読み込ませてもらったとのことで、本当に便利だロバート…ではなく、魔道具。



「ようは、トラウマエピソードを片っ端から潰した世界ってことか」


 最初はこの国の言葉でメモをしていたが、ナンシーたちが何も指摘しないのをいいことに、途中から楽な日本語でフローチャートや関係図を作り始めた。


 やはり、鈴音の記憶が入ってからはどうしてもそちらの方が早いのだ。


 たしか記憶の中の攻略対象たちはみな、完璧な容姿と能力のせいでたいてい人間関係など問題を抱えていたはずだった。

 しかしその問題の根源がほぼ解消され、それぞれほぼ幸せに暮らしているのだろうことが分かった。


 領地の運営や身内の急死、財産を狙う身内絡みの陰謀など、様々なことが平定されている。

 たいていは根回しで解決、時には力業…。

 高位貴族や王族の圧力によって為されていた。


 それらはどれもこれも、エレクトラ・クランツ公爵令嬢へつながる。


 さらには攻略対象のみならず周囲の人々を味方になったきっかけの一つとして、唐揚げや豚カツなどザ・日本食を振舞い胃袋を掴みまくっていることをナンシーたち経由で情報を入手した。


 本来ならゲームを進めていくうちにドロップした素材を集めてアイテムを生成し、攻略対象に食べさせて好感度爆上がりさせるはずなのだ。

 ヒロインであるオーロラが。


 しかし、悪役令嬢がタスクをすべてこなしたばかりか、エピソード変更までしてしまっている。


 勤勉すぎるだろう、エレクトラ・クランツ公爵令嬢!



「まんま日本人。まんまゲームファン…」


 唐揚げは日本の飲み物だよなあと天を仰ぐ。


「ああ、親子丼食べたいなあ。豆腐とわかめの味噌汁とモズク酢も一緒に」


 残念ながら引きこもり平民のオーロラでは白米醤油みりん味噌海藻のたぐいは手に入らない。そもそも存在しているのかもわからない。


 なんにせよ、もうオーロラがこの世界で何かをする必要はない。


 エレクトラは見事にラスボスを倒し、攻略対象と民の心を掴み、シナリオの上では最高のハッピーエンドを修めたのだ。

 ゲームよりも二年も早く。


「めでたし、めでたしってやつね」


 しかし。

 本当にめでたしなのか。

 それがとても気になるところだ。


 おそらくだが、エレクトラの前世はもちろん日本人で『聖女オーロラは愛を奏でる』を心愛のようにやりこんでいて、早い時期からエピソード改変をしていたのではないかと思う。

 そうでなければこれほど早くエンディングを迎えるはずがない。


「まあ、自分が悪役令嬢だと知ってしまったら、バッドエンドは避けたいよねえ」


 オーロラがハッピーエンドを迎えた場合、エレクトラにはいわゆる『ざまあ』が待ち構えていた。



『どのルートで終わるかで、悪役令嬢の『ざまあ』が違うの』


 あの夜、ゲームを操作する心愛がうきうきしながらそんなことを言っていたような気がする。

 どうやら悪役令嬢との友情エンドというものも用意されていたらしいが、心愛はそれには食指がわかなかったらしく、確認のために一度さらっと流して終わり、あとはヒロインの前に立ちはだかる真のラスボスとしての悪役令嬢との戦いを楽しんでいた。

 ライバルの不幸は蜜の味らしく、悲惨な最後ほど『スカッとするでしょ』と心愛は笑っていた。

 好きな男とくっつけただけで満足しろよと内心思いつつも、『へえ、そうなんだ』と鈴音は返してその時は終わった。



 そんなやりとりを思い返すと、エレクトラはバッドエンド回避のために必死になった結果が現在なのかなと思う。


 なら、エレクトラはこの十数年間、オーロラの存在に怯え続けていたことだろう。

 いつ、ゲーム通りの展開へ戻ってしまうか。

 そして、周囲の人々が離れて行ってしまうのではないか。

 眠れぬ夜もあったかもしれない。


 自分がもし、公爵令嬢ならば…。


「監視するな」


 ぽつりとオーロラは呟く。


「っていうか、監視していたのかな、もしかして」


 それは確信。



『どうして』


 雲の上の、顔すら合わせたことがないはずのエレクトラの声が聞こえたような気がしたから。

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